ドーナツホール(ドーナツホール04)


「元大詠師モース、情報漏洩、横領、教団の私物化、脱獄、導師誘拐だけに収まらず導師殺害未遂…此処で首を跳ねられても文句はありませんね?」

「それはレプリカであろう!本物の導師ではない!」

「元大詠師というものでありながら導師の定義をご存じないようですね…導師とは惑星預言を詠める存在。
イオン様は先ほど見事に惑星預言を詠みきられた…間違いなく、教団の導師であらせられるお方です。

第七音素を扱う素養すら存在しない犯罪者風情が、いい加減その口を閉じろ、耳障りだ」

駆け寄ろうとしていたルークたちの動きがぴたりと止まる。
その顔は先ほどとは違った意味で、青い。

敬語の取れたルビアは、どう見ても完全に堪忍袋の緒が切れていた。
簡潔に言えば、切れた。

「焼き豚になるか!? イラプション!」

「ぐぁっ!」

「それとも串刺しがお好みか!? ロックブレイク!」

「ぐへっ!」

「地獄に落ちろ! ネガティブゲイト!」

「ぐぇっ!」

「貴様には鉄槌すら生ぬるいがな! リミテッド!」

「ぐふっ!」

「いっそ焼け焦げろ! サンダーブレード!」

「ごふっ!」

「いつまで立っている!導師の御前だ、跪け、グラビディ!」

アレだけの譜術の嵐を食らって立っていられたモースは、案外譜術防御力が高かったのかもしれない。
どこか現実逃避気味に考えながら、無茶をしたせいで震えていたはずだというのにそれを感じさせない譜術の嵐に全員顔が引きつっている。

最後にFOFを使って生き絶え絶えのモースをぺしゃりと潰し、ルビアは毛を逆立てた猫のようにふーっふーっと荒い息を繰り返していた。
アニスが言っていた最強伝説が目の前で繰り広げられ、皆言葉を無くす。
そんな中声を発したのは、慣れているのかはたまた天然なのか解らないイオンだった。

「そ、それくらいで…勘弁してあげませんか?モースももう動きませんし、僕も生きていますし……落ち着いてください、ね?」

勇者だ、勇者が居る。

何人がそんな感想を抱いたのだろう。
しかしルビアはキッと眉尻を吊り上げ、イオンを振り返った。
流れるような仕草で膝をつくルビアに、イオンの身体がびくりとはねる。

「イオン様、恐れながら申し上げます」

「あ、はい…どうぞ」

「ご自分の身体のことを理解しておいでですね?
その上で惑星預言を詠もうとなされましたね?

私は以前、言ったはずです。

『くれぐれもご自愛ください、貴方の身体は貴方だけのものでなく、また貴方を敬愛する信者は世界中にいらっしゃるのですから』と、お教えした筈ですが?」

「……はい、覚えています」

「では理解なさっていらっしゃるのですね?
貴方がなさる事でどれだけの人が嘆き、どれだけの人が途方にくれ、どれだけの人に損害が及び、またどれだけの涙が流されるのか、理解した上でこのような選択をなされたと」

その言葉のイオンが弾かれたように顔を上げる。
その仕草だけでイオンは理解していなかったのだと全員が知り、ルビアはぴきりと米神に青筋を浮かべた。

「導師を道を反れようとした場合、それを正すのもまた導師守護役の務め…」

そこで言葉を切ったルビアに、イオンは冷や汗を流しながら怯えている。
恐らく過去にあったことを思い出しているのだろう。

助けを求めるように周囲を見渡すが、全員が全員サッと目をそらした。
助けはない。お説教が始まった。

「貴方という方は…ご自分の地位と責任を理解なさってくださいと何度進言したら理解していただけるのですか!!
導師イオンは平和の象徴であり、ダアトの最高指導者であり、信者達の心の拠り所でもあり、皇帝陛下との対話ができるほどオールドラントの民に敬意を払われていらっしゃる!
導師とはそれに見合った権利を持つ代わりに、ありとあらゆる行為に地位と立場を自覚することが求められ、そして全ての言動に責任が存在するのですよ!」

ルビアの説教は長く、それはまるで子供に言い聞かせるようなものだった。
結局イオンが涙目になろうとも、モースのHPが切れようとも終わらない。
此処では何ですから教団に帰りましょうとジェイドが提案するまで、止まることは無かった。







「本当にすみません…ご迷惑をおかけしました」

教団に帰還して焼き豚のようになったモースと俯いたまま何も言わないアニスを引き渡した後も、ルビアの説教は止まらなかった。
まさに散弾銃のようなお説教は、ルビアがぶっ倒れるまで続けられたらしい。
イオンの顔が預言を詠んだ時よりも憔悴しているように見えるのは気のせいだろうか?

「あのまま倒れなきゃもっと続いてただろうな…」

「はい。こんなに長いのは初めてです…」

どこか遠い目をしているルークに、イオンはげんなりとした顔で答えた。
かなり堪えたらしい。
しかしジェイドは厳しい目でイオンを見据えている。

「当たり前でしょう。イオン様、貴方はそれだけのことをしでかしたのですから。むしろそれだけで済んだことを感謝すべきです」

「はい、ジェイド。理解しています。理解しているのですが……足が痺れてしまって…」

そう言ってイオンは足を摩る。
どうやらベッドの上に正座をさせられたらしい。
そんなイオンにティアが恐る恐る問いかけた。

「イオン様、ルビアは…」

「医者に診せたところ、過労だそうです。暫くは眠らせておくようにと」

「当然です。全身のフォンスロットを限界まで開き、大量の第七音素を体内に留めてイオン様へ移行し、更にその上で緻密な譜陣をそのような小さなものに描き込み、収束させた。その場で倒れなかったのが不思議なくらいだというのに、その後譜術の連発…一体何者なんです?」

ジェイドが眼鏡のブリッジを押し上げながら問いかける。
しかしイオンは緩く首をふるだけだ。

「解りません。僕が知っているのは、ルビアは孤児だということ、教団に保護され、譜術師としての素養を見込まれ騎士団に入団したこと、そして…」

シンクと、恋人だったこと。
それだけしか知らないのだというイオン。
沈黙が室内に満ちたところで、まるで見計らったようにノックの音が響く。

イオンがゆっくりと顔を挙げ、問いかける。
全員の視線がドアへと向けられた。

「…誰ですか?」

「イオン様…アリエッタ、です」

そう言って、返事を待たずに開かれたドア。
現れた桃色の髪と泣きそうな瞳の主の身体には、所々包帯が巻かれている。
その手にはほつれのある、抱き潰された人形。
全員の間に緊張が走ったが、アリエッタは気にせず入室し後ろ手にドアを閉める。

「イオン様、ご無事でなにより、です…本当に良かった…」

「アリエッタ…貴方も僕の救出に手を貸してくれたそうですね。ありがとうございます」

イオンの言葉にアリエッタは首をふり、イオンの前まで来ると膝をついた。
今は六神将であるが、アリエッタとて元導師守護役。
アニスも居ない以上感情的になることもなく、最低限の礼儀を弁えている。

「イオン様を守れるなら、アリエッタは平気、です。それよりアリエッタ…イオン様に渡すものある、です」

「僕に渡すもの、ですか?」

きょとんとするイオン。
アリエッタは立ち上がり、ポケットから何かを取り出す。

「シンクに頼まれた…です。アリエッタ、お手紙持って来ました…」

そう言って一通の手紙を見せるアリエッタ。
全員が息を呑んだのは、言うまでもなかった。


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