神様のきまぐれ

 某月某日、私はファブレ家から追い出されました。ええはっきりと言われましたよ。ファブレの子は一人だけだと。



  神様の気まぐれ



 ま、予想はしていたけれど。

 腹を痛めた我が子と、そうじゃない子どちらかを取るかといったら、そりゃわが子を取るだろう。後ろめたさもあるだろうし。
 腹を痛めて産んだ我が子がすり替えられていた事に気が付かなかったというのも拙いが、七年もそれに気が付かなかったというのはもっと拙い。しかも産まれたばかりの赤ん坊がすり替えられたというのならまだ納得するが、十歳の子供となるとちょっと弁明のしようがない。

 結局「何で分からなかったの?(何処に目をつけていたんだ、その目は節穴か?)」という考えに行き着いてしまう。何と言ったって、ファブレ家はキムラスカを代表とする大貴族で王族だし。
 王や王族に間違いなど存在しないというのが常識。間違いを認めたら最後、その権威は失墜してしまう。

 都合の良いことに外殻降下だの預言脱却だの、キムラスカを含めオールドラントの世界は今ごたごたして誰も余裕がない状態だ。このドサクサに紛れて都合よく情報を書き換えるだろう。つまり私、レプリカルークの業績、いや存在すらなかった事になる。

 私にとってはもうどうでも良いことだけれど。

 大体レプリカなんていう得体の知れないモノを受け入れるなど、土台無理な話だ。
 私がレプリカだと判明した時、ファブレ家の使用人や白光騎士団―一部の人間を除く―の視線がまあ冷たい事。露骨な言葉や厭味、悪口を堂々とぶつけてきたし。

 長い間レプリカと知らなかったとはいえ、私と接してきた人間ですらこうなのだ。家柄だの血筋だのに拘る貴族ならどう反応するか。

 それに私は十七歳。結婚適齢期に突入する。

 貴族の娘なら婚約者がいても可笑しく無い年齢だ。だがレプリカと分かっていながら結婚を申し込む人間など絶対にいない。仮に申し込む人間がいたとしても、ファブレの財産目当ての碌な奴じゃないに決まっている。
 結婚した後、形だけの妻としてどこぞの別荘に療養という形で追いやられるか、もしくは「元々風邪気味だったが突然容態が悪くなり」「手当ての甲斐も無く」ぽっくり逝ってしまうか。もっとダイレクトに毒殺あるいは賊に襲われて、という事もあるかもしれない。何せ私はレプリカ、死んでしまえば身体は消え証拠は残らない。

 ・・・・・・こんな考えを知ると、あの伯爵様はまた「卑屈だ」と言うのだろうな。ったく、てめえが世間知らずの考えなしで能天気過ぎるだけなんだよ。

 この世に生まれてまだ七年しか経っていないけれど、記憶だけなら三十年分ある。前世での社会経験があるから何とかなるかもしれない。転職の経験もあるし―会社が倒産した―しかも主婦だったし。

 「多少だが金と紅玉を用意した」

 と公爵から幾つかの包みとゼロが沢山書かれた小切手―この世界にもあるのか。まあ大金を持ち歩く訳にはいかないよな―を渡された。貰えるものは貰っておこう。特に金はあって困るものではないのだし。

 ルークとして名乗る事もファブレという名を決して口に出してはいけない、これからはファブレとは全く関わりの無い人間だとも言われた。バチカルは当然の事、グランコクマにはなるべく近づかぬようにとまで念を押され、私は夜明けと同時に裏口からファブレ家を出た。

 今度門をくぐろうとしたら、白光騎士団が剣を抜いて襲ってくるな。はあ。もうここは他人の家だ。
 どんなに嘆こうがもう仕方が無い。頭を切り替える。かつらを被り、伊達眼鏡をかけちょっと変装。帽子も被る。町に出てこれから必要なものを買い揃えないと。

 「グミと食材はこれでいいか。あと髪を染めるやつ。んー黒がいいんだけれど、ああ、あった」

 急がなきゃ、ケセドニア行きの船の出港が近い。急いで購入し、バチカル港に行った。乗り込むと直ぐに船が動き出す。

 「ばいばい」

 どんどん小さくなるバチカルを見つめる。ちょっと複雑だった。








 ケセドニアのある銀行―あったと知った時、ちょっと驚いた―で新たな名前で口座を開設する。うーん、名前は何にしよう。

 「シア・ネームレス。これでいいや」

 で、その後ファブレ公爵が指定した銀行で小切手を換金し、先ほど開設した口座に振り込んでもらう。暇をみてあちこちの銀行に口座を開き、資産を分散させよう。基本だよね。銀行が倒産したら預け入れたお金全部パーになっちゃうんだろうな。この世界、預金保険制度なんてなさそう。

 「振込み完了は二日後になります」

 暮らせるだけの金は手元にもっているから、暫くは大丈夫だろう。後は仕事を探さないと。宿を取って、ああ髪も染めなきゃ。

 「傭兵、という手もあるけれど女だから敬遠されるよねぇ。実績は、と聞かれて外殻降下作戦に参加していました、なんて言える訳ないし。魔物を退治して小金を稼ぎながら職安にでも行こう」

 ・・・ところでこっちの世界でも職安って言うのかな?







 あれから二週間後。家も見つかり無事に就職も出来ました。
 文房具屋兼雑貨屋兼軽食屋兼代筆屋、そして伝書鳩も扱っているお店。つまり何でも屋さんです。給料はそんなに高くはないけれど暮らしていけない、というほどではない。読み書き、特に字がちょっと綺麗に書けるというのが良かったらしい。芸は身を助ける。

 屋敷に居た時頑張って練習しておいて良かった。私これでも書道の段位持っています。前世でも字が綺麗というのはポイント高かったし。それに字が綺麗な女性はもてたって古典によく出ているものね。

 「お前何でそんなに字に拘るんだ?」

 とガイも言っていたけれど。母上は―もう奥様って言わないといけないんだよな―は「ルークは字が綺麗ね」と喜んでいた。

 「シアちゃーん。代筆お願い」
 「はーい、分かりましたあ」

 今私此処で代筆業兼販売員をやっている。

 伝書鳩を扱っている関係上代筆を頼む、という人は多い。この世界識字率は思ったほど高くはない。この店の主人も代筆をやっているし、私の他にももう一人―この人は代筆専門。店頭に出てくる事はない―いるのだが結構忙しい。
 字が書けるという事と、それが他人から見て読みやすくて綺麗か、というのは別問題だし。まだ私は見習いだから短い手紙しか任せてくれないけれど。だから今仕事の内容六割ぐらいは接客業。
 例えば。

 「女性に手紙を送りたいんだが、どんな紙がいいんだ?俺そういうこと鈍くて」

 と私が若い女性という事もあって、頭をかきかき汗びっしょりになった男性が相談に来たりする。

 「まあ、相手はどのようなお方ですか?」

 にっこりと笑いながら情報を引き出すべく訊ねる。歳によって好みも違うし。

 「えっと、キミくらいの年齢で。花が好きだったかな、優しい人なんだ」
 「そうですね。でしたらこのようなものは如何ですか?先週入ったばかりの新作ですよ。デザインされた花が可愛らしいでしょう」

 色違いもございますよ、と数点並べる。
 「じゃあ、そのピンクのやつを。手紙を書いて持ってくるから、鳩を飛ばしてくれ」
 「はい分かりました。ではお包みしてまいります」

 にっこり笑ってレジに向かう。

 大体こんな感じで時間が過ぎていく。

 「シアちゃーん。お客様」
 「はい。お待たせ致しました。・・・げ」

 にっこり笑い、お客様は神様です、こう自分に言い聞かせる。接客業歴十年以上持つ私のキャリアを舐めるな。

 「便箋を買いに来たのですが、若い女性が好みそうなものありますか?」

 眼鏡を掛けたマルクト軍人は、胡散くさい笑顔を浮かべながら聞いてきた。

 「まあ。恋人に、ですか?」

 にっこり。

 「そう言いたいのですけれど、まだ片思いなんですv」
 「相手はどの様なお方ですか?」

 にこにこにこ。

 「ちょっと我が儘で生意気な女性なんです。見事な赤毛の持ち主の」

 にこにこ。笑顔勝負は私の勝ちだ。

 「あらそうですか。こちらは如何です?ちょっと茶目っ気があって喜ばれると思いますよ」

 差し出したのはハロウィンのデザインのもの。カボチャのお化けがちょっと可愛い。

 「あなたはこういうのが好みですか?」
 「こういったものは、季節に応じて使い分けませんと。女性の心は掴めませんわ」

 ほほほほ。
 営業スマイルは何があろうと崩れませんわよ。どの様なお客様でもにっこり笑って対応するのがプロというもの。

 はっ、てめえにゃ出来ねえだろうがよ!!相手が和平を頼む側の国の王族と認識しながら、見下しやがったんだからな!!外交交渉に来ておきながら、相手の代表が嫌いだからってそのまま態度の表すような馬鹿じゃないですよ、私は。

 「ではこちらを戴きましょう」
 「有難うございます」
 「で、あなたの仕事は何時終わりますか?」

 ・・・ナンパしに来たのか、こいつ。

 ちょっと待て。何でこの遣り取りを、ここの店の人達全員固唾を呑んで見守っているだよ。そんなに刺々しかったかなあ。あれ、あそこに居るの軽食の常連さんじゃない。何マグカップ持ちながらここの大将と一緒になってこっちを見ているの。

 「はい、あと一時間程で終わります」

 ひょい、と大将―この店の経営者の事。皆こう呼んでいる―が顔を覗かせて答えを返した。おい、何で本人を無視して別の人間が答える。マジで恨むぞ。ああ、何で胡散臭そうな笑顔に皆騙されるんだよおおお。

 「た、大将、何で・・・」
 「いいからいいから。それまで珈琲でも飲みながら待っていただけますか?」
 「宜しければお願いします」

 眼鏡の軍人さんはにっこりと笑って軽食のコーナーへ向かう。私はというと奴が購入した便箋を包みながら、大将に言う。

 「何であんな事を言ったんですか。・・・そりゃ、今日は何の予定もありませんけれど」
 「何言っているんだい。相手は大佐だよ。佐官だよ!稼ぎだって大きいだろうし、何て云ったってあれだけの美形だ。こんなチャンス逃す手はないよ!」
 「そうだよ、シアちゃん。今まで苦労してきたんだろ?優しそうな良い人じゃないか」

 私はここの人達に、自分はバチカルの貴族がメイドに産ませた子で散々扱き使わされた挙句、その家を追い出されてケセドニアに来たのだと説明―半分は当たっているよねぇ―している。今まで戦い尽くめで何の余裕もなかったから、肌の手入れなんて出来なくて荒れ放題だったし、皆あっさりと信じて―物凄く良心痛んでいます。本当に御免なさい―くれた。

 「ラルクさんまで・・・」

 おいラルクのおっちゃん―この人が軽食屋の常連さん。歳は三十代前半らしい―折角の珈琲冷めているぞ。

 確かに彼は見た目だけは良い、見た目だけは。それに三十五歳で大佐というのは将来有望なキャリアだと誰もが考えるだろう。敵味方区別せず、何でもスッパリ切っちゃう懐刀だけれど。

 「ま、悪い話じゃないと思うよ。一度話してみたら?」

 見合い話じゃないぞこれは。「私には勿体無い相手で・・・」とか言わないといけないのだろうか。どちらにしろしがない一般人でしかない私は、権力を行使出来る立場の人間である彼から逃れる術はない。逃げたら最後、ケセドニアで暮らせなくなる、多分。それに。

 「話だけなら・・・」

 私がうんと言うまで、このおじさん連中に説得され続けるんだろうな。皆そんな目をしている。おいこら軽食担当の人間、そんな興味津々のキラキラ輝いた目で私を見つめるんじゃねぇ!仕事はどうした仕事は。何で客まで一緒になってこっちを見ているんだ。
 私が承諾すると、周りがほっとしたような雰囲気になる。

 「ああ、それがいい」
 「(はあ)品物お客様に渡してきます」

 仕事これも仕事。
 そう自分に言い聞かせながら、軍人の下に行く。

 「お待たせ致しました」

 にっこり笑ってお釣りと共に商品を渡す。相手はお客だお客。お客様は神様です。

 「では一時間後、お待ちしています」

 にっこり。

 「はい、お待ちなさって下さい」

 にっこり(怒)。
 その胡散臭い笑みは腹が立つんだよ!でも相手はお客様ですし、そんな事など絶対に悟らせませんよ。ええ、仕事中ですから。

 微妙な緊張感の漂う中、私は今日の仕事を終えた。