君はリリーを知っているか?


「バルボ教授、いらっしゃいますか?」

「バルボ教授、いらっしゃいますか?」

 ネズミが空を飛んだ3日後、リリアンはバルボ教授の研究室を訪れた。日曜日の夜、教授の研究室に用のある人間など滅多にいない。当然廊下に人の気配はなかった。研究室の中も薄暗く静まり帰っている。
 留守なのだろうか。この時間ならいると言っていたのに。
 抱え込んだ植木鉢が重い。ユリは背が高く花も大きいので持ち運びには苦労する。赤と黒のグラデーションになった大輪の花弁が妖しく揺れていた。

「バルボ教授?」

 もう一度呼びかけてから扉を開ける。部屋の中をのぞき込み、彼女は

「えっ」

 と小さく声をあげた。
 本が床に散らばっている。コーヒーが机の上に零れ、白いマグカップが割れていた。椅子が倒れ、机の引き出しがすべて乱雑に開け放たれている。書類も机や床の上に散らばり、中には破れているものもある。
 ただ事ではないと悟ったリリアンは慌てて部屋に飛び込んだ。

「バルボ教授っ!」

 部屋の中央に黒い水たまりがあった。生臭さが鼻をつき、緊急事態だというのに子供のころを思い出す。鉄製のフェンスを握りしめたとき手から同じような臭いがした。鼻の奥に突き刺さる鉄の臭い。

「ひっ……」

 水たまりが何であるか悟った女が植木鉢を取り落として頭を抱える。ガシャン、と甲高い音がした。
 素焼きの鉢が割れて地面に飛び散る。肥料入りの黒い土も床を汚した。

「いやぁああああああぁあああああぁっ!」

 女の足元に落ちたユリの花弁は血と同じ色だった。
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