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付き合ってる設定



あー、やっちゃった

ぼーっとしていたら手の中にあったお菓子……それもよりによってチョコレートを遊ばせていたみたいで。ぐにゃりと包装紙が変に動いた感触ではっと気付いた時にはもう遅い。恐る恐る開けたチョコレートは表面がどろっと崩れて銀紙の中にへばり付いていた。
これじゃ、もう食べられないなぁ。
よく映画やテレビなんかで見る、「このまま溶け合えてしまえたら」という甘い言葉。高校生の私にはオトナの恋愛なんて分かっているのかどうか分からないけれど。このチョコレートみたいにどろどろで、何だか汚れたみたいになるのは嫌だなぁなんて考えた。
けど。もし。彼とこのまま溶け合えてしまえたら。私達はどうなるんだろうか。

「轟くんは溶けなさそうだね」
「何の話だ」
「んー…私たちはドラマ向きじゃないなって話」

訳が分からないという顔をしてから、手元の本に目を再び落としてしまう轟くん。さしてこちらに興味があるわけではないらしい。手の中のチョコレートは一旦忘れよう。少し離れたところに置いて、くだらないことを考えてみる。
彼と溶け合うにはどうしたらいいのか。抱きしめてみても、溶けるだなんてことにはならない。B組の男の子にくっつける個性の子がいると聞いたけれど、あれは溶けるとはまた違うしなぁ。あぁでも、お互い生まれたままの姿でぴったりと肌を合わせるときは好き。隙間がなくなって、熱を分け合うあの感覚。ちょっとだけ肌がペタリとして、なんだか恥ずかしさと愛しさみたいなのも混じり合って…あぁ、あれが"溶ける"なのかな。

「轟くん」
「なんだ」
「こっちきて」

ぽんぽんと寝っ転がっている布団を叩けば、彼は少しだけ眉を下げて本を閉じた。そしてそのまま私の隣へと同じように横になる。珍しく従順な彼に思わず笑みがこぼれた。

「で、さっきの話」
「溶けるとかどうとかの話か?」
「うん」
「それ面白いか?」
「全然」
「ならやめとけ」
「はーい」

真面目な顔で話す彼にくすくすと笑みがこぼれる。横になった彼の顔にはパラリと髪の毛が落ちてきていた。意外と長い前髪。前に暇つぶしに色の境目を探そうとして怒られてしまったこともある。サラサラとした手触りのそれはいくら触っても飽きが来ないみたいだった。

「髪、そんな触って楽しいか?」
「うん。轟くんは?」
「擽ってぇ」
「あははは。んー、じゃ…」
「名前」

次はどこに悪戯してやろうかなと画策していると、彼に名前を紡がれる。いつからか忘れてしまったけれど何となく、暗黙の了解でこのトーンで名を呼ばれたら、キスされる。そんな決まりが私達にはあった。心地良く私の中にまで落ちてくるみたいな彼の声は自然と私の瞼を閉じさせた。

「……ふふ、いきなりだね」
「嫌か?」
「嬉しいよ」
「つーか、匂いが甘い。チョコ食ってただろ」
「うん。食べる?」

もう溶けたのしかないけど。
そう言いながら手を伸ばしてチョコレートを掴む。ぺたりとしたそれは掴んだ時に指先に付いてしまった。彼の布団を汚さないように気をつけながら、包みを開く。先程と変わらず溶けてしまったそれを轟くんに見せてみる。

「溶けちゃったんだよね」
「あー…冷やすか?」
「ううん。いい……轟くん、たべる?」

僅かばかりの固形の部分を拾い上げる。彼の返事を待たずして、あーんと口を開かせる。既に汚れていた指先は更にベタベタでそこらに甘い匂いを一層放っていた。

「ん、」

彼は少しだけ嫌そうな顔をしてから、渋々口を開いた。流石に怒られると思ったけれど。ちょっと悪いことしちゃったかな。溶けたチョコレートなんて、食べたい人は少ないだろうに。それも指でがっつり触ってるし。
そんな申し訳なさを感じていると、背中をぞわりとした感覚が走る。丁寧に指の先っぽまで口に含んだ彼は意地悪な顔をしていた。

「……そこまで舐めなくていいよ」
「…ん、楽しいか?」
「ふふ、擽ったい」

さっきのお返しにとばかりに彼はしばらく舌を這わせた。なんか、えっちだ。
ちゅ、と音を立てて唇が離れる。そしてそのまま彼の影が再び私の上に重なった。

「おもたーい」
「体重かけてねーだろ」
「轟くんって意外とムキムキだよね。食べたら硬そう」
「どういう頭の中してんだお前」

会話がうまく繋がらない、この感じも好きだなぁ。ぎゅっと抱きしめればとくんとくんと彼か私か、心臓の音が響いた。あったかい。溶けちゃいそうだ。

「名前は、」
「ん?」
「何の味だろうな」
「今ならチョコレートじゃないかなぁ」
「食べたら腹壊しそう」
「えっ、酷い」
「だから食わねぇ」
「美味しく召し上がっていいのに」
「えろい意味か?」
「ばーか」

くすくす笑いながら私たちはまたくちづける。それはだんだん深くなっていって、舌先はとろりとしてきた。小さな水音が部屋に響いて少しだけ恥ずかしくてどきどきする。彼の手が時折私の身体を這っては撫でていく。その度に震える体と喉は本当に正直だ。

「っ、は……」

唇が離れる頃には見上げる彼の瞳には熱と欲が灯っていた。
あぁ、食べられる。
ぞわりとした感覚がまた体を駆け巡った。
このまま轟くんに食べられてしまったら、彼の言うようにお腹の中で暴れまわってやろうか。それもまた、面白いかもしれない。決して叶わない願いをお腹に隠して、私たちは融け合うのだ。



           


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