ちょっとの疑問


「あっ、大倉、おはよぉ」

「おはよ、ヤス」

「今日も暑いなぁ。せや、今度の月曜、場所決めて無かったし、海行こうや。神社まで遠くないし、行けるやんなぁ?」

「あー、そのことなんやけど……」


次の日。サークルのバンドの練習が始まる前に、ヤスと亮ちゃんとマルに来週の月曜日は他に予定が入ったと言った。なんや、デートかなんて冷やかす亮ちゃんに、名前から遊園地に誘われたって言うと、つぶらな瞳をぱちぱちさせていた。


「何やねんそれ! なんで大倉やねん! ずるい! 俺も久しぶりに名前と遊びたい!」

「二人の幼馴染やんな〜? 亮ちゃん、昔名前ちゃんに何かしたんやないの?」

「お前は黙ってろ」


あれ、亮ちゃんがそんな反応するん、意外やった。へえ、くらいで終わると思ってたのに。
マルちゃんが亮ちゃんにちょっかい出して、怒られて、凹んで、ヤスに慰められるいつもの光景。元々入ってた予定をこっちの都合でキャンセルしたのに、すんなり受け入れてくれた。ああ、でも良かった。ほんまこいつらといるのは気が楽や。まあ、理由ちゃんと言えば、ぐちぐち言ってくるような奴らちゃんねんけど。


「なに騒いどんねん。はよ練習始めるで」


すばるくんが俺らに向かって鋭い目線を飛ばした。暑さで参ってるって、この前しんちゃんが言ってたな。クーラーががんがんに効いたスタジオで、すばるくんのむき出しの肌には鳥肌を立っていた。寒いんなら、上着ればいいのに。


────


「そういえば、なんで月曜日なんやろな?」


練習が終わって、帰り道。ヤスが唐突にそう言った。横山くん、ヤス、俺が横に並んで歩く。マルちゃんとしんちゃんは前でなんか楽しそうに話してるし、すばるくんと亮ちゃんは後ろでなんかめっちゃ真面目そうなこと話してる。新曲のことかなぁ。今日あんま上手くいかへんかったからな。あー、練習不足や。
横山くんがヤスの言葉を拾った。


「なに? 月曜日?」

「あー、ヨコちょはあん時いなかったんやっけ? あんな、大倉の幼馴染の名前ちゃんっているんやけどな、その子が大倉のこと誘ってん」

「え、ぜんっぜんわからへん。なに? デート誘われたってこと?」

「そぉー。俺らの約束あってんけど、大倉そっち優先したん。俺、ちょっと寂しいわ」

「あっははは! なんやねんそれ! お前大倉の彼女か!」

「あながち間違いではないかもしれん」

「あっはっはっはっ!! おまっ、それ、あっはっはっはっ!!」


横山くんの大笑いが夜の住宅街に響き渡る。村上くんの「お前近所迷惑やろ!」の声の方がうるさいっていうのはつっこんだらいかんこと。
注意したついでに、村上くんもマルも会話に参加してくる。


「でも確かになんでやろなぁ。普通そういうのって日曜日やあらへん?」

「混むの嫌やったんちゃう?」

「そんなん夏休みやしいつでも一緒やがな」


たしかに、しんちゃんの言う通りや。もう学生はどの年齢も夏休みに入ってる。お昼、いつも静かな公園は子供たちの笑い声で活気付いて元気そうや。
──なんで月曜日なんて言ったんやろ。確かに謎や。


「あれやない? なんかさ、遊園地のチケットの期限がその日とか」まる

「そうかぁ? 普通今月いっぱいとかやないんか」

「あっ、お祭りとか?」まる

「まーもうええやん。楽しんでくればええやん」やす

「ヤス、お前が言い出したんやんか」


絶好調やなお前!と横山くんはまた笑った。
ギターの重みなんか感じさせないくらい軽々と小さな体で持ってるヤスは高校の時に知り合った。ついでにマルも。軽音部を俺と亮ちゃんとヤスとマルで作って、高校時代はそればっかりやった。ヤスと亮ちゃんがギター、マルがベースを最初からできてたから、俺がドラムやることになって。最初はめっちゃむずいししんどって思ったけど、これもいい思い出。その後めっちゃモテるようになったしなぁ。元からモテてたけど。なんちゃって。


しばらく歩いて、駅の改札口で俺らはバイバイした。先輩三人とヤスとマルは俺たちと反対方向のホーム。ここから先は、家が近い亮ちゃんと二人で帰ることになる。
真夏の夜はじめっとした空気が俺らのことを包み込んでいて、歩いてるだけで汗が止まらない。早く帰ってシャワー浴びたいわ。


「……なあ」

「んー? なに?」

「ほんとに名前に誘われたん?」


亮ちゃんが突然真剣な目つきで俺のことを見てきた。彫りの深い顔が睨みつけてくるのは、なかなか凄みがある。


「そうやけど……。どないしたん?」

「……いや、なんかええなぁって」

「ふーん……?」


ちょっと違和感を感じたけど、多分これあれや、幼馴染特有の嫉妬。その証拠に、亮ちゃんはいつも通りのふにゃっとした雰囲気に戻っていた。俺たちといるとき特有の雰囲気。