仕事

 「ひっ」
 恐怖にすべてが彩られる。
 次の瞬間、ルークは何の躊躇いも無くその人間の首を切り裂いた。
 紅い花が咲き誇る。それはとても美しかった。



  仕事



 苦悶の表情のまま、それは息絶えた。今まで彼がやってきたことを思えば、まだこれでも生ぬるい。

 「もっと苦しませればよかった」

 何の感情も感じさせない声でルークが言った。

 「すべて終わりました」
 部下が報告してきた。
 血の臭いがこの空間に満ちている。自分はとっくに麻痺していて判らないのだが。
 「そうか、命を受けているもの以外は撤収。俺は任務を続行する」
 「はっ」
 部下の気配が消える。
 そして、自分も闇に消えていった。


 「・・・っ、これは・・・!」
 むせ返るような血の臭いと、目の前に広がっている凄惨な光景に、流石のジェイドも言葉を失くした。

 ここはとある町。町の真ん中にキムラスカ王国とマルクト帝国の国境が走っている。その上ケセドニアの様に中立の町ではない。その為昔から両国間のごたごたが絶えなかった。水の都と称される帝都グランコクマとは違い、軍機能を最優先とした町である(それはキムラスカの方でも同じ事がいえる)。

 現在この世界は政情不安ではあるが、軍人が多いのでどの街も治安がいい。その証拠に凶悪、といわれる事件は少なくなっている。しかし、最近違法とされる薬物、つまり、麻薬が多く出回るようになり、それが絡んだ事件が増えてきた。
 事態を重く見た上層部の命を受け、全力で捜査しているのだが、まったく手がかりは掴めなかった。

 流石にキムラスカの方もこのことが問題になったのだろう、特例として、合同で捜査することになった。その甲斐あって、ようやくこの町から麻薬が出回っていることを突き止めたのだ。
 お互いの国が必死になって調べていく内に、その犯罪には身分の高い、つまり、特権階級の人間、貴族が関わっているらしいことが判明した。しかも、キムラスカ、マルクト、両国の貴族が手を取り合って。

 犯罪で国際交流してどうするのか。

 上層部は慌てふためいた。たとえ軍や警察といえど、そう簡単に特権階級である貴族の家に踏み込む訳にはいかない。ちゃんとした証拠があっても、だ。相手が王族だったりしたら、反対にこちらの首が跳ぶ。場合によっては王が退位しなければいけなくなることだってありうるのである。
 困った事に、犯人と目されるのは、つい最近まで戦争をしていた国同士の貴族である。心労のあまり、神経性胃炎を起こし倒れる捜査関係者が続出した。

 とにかく、このままでは埒が明かないと判断され、キムラスカとマルクトとの間で極秘会談が行われた。その話し合いの結果、この事件は最初から無かった事となった。証拠書類はすべて破棄、文字通り、事件もそれを起こした関係者もこの世から消滅させることが決定した。


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 マルクト皇帝の懐刀と名高い、ジェイド・カーティス大佐はこの町に副官と共にやって来た。調べていく内に、この町の軍事関係の責任者、つまり、この町の司令官がこの事件の主犯格の一人らしいことが分かったのだ。

 この司令官というのが代々軍人という名門の生まれで、伯爵でもあるのだが、無能であることでも有名なのだ。父親は知将と名高い軍人だったが、息子にそれは受け継がれなかった。

 “誰もが羨む名門の生まれでありながら犯罪に手を染めるとは・・・、今は亡き父君がどんなに嘆かれている事でしょうね”

 そう部下に言われても、ジェイドは何も感じなかった。このような人物は、今すぐに消えてもらった方がいい。我が国にとっても、善良な市民にとっても有害にしかならない。
 名門の生まれ、というだけで罪を軽減してくれという馬鹿げた意見や、キムラスカとの決まりごとなど無視してさっさと処罰しようと思っていたのだが、邪魔が入ってしまった。

 先帝の頃より、宮殿の奥深くに寄生しているモノたち。
 (自分の地位を守る事しか能がない妖怪共め)

 いつぞやの遣り取りを思い出し、ジェイドは苦々しくそう思った。

 マルクトの皇帝、ピオニー9世は即位してまだ日が浅い。元老院にいる妖怪共を完全に押さえ込むには、もう少し時間と力が必要だった。

 『逮捕はしない。その代わりに、自決を命じる』

 最大級の譲歩だった。ジェイド達は、妖怪共に借りを作ることを選んだのだ。

 その事―潔く自決するべし、これは皇帝の勅命である―を伝えに副官と二人で、その無能司令官(ジェイドは名前を覚える気はない)の宿舎に向かったのだが、ドアを開けてみると、そこには血まみれになった、いくつもの死体が転がっていたのである。

 「大佐、これは・・・」
 「生きているものはいないようですね。しかし見事なものだ、すべて急所を突いている。おそらく苦痛を感じることなく死に至ったのでしょう」
 倒れている死体を検分して、そう判断する。

 「司令室にいってみましょう」
 この分だと彼も生きてはいまい。

 そこにはジェイドの想像通り、首をかき切られ、恐怖に顔を歪めた事件の首謀者の死体があった。

 「陛下に何と御報告すれば・・・」
 戸惑ったように副官が呟いた。
 「見たままを・・・」
 報告するしかないでしょう、とジェイドは云おうとした。が、しかし。

 「ぎゃあっ」

 自分の後ろにいた副官が叫び声を上げ、どさりと倒れる音がした。

 「!」

 すべてを悟ったジェイドは槍を構え、その場から飛びすさる。
 よけそこなった髪の毛が数本パラリと落ちる。
 譜術を唱える暇がない。

 「チッ」

 槍を振り下ろす。
 固い音がして、ナイフが床に突き刺さった。

 何処だ、気配が全くつかめない!

 「其処か!」
 手ごたえはあった。

 「!?」

 槍に刺さっているのは、とうに息絶えた自分の副官だった。

 “流石、ネクロマンサー。皇帝の懐刀と評されるだけはあるな”

 冷たい、おそらく自分より年は若いと思われる、青年の声が回りに響いた。耳を凝らして聞いているが、何処からしゃべっているのかまったく分からなかった。

 「何者です!?」
 ジェイドにしては珍しく感情を露にした声で詰問した。

 “この事件にはその副官も関わっている。だから始末した”

 その言葉を聞いて、ギリッと唇を噛む。口の中に血の味が広がった。そう、このことはジェイドもピオニーも知っていた。ここの司令官と一緒に断罪するつもりだったのだ。

 “やはり、気が付いていたか”

 「貴方は何者なのです!」
 自分は相手から丸見えなのに、こちらに対して気配すら伺わせないとは。

 (かなりの手練れだ)
 ジェイドの背中に冷たい汗が流れた。

 “それを知ったときお前は死体になっている。じゃあな”

 「待ちなさ・・・!」

 追いかけようとして何かに引っ張られた。見てみると、槍に細い糸が巻きついてあり、それがあの副官の死体に絡み合っていた。
 そればかりではない、その糸は自分の首にも絡み付いていたのだ。

 「・・・いつの間に!」
 全く気が付かなかった。もしあのまま何かあった時、自分の首から上は無くなっていたのだ。

 「くっ」
 槍を引き抜く。死体が音を立てて転がった。

 全く歯が立たなかった。この自分が子供のように扱われた。キムラスカだけでなく、マルクトからも恐れられている、この死霊使い(ネクロマンサー)ジェイドが!!

 力の限り手を握り締める。手袋が無ければ皮膚に爪が食い込み、血だらけになっていただろう。


 「この屈辱、いずれ倍にして返して差し上げますよ」





 ジェイドは、こんな陳腐な台詞でしか自分の心境を表せない事を情けなく思った。








 あとがき
 ルークが16歳になったばかり、旅に出る1年前の出来事です。
 この副官、実は元老院のコネで軍人になり、ジェイドの部下として配属となったのです(元老院側のスパイですね)。だからジェイドは責任を追及されず、かえって借りを作ることが出来たんです。