Rainy Season

私は或るお屋敷のメイドとして日々働いて居る。


今日は街へ食事の材料の買い出しに行った。

とても晴れていて気分がいいわ。
澄んだ青空を見上げる。


両手に紙袋を抱え、お屋敷へ戻る途中突然雨が降り出した。



梅雨って嫌い。



突然天気が変わるんだもの。
紙袋もびしょびしょ。
せっかく干した洗濯物もびしょびしょだわ…




偶然見つけた本屋の軒下へ駆けていく。




そこにはキッチリと髪を整え、黒いスーツを着用し、メガネを掛けた男性が居た。
メガネをかけ直し、不機嫌そうな顔で雨空を見上げて居る。



この方も雨宿りをしていらっしゃるのね。



男性は突然話をかけて来た。


「よろしければお使い下さい」


グレーのハンカチを差し出す。



紙袋も洗濯物もびしょびしょだけど、私の髪もびしょびしょだった。



「ご丁寧にありがとうございます」



私はハンカチを受け取り、髪を拭いた。




すぐに雨は上がり、また澄んだ青空が顔を出した。



「私はこれで失礼します」
男性は丁寧に頭を下げその場を後にした。

次の週、また突然の雨。


近くにあったジュエリーショップの軒下で雨宿りをすると、この間ハンカチを貸して下さったメガネを掛けた男性が走って来た。




「またお会いしましたね」


「はい…あ、この間はハンカチを貸して頂いてありがとうございました。これ、きちんと洗いましたのでお返しします」


「ご丁寧にありがとうございます」


男性はびしょ濡れのスーツや髪を拭いた。




キッチリと整えた髪は乱れて、水がポタポタと滴り落ちる。



髪をかきあげる仕草がかっこよくてドキッとする。




また青空が顔を出す。


もう少し見て居たかったのに。




「私はこれで失礼します」



この間と同じ様に男性は去って行った。






あの男性をもっと見ていたかった。
もっとお話したかった。



私は突然雨が降らないかと思う様になった。



雨が降ったらあの男性に会えるから


次の週。


また突然雨が降る。


わくわくして、雑貨店の軒下で雨宿りをするがあの男性は来ない。



今日は会えないのかな…



今日の雨はやけに長い。止む気配がしない。







「これでお会いするのは三度目ですね」


ずぶ濡れのあの男性がやって来た。



会えて嬉しい。




「すみません、今日私ハンカチ持って居なくて…」



「お気になさらず」


男性は眼鏡を掛け直す。




しばらく沈黙が続く。
二人は雨を眺めて居る。




彼の名前が知りたい。

でも私から聞くなんてはしたないわよね…

雨は強さを増す。




「あの…よろしければ貴女のお名前を教えていただけませんか?」



予想外。
真面目そうな彼からそんな言葉が出るなんて。
でも凄く嬉しかった。



「マリアです」


「私はウィリアム。ウィルでかまいませんよ」


「あの…ウィルさん」


「はい」


「…」


彼の名前が分かったから嬉しくて呼んでみただけ。




「何でもない…です」


「そうですか」





相変わらず雨は止む気配がない。





ウィリアムは眼鏡を掛け直しながら言う。

「私は雨が嫌いだったのですが、マリアさんにお会いできるので、少し雨が好きになりました」




予想外。



「私も…紙袋も中の食材も全部濡れちゃうし洗濯物も濡れちゃうしで、梅雨も雨も嫌いだったのですが…ウィルさんにお会いできるから、梅雨も雨も好きになりましたよ」




ウィリアムもマリアも笑った。






私は梅雨が好きになった。


梅雨も悪くないね。