溜息

 タタル渓谷に飛ばされた時、さっさと離れればよかったな。自分に似合わない仏心を出したのが間違いだった。



  溜息



 色々とあったがなんとかカイツールに到着した。
 それ自体は喜ぶべきことだろうが、ルークはこのパーティメンバーを変更出来ないものか本気で考えていた。

 まず、ジェイドのルークに対する態度が問題有り、なのだ。ルークはキムラスカの王族で、ジェイドは彼にお願いする立場なのに。マルクトはキムラスカと和平を結びたくはないのだろうか。

 (仕方ないかもしれない。気が付いているんだろう、あの軍人は。あの時やり合ったのがこの俺だ、ということに)

 キムラスカの王家の人間が、マルクト軍の司令部を襲い司令官をはじめ、其処にいる軍人を始末したということが分かれば確実に戦争になる。例え殺された人間全てが犯罪者であり、すでに死罪なのが決定済みだとしても。

 相手は殺人者だと思えば、ああいった態度になるのも仕方あるまい。ジェイドに対し自分への態度の悪さを責める事は出来るが、その腹いせに例の事件のことを公表されでもしたら非常にまずい。彼の言っていることは本当なのだ。誤魔化そうとすれば襤褸が出てしまう。やっていないことを証明するのは出来ないが、やってしまったことを証明するのは可能なのだ。
 過信は禁物だ。特に死霊使いには。

 まあこの態度云々は、こちらもすねに傷を持つ身であるからそれはいいとして。

 (本当ならガイが抗議しなければいけない立場だけれどな)
 彼はファブレ家復讐の為に、名前や身分を偽りこの家に入り込んだ。それが判明したときルークはガイを切り捨てた。

 (問題はこのティアとかいう女だな)

 ファブレ邸襲撃犯であるこの女は自分が犯罪者である、という自覚が全くない。王族の家に許可なく入り込んだだけで普通なら即、死罪だ。過去同じことが何度かあったが、問答無用でその場で切り殺されている(それを行ったのはルークの部下だし、命令したのもルークである)。ファブレ家に許可なく侵入=テロリストと認定される。これが普通なのだ。

 “事故に見せかけて始末しますか”

 彼女のその態度に余程腹が据えかねたのだろう、カイツールで待機していた部下が話しかけてきた。

 “いや、いい。バチカルに着いてから何か動きがあるだろう。それに今だとジェイドに感づかれる”

 “わかりました”

 そう言うと気配は消えた。

 ふとルークは何気なく、ガイの方に視線を向けた。彼はティアと話している。第三者から見たら同僚同士会話しているとしか思えないだろう。だがそのガイの行動はルークの目には異様に映っていた。

 (ガイ、何でその女と平気な顔をして話せるんだ?自分の主の家を襲撃した女だぞ。それとも志を同じとする仲間とでも認識したのか)

 女性恐怖症だから多少は距離があるのだが、ルークからは和やかに談笑しているようにしか見えない。目の前にいる相手が、主を襲った(そして拉致した)犯罪者だという自覚がガイにあるのなら、そのような雰囲気になる訳がない。

 人知れずルークは溜息をついた。自分は彼らを理解出来そうにない。




 検問所に近づくと、見覚えのある少女がいた。アニスだ。

 「きゃわ〜んvルークさまぁv」

 語尾にハートマークをちらつかせ、ルークに駆け寄ってくる。その彼女に対し、ルークは安心した表情を浮かべ、「アニス、無事だったか」と声を掛ける。だが心の中では全く違う事を考えていた。

 (こいつ自分が導師守護役であるということを理解しているのか?)

 どの様な事があろうとも、導師守護役であるなら絶対導師の傍を離れてはいけないのだ。たとえ目の前で何の関係のない人間が何人殺されようが、導師から「彼らを助けに行ってください」と言われようが、決してその傍を離れてはいけない。導師守護役が他に何人もいるのなら別だが、今守護役はアニス一人しかいないのだ。

 彼女のタルタロスで導師イオンとはぐれる、という失態はどう責任を取るつもりなのだろう。教団最強の力を持つ、六神将が襲い掛かっていたのだ。何時誰が死んでも可笑しくない状況であったのに、能天気にも程がある。イオンが無事だったからよかったようなものの、タルタロスにいたマルクトの軍人は、ジェイド以外一人残らずニ階級特進だ。

 彼女がまだ13歳の子供だからという言い訳は通用しない。子供だから出来ない、なら何故導師守護役になったのだ。出来ないのならなってはいけない。人の命が懸かっているのだ。ただの遊び相手ならそれでもいいだろうが、彼女は違う。

 ジェイド、ガイ、ティア。誰も矛盾に気が付いていない。

 「?」

 気配を感じた。

 「ここで死ぬやつにそんなものいらねぇよ!」

 やれやれ、自分はこの気の短いお坊ちゃまにも付き合わなくてはいけない。

 本来ならこんな攻撃など楽にかわせるが(というかもう少し殺気を抑えたらどうだ?バレバレだぞ)、怪しまれない為にかなり無様な避け方をする。

 「私はこんな命令を下した覚えはない!退け」

 ヴァンだ。

 (部下の行動くらい把握しておけよ)

 ルークは心の中で毒づいた。どうやら自分と合わない人間との旅でストレスが相当溜まっているらしい。これからはもっと念を入れて芝居をしなければならない。ヴァンはジェイド達と違い小細工など通用しない。彼が姿を現した途端、ルークの部下は前もって出しおいた指示通りその場を離れていく。

 ルークはヴァンが知っている“表向き”の自分を装う。気になってティアを見てみると、武器を手に取っており、やる気充分だった。
 相手がどれだけの実力の持ち主なのか、彼女には分からないのだろう。それだけですでに勝ち目がない。

 (確実に仕留める、というのなら毒殺すればいいのに)

 一番確実なその方法を思い浮かばないところをみると、彼女も本気でヴァンを倒そうと思っていないのだろう。本人は否定するかもしれないが。

 仕事の合間にでも「兄さん、疲れたでしょう。一休みしない」と言ってお茶を差し出せばいい。無味無臭で証拠も残さない毒など沢山ある。それに彼女が入れたお茶なら何の疑いもなくヴァンは飲み干すだろう。こうすればいい。これならローレライ教団内の事件として片付けられる。今回のように、キムラスカと教団との国際問題に発展しかねない状態になることもない。



 (ああ、メアリの入れたお茶が飲みたいな)

 自分は物凄く疲れている。そんな考えが浮かんだことなど今までになかった。
 








 あとがき
 疲れているんで、愚痴が出てしまうんですよ。そして何処かガイを切り捨てきれない部分があったり。