参謀総長のご飯事情(お惣菜屋〜一挙一動〜そのよん)


『きっと誰かと一緒に食べればもっと幸せになれますよ』

ふと思い出した言葉。幸福そうに笑うルビアの顔が頭に浮かぶ。
自分だけで食べても、十分美味しい。満足感だって十二分にある。
けれどルビアは誰かと一緒に食べればもっとシアワセになれると言う。

次に思い出したのは、以前ルビアが作ったものを買っていき、翌日美味しかったと素直に告げれば大層喜んだことだ。
美味しい、と。単純にただその一言を告げただけなのにルビアはとても嬉しそうだった。
それからなんとなくお勧めの品とルビアの作った惣菜を混ぜて買っているけれど、飽きもせずにルビアは毎日嬉しそうだ。

……少し考えてから、洗い物をしたあとにもう一度玉子焼きを作る。
そしてそれを持って、今日の晩御飯の惣菜を買うために『一挙一動』に行くことを決めた。
斜めがけのバッグに空の容器をいくつか入れ、玉子焼きが入った容器はなんとなく一番奥に押し込む。
最後に財布を持って家を出て、歩いて十分。そうすればほら、すぐに『一挙一動』の少し薄汚れた看板が僕を出迎えてくれた。

「ありがとうございました」

どうやら単品での持ち帰り客の相手をしていたらしい。
ドアの横にある一辺一メートル弱ほどの木枠の中から、揚げたてのコロッケを一つ食べ歩きできるように半分だけ紙に包んで渡している。
たまに見かける姿だ。僕も小腹が空いたときなどに利用させてもらうことがある。

「あ、騎士様。いらっしゃいませ」
「うん。てゆーか前に名前教えたのに何でいまだに騎士様なわけ?」
「え?あ、だめでした?」
「別に駄目じゃないけど……もしかして忘れたの?」
「忘れてませんよ!?シンクさまですよね!覚えてます覚えてます!」
「なら口に出したら?」

そんな会話をしながら店内に入る。ちりんちりんと鳴る鈴の音ももう慣れたものだ。

「今日のお勧めは?」
「アジの南蛮漬けと豆腐で作った餃子、それとリボンパスタのボロネーゼですね」
「あんたが作ったのは?」
「生ハムのサラダと鯛の煮付けです」
「じゃあボロネーゼと生ハムのサラダ貰おうかな」
「いつもありがとうございます」

容器を取り出し、ボロネーゼとサラダを詰めにいこうとして……少し迷ってから玉子焼きの入った容器を取り出す。
蓋を開け、ルビアのほうにずいっと差し出せばルビアは困った顔をした。

「ん」
「あ、の?これは?」
「……僕が作ったやつ」
「シンクさまが?」
「……そうだよ、何か文句ある?」
「いえ、そういうわけでは」
「……食べた感想聞きたいんだけど」
「わ、わたしのですか!?」
「そうだよ、ほら」

もう一度容器を差し出せば、それでは、と小さな声で言いながらルビアは玉子焼きの入った容器を受け取った。
恐る恐る口にしようとするルビアの姿を見たくなくて、逃げるように僕は容器を持ってボロネーゼとサラダを詰めにいく。
団員達はそれこそガッツリとどんぶりに盛るほど詰めていくらしいが、僕が買うのはお椀に盛る程度だ。家でも作るのだからコレくらいが丁度良い。
軽く詰めて少しどきどきしながらレジへと戻れば、それはもう頬をとろけさせてシアワセそうな顔をしたルビアがそこに居た。

「シンクさま〜、この玉子焼きふわふわのとろとろで美味しいです〜」

しあわせ〜と間抜けな声を上げながらもう「美味しいです!」と主張せんばかりの笑顔のルビアに僕は心のどこかでホッとしていた。
人に自分の料理を食べさせるってこんなに緊張するのかと思いながら、誤魔化すように容器をショーケースの上に置く。

「美味しいみたいだね」
「とっても!もううちの料理なんて目じゃないと思うんですが」
「一人暮らしだと何かとね。惣菜があると便利なんだよ」
「コレだけの腕を持つシンクさまに言って頂けると嬉しいですね!ありがとうございます、ご馳走様でした!とっても美味しかったです」

あ、お会計は386ガルドです。
なんて取って付けたように値段を言う彼女に、僕は頬に熱が集まるのを感じた。
『美味しい』が、『ありがとう』が、僕の胸を満たしていく感覚が、どくどくといつもよりテンポを速めている心臓が、何故か僕を焦らせる。
少し震えているんじゃないかと思いながらも財布から何とか400ガルド取り出し、会計を済ませる。

おつりを貰った後、未だ煩い心臓を感じ、意味の解らない緊張感を感じ、はくはくと呼吸困難になりそうになりながら、僕は口を開いた。

「つぎの、定休日」
「はい。木曜日です」
「……おたがいお弁当持って、どっか」
「……え。……あの、それって……」
「どっか店行くより、美味しいし……町の外、でも。あんた一人くらいなら、僕だけで余裕で守れる、し」

のどが張り付いているんじゃないかと思うほど喋りづらい。つっかえつっかえの言葉を何とか搾り出してみるも、どんな反応が返ってくるか解らなくて顔が見れない。
というかそもそも何故僕は彼女を誘っているんだろうか。別にいいじゃないか。貴重な休日を潰さなくたって。
しかし煩い心臓を叱咤するように撤回の言葉を紡ごうするより先に、彼女の返事が耳に届いた。

「じゃあ、その……教会裏手の雑木林、とかで……ピクニック、とか。その……頑張ってお弁当作りますので、楽しみにしてます……」

まさかの肯定に驚いて顔を見上げれば、首まで真っ赤にしながらもはにかむように笑うルビアが居て。
ああ、僕も頑張らなければ、なんて。高揚感。

「じゃあ、また」
「はい!ありがとうございました!」



『きっと誰かと一緒に食べればもっと幸せになれますよ』



やっと、意味が解りそうな気がした。


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