「少し休ませてもらえないか」
彼の言い分ももっともな事だった。
狭間
アクゼリュスに到着して今までずっと、休みなしで行動して来た。そろそろ体の方も悲鳴を上げ始めている。
「でも、休んでいる暇など・・・」
ナタリアはすぐにでも出発したそうだった。
「このままの状態ならば、魔物にすぐにやられてしまいます。それにご自分の顔を鏡で見て御覧なさい。酷い顔色ですよ」
ジェイドが淡々とした声で言った。
「そうよ、ナタリア。少し休んだ方がいいわ」
ティアは、アッシュの方に視線を送りながら告げた。傍目から見ても、彼が憔悴しているのが解る。ここで判明した事実はあまりにも衝撃的なものであった為、休養が必要だと判断したのだろう。
「そう・・・ですわね、そうしますわ」
ナタリアは、周りから言われて気が付いたようだった。
「明日一番で出発します。それでいいでしょう。・・・ルーク、あなたもそれでかまいませんね」
「ああ」
「それじゃあ、タルタロスに戻るの?」
アニスが質問してきた。タルタロスは軍艦ではあるが、かなりの人数が寝泊り出来るだけの施設はある。
「さっき、おじいさまが部屋を用意すると仰っていたわ。そのほうが疲れもとれるでしょう?案内します」
「助かります」
ティアが歩き出し、全員が移動を始める。ナタリアはアッシュを気遣いながら。しかし、ルークの背後にはジェイドがぴったりと付いている。全く隙がない。
(殺さないと逃げられないみたいだな)
自分の力を知っているのならば、こうするしかないだろう。ま、外郭世界に戻るまでの辛抱だ。さっき、「疲れている」と言ったのは嘘ではない。休める時に休んでおかないと、これから先どうなるのか解らない。
自分に平穏な時間など、永遠に存在しない。
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「・・・何故、俺とあんたが同室なんだ」
ほんの少し前に殺し合いをやっただろうが。
「つれないですねえ、私はあなたと片時も離れたくはないのですよ」
その玲瓏たる顔に微笑さえ浮かべながら、死霊使いは答えた。
「お前の冗談は笑えない。ガイがいるだろう」
「彼は今一人になりたいそうです」
ルークの動きが止まる。
(ガイ・・・)
申し訳ないとは思う。けれど、自分にとってガイは優先すべき存在ではないのは事実なのだ。心の中でそのことを詫びた。
何かが動く気配がする。しかし、ルークは抵抗する気が起きなかった。
「!!」
だが、ユリアシティの市長が好意で用意してくれたこの部屋は広くない。すぐに動きが取れなくなり、二人共もつれ合いながらベッドに倒れこんだ。
「珍しいですね、こうも簡単に一本取られるなど」
槍ではなく、大きめのナイフをルークの首に突き付けながら、爬虫類の目をしたジェイドが言った。
彼が押し倒した状態になっており、身動きが全く取れない。身長も体重もルークより遥かに上なのだから、こうなったら完全にアウトだ。
「・・・偶にはこういうときもある」
ルークは視線をはずさず、冷静に答える。
ジェイドは何の躊躇いもなくナイフを動かした。
ルークの前がはだけられ、白い肌が露になる。
「手馴れているな」
「刃物関係は得意ですから」
ジェイドはナイフを持っていない方の手で、ルークの肌を撫でた。
ルークの表情に変化はない。
「綺麗ですね。傷一つない」
「腕には自信がある」
自分を傷つけるだけの腕をもった人間は、今まで存在しなかった。多分これからも。
「あなたの“なか”は温かいのでしょうか?冷たいのでしょうか?」
「確認した事はないから解らないな」
ルークの薄い胸につっとナイフを滑らせる。赤い線が浮かび上がった。
ジェイドはそれをぺロリと嘗める。それはとても淫靡な眺めだった。
「あなたの血はあまいですね」
垣間見える狂気。暗い闇。
「お前は俺をどうしたい?」
「さあ?どうしたいのでしょう」
ルークの瞳は澄み切っていて、澱みがない。この世に誕生してからずっと闇の世界しか見ていないはずなのに。この子供を汚す事など誰にも出来ないのだろう。
ルークはジェイドの罪を具現化したものだ。彼は存在するだけで、自分を責め続ける。
死霊使いはナイフを握り直した。そしてそっと首筋に当てる。
「このまま引いたら、すぐに死ねますね。まあ、多少血で汚れるでしょうが」
ルークは何の表情も感じさせない顔で、ジェイドを見つめている。
「あなたの血に包まれたらどんなに温かいのでしょう」
どこか悲痛な顔をしてジェイドが告げた。
「それは無理だ。俺はレプリカだから死んだら一瞬ですべてが消える」
レプリカは、遺体も爪も髪の毛も何も残す事ができない。
ルークは諦めたように目を閉じた。
あとがき
死霊使い大活躍(?)です。