現実

 「ベルケンドは後回しにして、ナタリア王女はすぐにバチカルへ向かって下さい」
 これからの目的地はベルケンドにという会話になった時、ルークは冷静にそう言った。



  現実



 「私があなたに命令することはあっても逆はありえません。身分違いも甚だしい。キムラスカ王女に対して無礼でしょう」

 レプリカと分かった途端、自分に対しての態度はガラリと変わった。ナタリア自身、自分の気持ちが整理できないのだろう、顔を逸らし視線すら合わせようとしない。そのあまりに子供じみた行為にルークは失笑するしかなかった。相変わらず現実が分かっていない王女様である。ため息をつきたいのを彼は必死に堪えた。

 「ではキムラスカ・ランバルディア王国王女ナタリア殿下に申し上げます。今のキムラスカを巡る国際状況を分かっていますか?今キムラスカではマルクトに宣戦布告をしようとしているのですよ」
 そう言えば、やっと自分の方に顔を向けてくれた。

 「彼の言う事ももっともですね」
 ジェイドが納得したように呟いた。

 「どういうことです、大佐」
 ティアが疑問を投げかける。

 「アクゼリュスが崩落したでしょう。キムラスカのナタリア王女と、その婚約者でもあり親善大使であるファブレ公爵子息ルークが巻き添えとなり死んだ事になっています。宣戦布告するには都合の良い理由ですね。敵討ち、ということで国民の同意も得られやすいですし。なにより預言に詠まれています」

 そうですね、という視線をジェイドはルークに投げかける。正解の意味を込めてルーク頷き、彼の説明を補足する。

 「そういうことです。聖なる焔の光“ルーク”とナタリア王女は生きている、ということは私が鳩で公爵に知らせていますが、開戦すべしとの声に押され偽情報扱いらしいです。一番厄介なのは預言ですね。あのモースがしきりに煽っています。開戦派を抑えている公爵の力も限界に近いです。一刻の猶予はありません」

 ルークはそう言うと、ナタリアに視線を送った。

 「ですから殿下、貴女には今すぐに帰国していただきたい。姿を見せれば皆も納得するでしょう」

 「し、しかし、ほかの土地も崩落するというのに・・・」
 そのことを放っておいて帰国するわけにはいかない、彼女はそう言いたいのだろう。
 自分の事より国民のことを第一に考える。それは王族としては当たり前の事だ。だがこの場合は・・・。

 「戦争になったら沢山の兵が死ぬのですよ。自分の国の兵の命より、他国の民が大事ですか。貴女は一体何処の国の王女です?」

 そう言われ流石ナタリアもカッとなる。

 「失礼な!身の程知らずもいい加減になさい!」
 「そうだわ。ナタリアに謝りなさい」
 「ナタリア、こんなヤツの言う事なんか聞く必要ないよ」

 随分な言われ様だ。ズバッと言ってしまう自分にも問題があるのは確かなのだけれど。だがナタリアにはキムラスカに帰国してもらわないと、後々困ったことになる。

 「・・・そいつの言うとおりだ」

 今まで黙っていたアッシュが口を開いた。

 「アッシュ!?」

 「キムラスカとマルクトとの戦争は何としても止めなければならない。これは王女であるお前にしか出来ない事だし、王家の人間として当然の義務でもある。ジェイドの言うとおり、開戦理由はルークとナタリアの死、つまり弔い合戦だろう」
 ガイの声が後に続く。
 「二人が生きていると分かったら戦争の理由もなくなる。簡単なことじゃないか。国王陛下に顔を見せれば済むことだろう」
 ガイの声を聞くのも久しぶりだ、とルークは思った。

 ジェイドが眼鏡を押さえながら言う。
 「崩落すると云われている場所はマルクト領です。一応私は皇帝陛下の懐刀と呼ばれていますからね。ある程度人を動かせるだけの力は持っています。心配いりません」

 避難の誘導なら、キムラスカの王女であるナタリアよりマルクトの軍人であるジェイドの方が最適だ。その方が住民も安心する。別にナタリアがいてもいなくても状況は変わらない。それどころか、彼女の「キムラスカ王国の王女」という肩書きはかえって邪魔になるだけだ。

 おそらく人助けに国など関係ないとナタリアは考えているのだろう。立派なことだ。だが、この場合その考えは通用しない。マルクト国民の中には、キムラスカと聞くだけで敵意を露にする人間は多いのだ。かの国の人間に家族が殺された、という経験を持つマルクト人は大勢いる。それらの人々から見たら、キムラスカは敵国なのだ。ナタリアには自分は王女だという自覚はあっても、敵国の人間でもあるという自覚が全くない。

 時と場合によっては、自分という存在は必要とされていない―というより迷惑―という事が彼女には理解出来ないのだろう。目先のことに拘る余り、大局的視野に立つ事が出来ない。

 「それに、いつ戦争が起こるのか分からない時にナタリア王女は何をしていたのか、と人から聞かれてどう答えるつもりです。戦争を回避できる立場にありながらそれを放棄し、他国の民を救うのに奔走していました、では自国民はあまりいい感情はもちませんよ」

 容赦のないジェイドの言葉は更に続く。

 「私なら、その様な自国民に対して裏切りとしか思えない行為をする王族など、さっさと国から追い出しますけれど」

 そうさらりとマルクトの軍人から言われ、ナタリアには返す言葉が無かった。他の女性陣も黙ったままである。

 誰もルークの言い分を聞かない。これは親善大使のときからそうだったけれど、あの時と違うのはそれが女性陣に限る、ということである。ジェイドやアッシュ達が再度同じことを言わないと納得しない。

 (別に理解してもらおうとは思わないけれどな)

 ただ、自分の意見を取り入れる以前に、理解してもらうのに一手間かかるのが面倒くさい。

 「とにかく時間がない。バチカルにはナタリア、ガイ、そして・・・ルーク、それでいいな」
 余程イラついていたのだろう、アッシュが強引に決めてしまった。
 「ルー、いえアッシュはバチカルには行かないのですか」
 「俺にはやる事がある。それに親善大使としてアクゼリュスに行ったのはそいつだ。そいつじゃないと後々面倒な事になるだろう。それに・・・そのルークは俺より腕が立つ」
 「いえ、でも・・・」
 ナタリアはなおも食い下がる。

 「ナタリア、頼むから聞き分けてくれ。今はここで揉めている時間はないんだ」

 駄々を捏ねる子供を宥めるようにアッシュは彼女に語りかける。

 「あなたが其処まで仰るのなら。分かりました、私バチカルに向かいます」
 これ以上は無駄であると理解したナタリアは、悲痛な顔をして彼に告げた。さながら彼女は、無理やり恋人と別れさせられる悲劇のヒロインのようだった。

 「ああ、気をつけて」
 そのナタリアの熱い視線に、アッシュは多少の戸惑いを感じながら答えを返す。
 「アッシュ、あなたもお気を付けて。御武運をお祈りしておりますわ」

 しばらくナタリアはアッシュを見つめていたが、思いなおしたように「ガイ、ルーク行きますわよ」と声を掛けすぐにバチカルに向けて出発した。立ち去り際、ルークがアッシュに向かって一礼する。

 あの後から彼は自分に対して臣下の礼を崩さない。それをアッシュは苦々しく思う。

 「彼に任せておけば大丈夫でしょう。部下もいるようですし」
 「ああ、こちらにも何人かいるようだな」
 思わせぶりにアッシュは周りを見渡す。かすかだが気配があった。

 ルークの正体が分かったので以前のように隠れてではなく、大っぴらに行動しているようだった。彼らがほんの少し気配を消すのを緩めてくれたお陰で、自分達はようやく気が付いたのだ。

 神託の盾六神将鮮血のアッシュと恐れられ、自分の力には自信があった。ところが現実はどうだ。自分の実力はレプリカの足元にも遠く及ばない、ということを嫌というほど見せ付けられ、アッシュのプライドを跡形も無く粉砕しただけだった。

 「え?何のことです大佐」

 わけが分からない、といった風にティアが訊ねてきた。この程度でよくヴァンを倒そうと考えたものだ。まあ分かるだけの実力がないのだから、他所の国の王族の屋敷ファブレ公爵邸を襲撃したのだろう。

 「ルークの部下ですよ。私達、というよりアッシュでしょうけれど付かず離れず護衛しているようです。とはいっても、この私も気が付いたのはこの外郭大地に戻ってからですからね」

 そうジェイドから説明を受けても、彼女には(アニスにも)彼らの気配を感じ取る事は出来ないようだった。自分の未熟さを実感したのだろう、唇を噛んで悔しそうにしている。

 おもむろにアッシュが口を開いた。
 「さっきのナタリアへの発言、言いすぎだったんじゃないか」

 「そうですか?でも事実を述べただけですよ。他人を思いやることはいいことですが、彼女はキムラスカの王女です。王女として生まれたからには自国のことを優先すべきでしょう。私だって事実そうしていますよ。マルクトの軍人なのですから。ただあまりそれと悟られないようにしているだけです」

 にっこりと笑う。しかし、目は違った。そのことに気付きアッシュは寒気を感じた。

 彼は此処でようやく気が付いた。ジェイドはナタリアのことなどどうでもいいのだ。彼の関心はすべて自分のレプリカ、ルークに向けられている。はっきり執着といってもいい。それは彼がジェイド自ら禁忌とし、封印したフォミクリーの技術で作られたレプリカだからか。

 (それともあの屑、この眼鏡に対して何かやったのか)




 ジェイドは過去ルークと闘ったが、反撃すら出来ず虚仮にされたことはまだ誰も知らない。  







 あとがき
 微妙にナタリアの扱いが酷いです。