参謀総長のご飯事情(こだわりの和食)


「シンク、お前少しは我々と交流する気はないのか」

ふいに名前を呼ばれ、振り返った先に居たのは呆れた顔をしたリグレット。
足を止めて言われた言葉の意味を理解した途端、仮面の下で眉間に皺が寄るのを感じた。

「いきなり何さ」
「前回の会食も参加しなかったろう?閣下が六神将同士の連携を取るためにも普段からコミュニケーションをとるようにとわざわざ場を整えて下さったのだぞ」
「頼んじゃいないね、そんなこと。こっちの了承もなく勝手に用意した癖に、いちいちイチャモンつけないでくれる?」
「しかしだな、二時間もかからない食事の時間くらいは、」
「僕が素顔出したら困るのはアンタだって知ってるだろ。特にアリエッタに見られたらやばいってこともさぁ。
わざわざこっちがばれないよう避けてるのにいちいち近づけさせようとしてくんなって言ってんのわかんない?
アリエッタだけじゃない。あの燃えカスに見られても面倒なことになるのは想像に難くない。
だったらこんな出来損ないほっとけばいいんだよ。わざわざ事を起こす方向に突き進む気はないね」

鬱陶しい。
そう思っていることを隠さずに言葉を重ね並べ立てれば、リグレットは多少機嫌を損ねたようだがそれ以上追求してくることはなかった。
「お前の考えは解った」とそう告げてからくるりと踵を返し去っていく。

その背中を見てふん、と小さく鼻を鳴らした後、僕もまた帰宅するために男子更衣室へと足を運ぶ。
本当に理解できない。何故わざわざ疲れる食事をしなければならないのだ。

自分で作ったほうが絶対に美味しいのに。



「よし」



翌日。
久方ぶりの休日なので、今日はとことん拘って料理をすることにした。
エプロンを付ける。相変わらず腰で結ぶと紐が余って邪魔なので、さらにぐるりと回して前で小さくリボン結びにする。

手袋を外し、服を肘まで捲ってから二の腕までしっかり洗う。
今日作るのは和食だ。出汁の繊細な旨みと食材の味を最大限に引き出せる和食は僕にとってストライクゾーンだった。
勿論ホワイトソースやチーズなどを使った乳製品の濃厚な味や、ブイヨン特有のほのかな味なども好きだ。誤解なきよう、それだけは言っておく。

「まずは、と」

一番時間がかかる一品は既に出来上がり、後は蒸らしておくだけの状態だ。
なので今から作る料理はその蒸らし時間の間に終わらせなければならない。手際よく終わらせようと思う。

まず取り出したのは卵が二つ。おわんの中に二つとも卵を割り入れ、からざを取ってから菜箸を使って溶き卵にしておく。
そして長方形のフライパンを取り出し、油を熱してから溶き卵を投入する。じゅわぁ、と音を立ててフライパンの上で踊る卵はそれだけで美味しそうだ。
卵に完全に火が通らないうちに菜箸を使ってくるり、くるりと卵を巻いていく。最初の頃はうまく巻くことが出来ず、何度も破ってしまったものだがもう慣れたものだ。
出来上がったのは半熟とろとろの玉子焼き。出汁巻き玉子も非常に美味しいと思うのだが、シンプルに塩だけというのもオツだと思う。

続いて取り出したのは小鍋が二つ。一方には水と昆布と入れ、弱火で煮る。沸騰はさせない。もう一方は水と塩、こちらはさっさと沸騰させるために強火だ。
それぞれの鍋を待っている間に取り出したのはほうれん草だ。取れたてぴかぴかのそれはとても美味しそうで、さっと水で洗ってから葉と茎の間にざくりと包丁を入れる。
沸騰したお湯にまずは茎の方を入れて一分、さらに葉を並べて一分、ざっと茹でたらざるにほうれん草をあげる。
軽く絞ってからストックしてある自家製白だしと、それからごま油を少々。ごま油の良い香りが食欲をそそるのを感じながら、ざっと和えてやれば一品完成だ。

隣の小鍋がいまだに沸騰していないことを確認した後、冷蔵譜業から取り出したのは銀鮭の切り身だ。紅鮭などに比べると安く手に入るため、僕の食卓に上る確立が高い魚でもある。
鮭に軽く塩を振った後、鍋を洗いフライパンを洗って時間を潰してから鮭を焼くためにフライパンを温める。
油を引いて両面をじっくりと中火で焼いた後、料理酒を少しだけふりかけ蓋をして一分蒸し焼きにすれば出来上がり。

使い終わったフライパンを洗う頃にはずっと煮ていた小鍋も良い具合に沸騰しかけていて、慌てて豆腐と長ネギを取り出す。
豆腐をサイコロ状に、そして長ネギを小口切りにした後、小鍋の中の昆布を取り出してから豆腐を放り込んだ。
それから沸騰したお湯の中で豆腐に火が通るまで待った後、お玉の上に味噌を置いて菜箸を使って溶いていく。
再度コンロの火をつけ沸騰しないよう気をつけつつ弱火でとろとろと煮込んでから、最後に長ネギを入れて完成だ。

出来上がったほうれん草のお浸し、玉子焼き、鮭の塩焼きをそれぞれ小皿に盛り付ける。
味噌汁はお椀にいれ、料理の最中に蒸らしておいた土鍋の中身……白米にしゃもじを入れて全体的にさっくりと混ぜた後、大きなご飯茶碗に山と盛る。
つやつやのご飯は香りもよく、それだけで食べても十分美味しそうだった。
最後にほうじ茶を淹れ、ご飯の脇に準備すれば完了だ。

エプロンを脱ぎ、適当に椅子に引っ掛ける。箸は木製。最近自分用に新しいのを買った。
テーブルの上に手前にご飯と味噌汁を、奥に三つのおかずを綺麗に並べる。
ココまで来ればもう我慢をする必要はない。どかりと音を立てて椅子へと座り、ぱん!と音を立てて手を合わせる。

「いただきます!」

素早く箸を取り、我慢できずに早速味噌汁へと手を伸ばした。
ずずっと音を立てて味噌汁を飲む。こんぶ出汁がよく効いているのが解る。味噌汁。それはシンプルでありながら奥深い和食の基本だと今なら思える。
白味噌のまろやかな味に舌鼓を打ちつつ、流れに乗って口の中に入ってきた長ネギから新鮮な香りが口いっぱいに広がる。
豆腐も一緒に口の中に放り込めばそれはもうシアワセの味だ。

もぐもぐと豆腐(絹)を咀嚼した後、今度は白米へと箸を突きたてた。
キッチンにはあらゆる料理道具が揃っていたが、土鍋は存在しなかった。前任は和食はあまり作らなかったらしい。
なのでわざわざ自分で厳選した土鍋を買ってきたのだ。白米専用のやつを。

時間があるなら是非、と行きつけの惣菜屋に勧められて炊飯譜業ではなくわざわざ土鍋で炊いてみたのだが、この香りを嗅いだだけで炊いてよかったと思う。
ぴかぴかつやつやのお米を口に含んでみれば少し柔らかい。次はもう少し水を減らしていいかもしれないと思案しながら噛み締めれば、初めて味わうもっちりとした米の食感。
追加で一口味噌汁を啜れば更にうまみは増す。残った米は後でねこまんまか、茶漬けにでもして食べようと決めた。

今度は玉子焼きに手を伸ばす。均等に切られたそれの一つをぱくりと食べれば、歯を立てた途端にとろりとした半熟卵が口いっぱいに広がった。
僅かに感じるほのかな塩味が卵のまろやかさを引き立たせている。コレもまた堪らない。続けてもう一切れ口に放り込み、柔らかな卵を存分に堪能する。

ほうじ茶で喉を潤わせてから、今度箸を伸ばしたのは塩鮭だ。パリッと焼けた表面と中のふわっとした食感に心が躍る。
程よい塩気に米を食べるスピードもまたはやくなるというもの。脂の乗った皮を噛み千切って堪能しつつ、最後にほうれん草のおひたしに手を伸ばす。

常備している白だしがよく効いている上、ごま油の香りが食欲をそそってやまない。
さっぱりとした味わいは鮭の塩焼きともよく合うし、ご飯と一緒に食べれば丁度おこげの部分とぶつかり合ってまた違った味を楽しませてくれる。
新鮮なほうれん草そのもののほのかな味を殺すことなく白だしがうまく効いているのもポイントだろう。
時間があるときに白だしを作り足しておくことを心のメモ帳に書き足しておきながら、味噌汁を一口煤ってまた白米を口の中に放り込む。

ぱくぱくと食べ進めてしまえばなくなるのもまた早い。
全て胃袋の中に収めてほうじ茶を啜ればほう、と無意識のうちに満足げな息が漏れる。

顆粒出汁をやめて自分で出汁をとるようになった。
炊飯譜業ではなく土鍋で炊いた白米は格別に美味しかった。
白だしは販売しているものではなく手作り品を常備している。
調味料は奮発して買うようになったし、野菜は新鮮なものを選び、そのための知識だって豊富になった。

「ごちそうさまでした」

最早料理が趣味と言っていいと思う。断言できる程度に僕は料理に拘っていたし、日々の食事を楽しみにしている。
そして今食べ終わったばかりなのに、もう次のご飯は何を作ろうか、なんて考えているのだから。

「ほんと、食事って凄い」

『美味しい』と言う感情に出会わなければきっと僕は復讐一辺倒のつまらない人生を送っていたのだろうなあなんて考えながら、またほうじ茶をずずっと啜ったのだった。


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