ドーナツホール(ドーナツホール06)
教団に帰還した後、待っていたのは笑顔のルビアだった。
「お帰りなさいませ、イオン様。守護役をつけずにお出かけとは、またお説教をご希望ですか?」
しかし目は笑っていない。
青ざめるイオンの隣に立っていたアリエッタが、アリエッタのイオン様はあんな笑顔だったと嬉しそうに語る。
成る程つまり目が笑っていなかったのかと空笑いを零すルークを尻目に、イオンは慌てたように答えた。
「ア、アリエッタも居ましたから…その、大丈夫かなと」
「アリエッタ響手は守護役ではありません」
しかしばっさりと切られた。
そのことに涙目になるイオンにルビアは深々とため息をつき、此処ではなんだからと全員をルビアの部屋へと通す。
イオンの私室でも良かったのだが、アリエッタがルビアの部屋が良いと言い、イオンがそれに賛同したのだ。
「…アリエッタ、貴方、それが目当てだったのね」
「チョコ、くっきー…!」
全員に振舞われた紅茶と共に茶菓子に出されたチョコチップクッキーに、アリエッタの目が爛々と輝き、ごきゅりとよだれを飲み込む音が聞こえる。
ルビアが呆れたようにため息をつき、召し上がれと言うとアリエッタはすぐに手を伸ばした。
「ルビアのクッキーを食べるのは久しぶりな気がします」
「おいひぃ、れふ」
「アリエッタ、口の中のものを飲み込んでから喋りなさい」
リスのように両頬を膨らませるアリエッタに突っ込みつつ、他のメンバーにもクッキーを振舞うルビア。
全員礼を言ってからクッキーに手を伸ばし、その味に喜んだのもつかの間。
これからどうするのかというルビアの質問に全員が口を閉ざしてしまった。
沈黙が落ちた後、ルビアがイオンの預言に頼ってみてはどうかと言い出し、ルーク達は話し合いを始める。
紅茶の入ったカップを傾けながらそれを聞いていたルビアだったが、イオンにおずおずと声をかけられてカップを置いた。
「アニスのことですか?」
「…………はい」
「そうですね…モースも捕らえられましたから、無罪というわけにはいかないでしょう」
「…どうしても、無理でしょうか?」
イオンの質問にルビアは深く長く息を吐き、何か考え始める。
行き先が決まったらしいルーク達も、考え込むルビアを見た。
「守護役長が居らず、査問会を開くにも詠師の数が足りない今、私が決定を下し、その決定に今居る詠師達が納得すれば問題はないでしょう」
「では…!」
「なのでアニスを守護役から外しましょう」
ぴしりと、イオンが固まる。
その唇がわなわなと震えていた。
「そしてルーク様たちと同行していただきます。勿論、ルーク様たちがよければ、ですが」
「…え?」
「いくら人質を取られていたとはいえ、罪は罪。罪を犯したならば罰を与えるのが通りです。解りますね?」
「……はい」
もっきゅもっきゅとクッキーを頬張るアリエッタ以外、全員がルビアを見ている。
ルビアもぐるりと全員を見渡し、言葉を続けた。
「アニスがイオン様を殺しかけたことは、世界のために飛び回るルーク様たちの一行のお手伝いをする事で罰といたしましょう」
「っ、ありがとうございます!ルビア!」
「イオン様、私が言い渡しているのは罰ですよ、お礼を言ってどうするんです?」
きらきらとした笑顔を振りまくイオンに、ルビアは苦笑を隠さない。
「ではイオン様、今から大変ですよ?まずは詠師達と共に大詠師の処遇について話し合い、続いて私と連盟でアニスの処遇の暫定的決定について説き伏せ、ルーク様たちにアニスと私が同行することを納得させてください」
「はい!………はい?」
「え?ルビアも来るのか!?」
「当たり前でしょう。誰がアニスを監視すると思ってるんです?」
にっこりと笑うルビアに、逆らえる存在など居るのだろうか?
戦力が増えるのは歓迎ですと素直じゃないジェイドの言葉とともに、彼女はパーティに加入した。
ルークとイオンは戸惑ったものの、ジェイドの本人の意思なのだからという言葉に何も言えず帰ってきたアニスと共にルビアはルーク達の前で腕を振るうことになる。
恐らくジェイドとしては見極めたかったのだろう。
明らかに常識を逸している、ルビアの能力を。
アリエッタを導師守護役としてイオンはダアトにとどまり、落ち込むアニスを優しく迎え入れたルーク達は怒涛の日々を何とか生き延びた。
そして絆を深め、アリエッタの想いを託され、一行が最後にたどり着く、
栄光の大地エルドラント。
リグレットを倒し、はぐれたルークと合流した彼らの前に立ちはだかるのは…。
「シンク!」
「……何で、ルビィがここにいるんだよ」
嘲笑とともに現れた彼は、導師守護役の服を纏ったままのルビアの姿を確認した途端、笑みをけしてそう呟いた。
ルビアもルビアで、複雑そうな表情でシンクを見ている。
シンクはルビアの表情を見た後、歯噛みの後に激昂した。
「何でお前等とルビィが一緒に居る!答えろ!」
「私は、私の意志で皆さんと一緒に居ます…シンク様」
「っ……だったら君は僕の敵だ!」
最早咆哮といっても過言ではない言葉に、一気に全員が構えを取った。
緊張が走る中、ルビアは靴音を立ててルークの前に立ち、シンクを見上げる。
敵だと断言したはずなのに、シンクの顔にはどう見ても迷いがあった。
「わたしが、お相手をいたしましょう」
「何言ってるんだよ!俺達も一緒に…!」
「ルーク様、お気遣いありがとうございます。
しかし皆様はこの後ヴァン・グランツとの戦闘を控えています。
体力はできうる限り温存すべきです」
振り返らないまま告げられたルビアの正論に、ルークは一瞬だけ押し黙った。
その言葉を聴いたシンクが鼻で笑う。
どう見ても、それは強がりだった。
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