そわそわする。







落ち着かない。







眠れない。







僕の部屋で僕のベッドなのに眠れない。







なぜ眠れないかって?










それは。










「…ぅ……ん………」

「…………」







僕の隣で亮介が眠ってるから。

























ほんの少しだけ、話は遡る。







全国の主要都市を巡るドームツアー、6公演目の名古屋。




ライブが終わった後、ドームからホテルへ直ぐさま移動。追いかけてくるファンの子達を避けるため、本当に、すぐに移動する。







メンバー全員が汗くさい身体のままバスに乗り込んで、ホテルへ着いたときにはもうヘトヘト。変わらずハイテンションなのは湊と志朗くらい。




僕ら年長組は、毎回ライブのあとは、年下組二人の会話にツッコむ体力も残っていない。










それが、たまに悲劇を生む。































「どうしたの、こんな時間に……」

「いや……陣のやつが先に寝たみたいで……」










……まただ。













陣は、ライブの後、部屋でシャワーを浴びるとそのままベッドに倒れこんで眠ってしまう事がよくある。







で、陣と同室になることの多い亮介は、そんな陣の癖を知っていながら、ルームキーを持たずに部屋を出ていく事がよくある。




ホテルの大浴場へ行っていて部屋を追い出されたと聞いたときには卒倒しそうになった。(アイドルがタオル肩にぶら下げて大浴場に行くのはやめてって何度言ったら分かるんだろう、亮介は)










いや、そんなことより。







この場合、どうなるかというと。













「泊めてくれ」

「………」










亮介が僕の部屋に、助けを求めてやってくる。







「…いいよ。入って」

「ん。悪い」







毎年、ツアーが始まった直後と、疲れがたまってくる終盤に、こういう事が起こる。陣には何度も繰り返し注意をしてきたけど、その場で謝るばかりで一向にその行動は改まらない。







いっそ最初から亮介と僕を同室にすればいいと陣は主張するが、それでは僕と亮介がもたない。










(……色んな意味で)










ため息まじりに亮介を部屋へ招き入れる。




今までゴシップ誌や女性誌の記事のチェックをしていたから、窓際のテーブルの上には雑誌が散乱している。亮介はそれに気付くと、「また情報収集か?」と僕を振り返って呆れたように肩を竦めた。







「僕たちに好意的な記事を書いている出版社と、そうでない出版社くらいは知っておかないと。最近伸びてきた新人アイドルのチェックや他のグループのゴシップのチェックもしないとね」

「蛇の道は蛇ってことか…」

「番組で共演した時に地雷を踏まないように予習してるだけだよ。あぁ、あと……」

「……あと?」

「いざって時のために敵の弱点を知っておかないとね」










そう言ってほほ笑むと、亮介は、僕が何を言わんとしているのかを察してくれたようだった。




雑誌を手に取ることもなく、亮介はベッドに横になった。




他の芸能人や業界の動向に全く興味を持っていない事は、僕はかえって亮介らしいと思っている。







こういう…情報を集める事は、BUCKSでは僕の仕事だ。







……と、それよりも。










今日、僕はダブルベッドの部屋を一人で使ってるわけなんだけど。










亮介が、ごろんと横になったそのベッドは、僕も使うわけなんだけど。










……ちょっと。













……ちょっと待ってよ亮介。
















「………………」










え、うそ?…寝た?







え、僕もそのベッドで寝るのに!!

亮介なんでそんな真ん中で寝るの!?










すると。




亮介はうっすらと目を開けて。




ベッドサイドで困惑している僕を見て、口を開いた。










「悪い……先に寝る……おやす…み……」

「ちょ、待って待って待って!亮介!もうちょっと端っこ寄って!これじゃ僕寝れない!」

「…大丈夫……俺が…なんとかする……」

「いやなんとかするって何!?亮介!」










(ホントに困るんだけど…!!)










「……来るか……?」







何を思ったのか、僕に向かって両手を広げた亮介。

そのあまりのマイペースさに呆れた僕は、「…もういい」とだけ返して、亮介に向かって枕を投げつけてやった。







投げつけられた枕を腕の中に抱きしめ、少しだけ背中を丸めて眠り始めた亮介。僕はなす術もなく、こうして亮介の侵略を受け入れるしかない。…正直これも、毎度のことだ。










亮介の寝息が微かに聞こえる中。







薄明かりの部屋の片隅で、僕はゴシップ誌に目を通した。







一通り読み終えると、ようやくベッドに辿り着ける。







……けれど。










(………なんか納得いかない)










これじゃ亮介が眠るベッドに、僕が忍び込むみたいだ。




亮介を起こさないように、慎重にベッドにもぐりこむんだから。







「……ん………」

「…………」










そわそわする。




落ち着かない。




眠れない。







何故ってそれは。







亮介の気配をどうしても感じてしまうから。










『ツアー中は【そういう事】をしない』という、僕と亮介の間にある不文律はずっと守られているけれど、それでも、僕にとって一応、亮介は、『特別』だ。










「……………」







(………熟睡してる)







こんな事を思って、1つのベッドで眠るたびに僕が内心、右往左往していることを、亮介は気付いていない。










(………いや、気付かれないままでいい、のかも)







『いざって時のために敵の弱点を知っておかないとね』







僕の最大の弱点は、今、僕の隣で健やかに寝息を立てている。










(……明日、夏さんに言って陣を蹴飛ばしてもらおう)










亮介の隣で、その気配を感じながら。







僕はそう心に決めたのだった。


































――――翌朝。










「おっはー!!って、え、瑞樹くんなにそのクマ!?」

「あぁ…志朗……おはよう……」

「瑞樹寝てないの?足元ふらついてるじゃん、大丈夫?」

「ふふ…湊はよく眠れたみたいで……羨ましいよ……」

「なんか…俺だけ爆睡してたみたいで悪かったな、瑞樹…」

「いや…いいよ…亮介だって疲れてたんだし…気にしないで…」

「ちーっす。あーー、マジよく寝たわー。…あ?なんだ瑞樹お前、クマ出来てんじゃねーか!夜更かしかー?ダメだぞツアー中にそういうのはー」

「……もうホント……呪っていいかな……」



ALICE+