参謀総長のご飯事情(お惣菜屋〜一挙一動〜そのさん)


「て、ことがあったんだよね」
「いいですねー。ポトフがシチューになり、シチューからドリアへの変身ですかぁ。コンソメとホワイトソースは無限の可能性がありますね!」
「ほんと、応用が利いて助かったよ。ココで作り方聞いてなかったら飽き飽きしながらポトフ食べてたと思う」
「個人的にはカレー粉加えてポトフからカレーに、カレーからカレードリアにっていう流れもいいと思います」
「カレーかぁ。思いつかなかったなあ」
「もしくはシチューからカルボナーラへの変身でしょうか」
「あー、それやればよかったかも!でも野菜がでかかったからなぁ」

ショーケースに肘をついてルビアと話しているのは先日作りすぎたポトフの行方だ。
こうして話すようになったのは、最早常連と言っても過言ではないこの店『一挙一動』で僕がメインを買わず副菜ばかり買って行くので、ルビアが「ご自分で料理されるんですか?」と聞いてきたことがきっかけだったと思う。
その時はそれが何だと思ったが、以降簡単なアレンジレシピや良い野菜を下ろしてくれる店なんかをこっそり教えてくれるので非常に助かっている。
その代わりと言うわけではないが、サラダや揚げ物なんかは相変わらずココで買わせて貰っている。特にドレッシングの類はもうココ以外では買っていない。手作り最高。

「ならスープはコンソメ卵スープではなくミネストローネでも良かったかもしれませんね」
「セロリがなかったんだよ」
「カブでも美味しいですよ」

そんなことをぽんぽん話しながらふと思い立つ。
こうしてココでレシピについて話すことは初めてではない。初めてではないが、そもそもルビアは料理をしているのか。
なにぶん、ずっと接客をしているところしか見たことがないのだ。
ココに出ている料理(騎士団向けの量が多く味付け濃い目の惣菜達)を作っているのはルビアの父だったはず。

「そういえばそういうアンタはどれくらい料理してんの。ココで売ってるとこしか見たことないんだけど」
「失礼ですねー。私だって仕込み手伝ったりしてるんですよー?一応私が作ったやつもこの中にあるんですからね!」
「ふうん、どれ?」
「え?あ、えーと、あそこにあるほうれん草の胡麻和えと、鯛のカルパッチョと、あとこのキスのてんぷらです」

そう言われて一番手近にあったキスのてんぷらをまじまじと見る。
流石に惣菜屋なだけあって初心者特有のべたべたした天ぷらになっている様子はない。
それどころかさっぱりとしていて美味しそうだ。

「じゃあそれ頂戴」
「え?ええ?今日のお勧めと違いますよ?それに父に比べれば味も落ちますし、それくらいなら今日入ってきた海老とホタテのアヒージョと、スモークサーモンの、」
「客である僕が欲しいって言ってるんだけど。なに、この店は店先にある物を売ってくれないの?」

突如しどろもどろになって別の料理を勧めだすルビアに少しだけムッとしてしまって、嫌味交じりにいいから天ぷらを寄越せと言えばルビアの言葉はしおしおと萎れていった。

「い、いくつにしますか」
「とりあえず二つ。あとほうれん草の胡麻和えとってくるから待ってて」
「あ、はい……」

天ぷらを入れるための容器をぽいっと投げて渡し、別の容器を取り出してほうれん草の胡麻和えを盛っていく。
すん、と鼻を鳴らしてみれば胡麻のいい香りがして、別に他の惣菜と遜色があるようには見えなかった。

「いくら?」
「え、と、すぐ量りますので少々お待ちを……容器代を差し引いて、合わせて439ガルドです」
「ん」

会計を終え、惣菜をつめた容器を渡される時に小さな声で「ありがとうございます」と聞こえる。
会計後にはいつも言われる台詞ではあるが、何かいつもとニュアンスが違う気がして「何が?」と聞けば多少間を空けた後、少し照れたような顔でルビアはこう言った。

「その、嬉しかったんです。私の料理をわざわざ選んでくれて。
私料理が好きで、それを美味しいって言って貰いたくてこの店継ぐためにこうして働いてるんです。
だからどんな理由があれ、私の料理を選んでもらえるって、恥ずかしいけど嬉しいなって思って。良ければ今度着たとき食べた感想聞かせてください」
「……美味しかったらね」
「はい!」

嬉しそうに言うルビアの言葉が……理解できなかった。
美味しいものは好きだ。『幸せ』と言う言葉を字面でしか知らない僕だが、きっとシアワセとはこういうことなんだろう、と思う程度に。
だから他人にそれを味あわせることが嬉しい、と言うルビアの主張は理解し切れなかった。だって自分で食べたほうが絶対に美味しいと思う。

「誰かに美味しいって言ってもらうより自分で食べたほうが良いと思うけど」

なので素直にそうぼそりと零せば、ルビアはきょとんとした後僕にこう返した。

「じゃあ、きっと誰かと一緒に食べればもっと幸せになれますよ」

幸せそうに笑う彼女の言葉は、終始僕には理解ができなかった。


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