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かっこいい皆はいません




「体育祭?」

ロビーにA組の殆どの男子が集まっているところに、丁度緑谷は通りかかった。何事かと覗き込むと、もう遠い昔のことのようにも思える雄英体育祭の映像がテレビに映り込んでいた。見始めたばかりなのか、轟が超巨大ヴィランを一瞬で氷漬けにしていたところだったようだ。何度見ても、凄い。緑谷は隣に座る尾白や轟たちと懐かしいねと当時を思い起こす。
しかし、その集まりはある男のせいで、単に思い出を語るためのものではなくなってしまう。

「チアコス最高だったな」
「ちあこす?そんな人いたっけ」
「ばっか違ぇよ。チアリーディングのコスプレ。女子がしたじゃん」
「あ、あぁ…そういえば……」

暫く見進めているとトーナメント前のレクリエーションへと映像は進んでいた。峰田の策略により起きたプチ事件。上鳴の言葉に女子達のひらひらとした格好がその場にいる全員の頭を過った。

「なかなか見ない格好だったし。まじ峰田いい仕事してる」
「峰田は八百万乗せるのうまいよな」
「あぁ、任せとけ。ヤオモモはオイラの手の内だ」
「そういや当たり前だけど名前は着てないんだよな。ちょっと見てみたかったわ」

瀬呂、上鳴、峰田達が話を進めていくと、体育祭から少しして転校してきた名前についてと話題が変わる。当然だが、映像に見慣れた名前の姿はなく、彼女が転校生であることを意識させられた。とはいっても、彼らにとってそんなことは些末な事なのだが。

「俺的には名前はメイドよりはナース」
「あー、奉仕って感じじゃねぇからな、あいつ」
「瀬呂も上鳴もまだまだだな」

チッチッと舌を鳴らす峰田は得意気に語ろうとする。その横でこの流れは見覚えがある…と緑谷と尾白は頬を引き攣らせた。そして同時に目を合わせる。何故なら、前回参加していなかったある男子がいるからだ。

「む?何の話だ?」
「飯田はどうよ?」
「すまない、話が見えないんだが」
「名前にコスプレさせるなら何が」
「こすぷれ……?」

疑問符を浮かべる飯田に峰田達はやれやれと肩を竦める。それから想像以上にあけすけな言葉を言い放った。

「名前が着てたら勃つ服なんだって事だよ」
「……っなにを言ってるんだ君たちは!!!!」

ガタン!と立ち上がる飯田に周囲はまぁまぁと落ち着かせる。しかし真面目が服を着たような飯田はちょっとやそっとでは怒りが収まらなかった。あわあわと取り乱す緑谷は何とか話を逸らせようと、そういえばと話を振る。

「えっと、名前さん、前の学校ではセーラー服だったんだって!」
「へぇー。雄英ブレザーだもんな。ちょっと見てぇわ」
「む、そうなのか」
「飯田くんの中学は制服なんだった?」
「聡明中はブレザーだったな。雄英とはまた違うデザインだが」
「そ、そうなんだ〜……みんな違うんだね」

何とか話題が変わったかと心の中でほっと肩をなでおろす。だが、エロの権化は黙っていなかった。名前のセーラー姿という妄想を掻き立てられるワードは彼の心を離さなかったのだ。

「セーラーかぁぁ……あの清純そうな服で中身はどエロとか最高のベタ展開じゃねぇか……」
「峰田くん!!やめたまえ!!!」
「ウルセェ!!飯田!テメーは赤黒名前のセーラー姿見たくねぇのか!?」

あぁん?!と悪人面で迫る峰田の迫力に飯田は少しばかり気圧される。そしてその凶悪な視線に耐えかねて、思わず漏らしてしまった。

「た、確かに普段と違う姿は見てみたいとも思うが……」
「ほらみろ!!お前もこっち側だ!!」

下卑た笑みを浮かべる峰田に飯田は最早何も言えなくなっていた。そしてなんとなく、名前に対して申し訳なさを覚える。少しでも彼女のセーラー服姿を想像してしまい、それもまた可愛らしいだろうと思いを馳せてしまったのだ。
そしてスイッチの入ってしまった峰田は止まらない。ぐるんっと首を緑谷に向けると名を叫んだ。

「つーわけで緑谷ァ!!」
「はっはい!!」
「オメーは何がいいんだよ」
「えっ、えっと………」
「あ?!」
「な、夏だし浴衣とかいいんじゃないかな!」

何とか絞りだした、コスプレとはまた違ったジャンルに緑谷は逃げる。メイド服やナース服等のハードルの高いものは彼には言えなかった。緑谷の考えに切島は俺もだなと賛同する。

「紺色とか合いそうじゃね?」
「髪の毛少しアップにしたりとかな」
「なら。次俺」

思い出したかのように手を上げるのは、まさかの轟焦凍。そういえば彼は以前峰田と同じ位にはピンクな妄想をしていた。峰田とはまた違うオープンタイプのスケベである。

「緑谷と似てるかもしれねーけど、巫女がいい」
「轟って"和"好きなんだ?」
「和っていうか…神聖なものって逆に汚したくなる」
「……お前も中々特殊な趣味抱えてんな…」
「それならシスターも良いな」
「常闇もか」

体育祭上位2名の発言にたらりと汗を流す砂藤に、じゃあお前は?と轟は問いかける。砂藤はうーんとしばし考えてから、話逸れるかもしれないけどよ、と前置きをしてから話し始めた。

「名前のえろいところって、あの凛としてんのに隙見せてくるところだと思うんだよ」
「確信犯だよな。分かってても引っかかる」

砂藤の見解にうんうんと上鳴は頷いた。そこに障子も加わる。

「引き際が上手いよな。実践訓練でもあの判断力はA組でも群を抜いている」
「そのくせほんとにボケてたりするからな……怖ぇ女」
「そういう上鳴は何がいいんだ?」
「俺は……ドラマとかでよく見るじゃん?彼氏の服着るやつ。あれ」
「盲点…!」
「足綺麗だから最高だな。優勝」

上鳴の会心の提案に皆が満場一致で頷く。白いシャツから伸びるスラリとした脚は想像だけでも素晴らしいとしか言いようが無かった。
ただの妄想だというのに花を咲かせ続けていく。女子がいない空間で、邪な話というのは秘密を共有しているようで盛り上がっていった。しかし、夢中になりすぎていた男子達は背後に近づく人影に気付かなかった。

「何の話してるの?」
「えっ、ぅあ!名前さん!!」
「あっ、体育祭のDVD?」
「うっ、うん!そうそう!たいいくさいっ」
「何でそんなに焦ってるの…?聞かれちゃまずい話?」
「いやっ、なんつーか…」
「後学の為にっつーか?」

誤魔化す男子たちにますます訝しむ名前。問い詰めても吐かない雰囲気に、こういう時は、と目線を下げ峰田と目を合わせた。

「…峰田くん、何話してたの?」
「皆でオメーに着せるなら何がいいかって妄想してたんだよ」
「ちょ、峰田ばかかてめぇ?!」
「へー、で?何がいいってなったの?」
「上鳴の案だな。ノーブラに彼シャツで、透けるようにシャツの色は白だとさ。髪濡れ気味だと尚良し」
「ごめん具体的すぎて流石にきもい」
「待って俺そこまで言ってねェ!!濡れ衣だって!!それ言うなら轟のほうがヤベぇ性癖持ってんだけど?!」
「近づかないでくださーい」
「名前さん!俺の!話!聞いて!」

すべての罪を被った上鳴を置いて、男子達はそれとなく席を立つ。みんな心の中で上鳴に手を合わせつつ、騒ぐ彼らに背を向けて前へと進んだ。上鳴はそれから暫く名前だけでなく女子たちに距離を置かれてしまうのは、また別のお話。




           


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