+△0118:Wed デイドリーム・シネマ 「ハザマさんハザマさんレリウス大佐とパラレルワールドに行ってきたって聞いたんですけどまじですか?」 「何故それを」 「うふふちょっとした人脈戦術です それでそれで まじですか?」 「それたぶん意味違うと思いますけど 全く、酷いめにあいました もうパラレルワールドだなんてまっぴらごめんですよ」 「へえ! どんな世界だったんですか?」 「大佐と大佐のご子息が良好な関係を築いている世界です」 「うわなんですかそれ 悪趣味な番外小説みたい その世界のハザマさんはどんなかんじでした?」 「… その家の召使でした」 「はあ! 召使! それはそれは… 平和な世界なんですねそこ! ハザマさんが召使って…あはははは!」 「私、あなたをクビにするなんて造作もないことなんですけどねえ」 「すみません勘弁してください わたしなにしてました?」 「肉屋で真顔で鶏絞め殺してましたよ」 「わあ」 +△0117:Tue つやめくヴァニラ 「ソーダは割れるのが怖くないの?」 薄荷色の末っ子がたずねたことばはおもっていたよりもこれっぽっちもわたしのからだに響かなかった。机のうえにちらばった試作品の数々をまとめながら、わたしは彼に目をやる。 「なにが?」 「僕らは割れてもいなくなったりしないでしょう? 割れてもつなぎさえすればまたうごけるようになる 記憶だって破片がなくならないかぎりもとのままだ でもソーダはちがうだろ 割れたら割れた回数だけ、記憶も失ってしまうんでしょう?」 「うーん」 壁にはめこまれた窓枠からはあたたかい春の日差しが注ぎ込んできている。体内のインクルージョンが活発化する錯覚を覚えた。白粉を塗った腕はきちんと正常にうごいている。ここ何十年ものあいだ、わたしは己の身体を割ってはいない。 「怖くはないかな」 「どうして?」 「あんまり実感がないから」 いうと、フォスはぱちりと目を瞬いた。羽根ペンをケースに仕舞う際にかつんと小さな音が鳴った。 「じぶんがなにをわすれたのかってじぶんじゃあわからないし それにわたしの場合、やさしいまわりがたすけてくれるから だからもう長いこと割ってないしね」 「…よくわからない」 「わたしもよくわからない」 たとえばここでわたしが彼の腕をほんのすこし力をこめて握ったなら、彼の指先は第二関節あたりから割れてぽろぽろと床に落下することになるだろう。わたしの記憶はまだ損なうことなくたもたれている。わたしはわたしが前線に立つ未来がこないことを祈っている。この戦争に終わりが来ることを祈っている。ずるいと罵られる覚悟は、正直あまりできていない。 (ソーダライト 高度は五半 割れるたびにからだのあおいろがうしなわれる それと比例して記憶もうしなわれる かつて1度だけ前線に赴いたが身体の損傷をくりかえし、自分がイエローらと同時期に生まれた最古参だということをすっかりわすれてしまった 現在は日用品づくりにいそしんでいる) +△0117:Tue 茹だる延髄 「ハザマ大尉ってにんげんなんですか?」 「どういう意味合いの質問かわかりかねますね」 「あなたどちらかといえば爬虫類っぽいじゃないですか にんげんっぽくないですよね 緑だしめえあいてないし」 「あいてますよほら」 「うわ目えかっぴらかないでくださいかるくホラーですよ 新人のまえではやらないでくださいね よかったですねわたしのしんぞうがつよくて」 「私からすればあなたもけっこうにんげんらしくありませんけどね」 「えっ心外なんですけれど」 「ほらそういうとこですよ」 「ごめんなさい意味がわかりません わたしののうみそをなめないでください」 「そんな上から目線であなたの脳みその出来の悪さを告白されても困ります」 「えっハザマ大尉ににんげんらしくないだなんて称されたわたしはどうすればいいんでしょう わたしってにんげんなんですかね」 「さあ しりません」 「うわ無責任」 「だれだってそういうものですよ じぶんがだれかなんて他人に判別してもらわなきゃ認識出来ないでしょう」 「ハザマ大尉からみたわたしってなんですか」 「たいして面白くもない書類のファイリングが趣味のよくわからない部下ですかね」 「わたしからみたハザマ大尉は上司にしたくないタイプベストスリーにランクインするレベルの爬虫類のおともだちですよ」 「おやおやそれは結構」 +△0110:Tue そこには破戒と祈りだけがあったよ 「会長さんはいつまでもおそろしいひとですね」 「心外だけれどね 僕だってあのこに変えられたひとりだよ?」 「あのこが変えなかったにんげんなんていませんよ でもあなたの本質、根っこは変わらないでしょう わたしはいつまでもきっとあなたのことがきらいです」 「おやおや手厳しいね 僕きみになにかしたかな?」 「わたしに ではないですけど あなたはずいぶんと他人からきらわれていることを自覚するべきでは?」 「まあ他人に恨まれてなんぼだったからね、あのころは… きみだってしっているだろう?」 「わたしはみかが哀れで仕方ないだけですよ」 「ふふ きみも難儀な子だね」 +△0210:Wed 甘いと痛いは紙一重 出雲がゆるりとその長い腕をあげるのをぼんやりと目で追っていた。 この景色がなんだかおままごとのようにみえるのはわたしだけなのだろうか。ゆらゆらと視界が波打つみたいに揺れたきがした。教壇のようなそこに立つ白銀の彼はにこりと人が良さそうにわらっているし、そのとおり、かれはきっとやさしいのだろうとおもう。やさしくないのはわたしだけだ。うそみたいなこの現実がいまいち飲み込めていない。ゴムみたいに味気ないのだ、かなしいことに。 スクリーンにうつしだされた緑色の彼らをみる、このまえわたしが蹴り飛ばしたあのちいさなしょうねんは、わたしからみて右側にいた。どくんどくん、心臓が跳ねている。うるさい。誰にもきづかれないように、手のひらに爪を立てた。その痛みに、ようやく現実感を感じる。そうだ、わたしは痛みと危機感にのみ現実を垣間見れるにんげんなのだから。 アンナのしろい髪が、揺れる。彼女はそのちいさく華奢な背に、いまはなにを背負っているのか。わたしには想像もつかない王としての責任とか、だろうか。わたしには、わからない。こうして冷えきった両手足をそのあたりに放っておくことしかできないわたしにはだれかのかかえる戸惑いとか躊躇いとか、そういうものが一切合切わからないのだから。 「…、かざり、」 なまえがよばれた。ふっと顔を上げれば出雲がこちらをみていた。色のついたガラスのむこうから、わたしを。相変わらずまつ毛がながい。かたりと首をかしげれば、「行くで?」と。ちいさく顎を引く。 +△1109:Mon 赤い靴を履きつぶしてなら歩けます あくびをもらしながら食堂に行くと、見慣れた白頭が大皿に山盛りされたみるだけで食欲を奪われる料理の数々を端からたいらげているのがみえた。すこしだけ沈黙して、ジェリーに紅茶だけ頼んで件の彼の目の前に腰をおろした。 「おはようアレン」 「むぐ?ほはひょふほはひまふへいへる」 「しゃべるのは口の中身がなくなってからにしようか」 りすみたいにふくらんだ頬がむぐむぐとうごいて、 たちまちその中身をのみこんだ。いつみてもこれこそ彼の十八番の大道芸のひとつなのではないかとおもうときがある。それほどなんというか…圧倒される。いや真面目な意味ではなく。 「ごくん。おはようございますレイチェル」 「うん。おはよう」 にっこりわらって、いれてもらった紅茶をひとくち。落ち着く。机の上でまるくなっていたティムキャンピーと目が合って、首をかしげる。わたしのゴーレム・ロウはそのへんの空中をゆらゆら漂っていた。眠いのかい。 +△1010:Sat 星になれなかったひと 「きれいね、その髪」 ふと彼女が言った。その髪からは金木犀の香りがして、どきりとする。四本垂れた三つ編みは今日も蛇みたいにうねりながらその肩を這っている。長い前髪にふちどられた彼女の赫眼は水銀燈の光を跳ね返して光っていた。ぱちり、その目がまたたかれて、くるりとひとのそれへと戻る。血の色に似た真っ赤な唇が歪んで、甘いことばが吐き出される。 「ねえきみーーーどうしてきみはこうして生きているの?」 「..........」 「人も喰種も、絶望に対して抱く感情はおんなじでしょう?ねえ、はんぶんこのあなた」 「……僕は」 「べつにいいよ?わたし、きみを困らせるためにこんなこと言ってるんじゃあないの…なんとなく、気になったのよ」 気にしないで。そう言って彼女は笑った。その指が伸びて、僕の髪をかき混ぜる。色の抜けた髪はされるがままに混ざり、彼女の青く塗られた爪が埋もれた。 ▲▽ |