はじまりのうた



うだるような暑さがじわじわと体温を上げていく。窓の外、空の上でぎんぎんと輝く太陽は人間たちを焦がそうとしてるみたいや。あー涼しい季節が恋しい。冬にコタツで食べるアイスが恋しい。今もアイス食べてるけど。

大学生になって二回目の夏休みはサークルとバイトの繰り返しで、特に面白いことはまだない。夏休み入る前に彼女には振られるし、良いこと無しや。一緒に旅行に行こうねって、楽しみにしてたのに、忠義くんより好きな人が出来たからって、そんなの納得できひん。亮ちゃんはげらげら笑ってたけど、お前だって春に同じ理由で振られてるやん。同じ穴の狢や。


「忠義ー」

がちゃ、とドアが開いた。

「何? ノックくらいしてよ」

「ああ、ごめん。名前ちゃん来てるよ。玄関にいるから行ってあげて」

「名前?」


久しぶりに聞いた名前。昔から家族ぐるみで仲良かったご近所さん。いわゆる幼馴染で、小学校中学校高校大学、学部まで同じだけど、いつからだろうか。もう全く話していない。授業がいくつか被っているけど、話すことも、目が合うこともない。
そんな名前が急に俺に何の用やねん。わざわざ玄関に行くために、エアコンの効いてない廊下に行くのが面倒や。


「上がってもらえばよかったやん」」

「そう言ったんやけど……ちょっとでええからって」

「意味わからん」」


最後の一口を口に入れて、立ち上がる。
まあ、名前が俺の家までこのくそ暑い中来たってことは、よっぽどの用事があるんやろ。待たせるのも悪いし、早よ行かな。
階段を降りれば、名前は靴を履いたまま玄関に立っていた。久しぶりの名前は白いワンピースを着ていて、青白い肌と相まって、全部が真っ白に見えた。


「あ……久しぶり」

「ん」」


声、聞いたのいつ振りやろ。高校生の時?
中学の時は絶対髪なんて染めへん!って言ってたのに、今はナチュラルな茶色に変わっていた。ピアスは開けていないことに、なぜか安堵する。


「どうしたん、急に」

「うん、ごめん。あのさ、来週の月曜日、空いとる?」


来週の月曜日。八月十五日。


「あー……来週はヤスと亮ちゃんとマルとの約束あるわ。他の日でもええ?」

「そっか……」


外で蝉が鳴き出した。ジージーうるさいからアブラゼミやんな。急に始まった大合唱は名前の沈黙とは対照的やった。


「じゃあ、その約束、キャンセルしてくれへん?」

「は? なんでやねん」

「忠義と一緒に遊園地行きたいなって。タダ券もろてん。懐かしいなー思って」

「別の日でええやろ。そんな俺の予定勝手にキャンセルしろなんて、お前そんな権利無いやんか」


ちょっと強めに言うと、名前は俺から目をそらして下を向いた。


「…………来週の月曜じゃなきゃ、ダメやねん」


弱々しく笑う名前の表情は初めて見たもんやった。でも、耳に髪をかける仕草は小さな時から変わってない。緊張してる証拠。
はぁ、と小さくため息を吐いた。これに俺は弱い。


「……わかった。ええよ」

「ほ、ほんとに? ほんとにええん?」

「えー、なに。お前が誘ってきたんやんかぁ」

「いや、あー……そうやなぁ……えへへ。嬉しい」


それから、待ち合わせ時間と待ち合わせ場所を取り決めて、満足そうに名前は帰って行った。急に来て、急に約束取り付けて、何もなしに帰ってく。こんなこと、今まで一度もなかったから、正直ちょっと驚いた。俺だけのこと誘ったのも、多分初めて。

名前は俺と亮ちゃんと幼馴染で、いつも俺らの後を着いてくるような子供やった。約束事はいつも俺たちが勝手に決めて、「名前も絶対来るんやで!」って、無理矢理でも一緒に遊んでた。それでも、名前は嫌な顔一つせずに、二人は元気やなぁって遊んでくれた。

だから、ちょっと嬉しかった。真面目な幼馴染の初めてのわがままやから。ヤスと亮ちゃんとマルには悪いけど、特に亮ちゃんにはほんまにごめんやけど、俺、こっちの約束優先させてまうわ。
にしても、数年振りに話したのに、意外と普通に話せるもんなんやなぁ。

明日は金曜日。サークルの集まりや。