「割り勘なら付き合いますよ」
「・・・お願いですから、男に恥をかかせるような事はやめて貰えませんか」
当たり前だ。態と言っているのだから。
奪われる
ケセドニアは砂漠地帯という事もあって、肌を見せるような服装をする人間は絶対にいない。女性はパンツかロングスカート、最近短いスカートが若い女性の間で流行っているけれど、その場合でもスパッツを着用する。此処での日焼けは生易しいものではない。
いつも私はパンツを着用しているのだけれど、今日はロングスカートだ。先日偶々あるお店で見かけたロングスカートが気に入って購入し「おニューだよ〜」「おお珍しい」と同僚と朝話したばかり。スカートという事で、柄にもなく靴とか小物とかちょっと念入りに着飾って来た日に、あの陰険眼鏡と食事することになるとは。
周りから「頑張ってね〜」という全く有り難くない声援を受けながら、ジェイドと一緒に店を出た。そしてあるレストランに案内される。
ここって最近話題になっているお店だよね。値段のわりには味がよくって、予約がなかなか取れない、ってお客さんがぼやいていた。あ、言っておくけれど私の勤めているお店、数種類の珈琲と紅茶、クッキーとケーキ―生クリームとかシャレたものなど掛かっていない素朴なパウンドケーキのみ―と卵サンドと野菜サンドしかない。代筆業が主だからね。大将が無類の珈琲好きだから、軽食は趣味でやっているようなもの。でも珈琲は自家焙煎だからとても美味しい。だから結構人気がある。閑話休題。
「よく予約出来ましたね。ここ人気のお店なのに」
「ええまあ。それは抜かりなく」
にっこりと笑い見計らったように、料理が運ばれてくる。チッ、ブウサギのステーキでも頼もうか。
「生活は安定しているようですね」
オードブルを摘みながら、ジェイドは言った。
「給料は高くはないけれど、贅沢しなければなんとか一人でやっていけます」
ファブレ公爵から貰ったお金は一銭も手をつけていない。出来るなら永遠にそうしたい。そしてこのままファブレの事は忘れたい。
「ところであのデコ、いえルーク様はどうなさいました?未だに俺は過去を捨てただの何だの喚いているのではないでしょうね?」
過去を捨てたというのなら、私に対して「奪われた」と抜かすんじゃねえよ。第一、アクゼリュスが崩落してから「自分が本物のルークだ」なんて名乗るな。もっと早く言え。死の預言が外れてからのこのこと出てくるんじゃねえよ!てめえは王族だろうが。王族が死を恐れてどうする!!
おっと脱線、脱線。
「捜し出して連れ戻されたらしいですよ」
「あ、そ」
ぱくり。あ、美味しい。噂通り。機会があれば店の女の子と来よう。
「相変わらず、美味しそうに食べますね、あなたは」
五月蝿い。
「アブソーブゲートのヴァンの剣が無くなりました」
一瞬にして食欲が失せた。つまりそれは・・・。
「ヴァンが生きている、もしくは誰かがヴァンの意志を引き継いだ、という事ですか」
「そうなります。まだ調査の段階ですが。それより口調をどうにかしてくれませんか。背筋が寒くなります」
「あら?目上の方への態度として間違っていないでしょう?それに何かあれば非難されるのは女性である私なんですのよ」
にっこり。
相手はマルクト軍の大佐。彼の顔を見た事があり、尚且つマルクト皇帝の懐刀というのを知っている人間もこのケセドニアにいるだろう。今の私はファブレ公爵家の人間でなく、只の一般人なのだ。余程の事が無い限り「何と礼儀知らずな」と責められるのは私の方。
彼に対し馴れ馴れしい態度や親しい雰囲気を漂わせようものなら、懐刀の恋人=弱点と勝手に判断され、変な権力抗争に巻き込まれ兼ねない。この性格だ。きっと内部にも敵は多い。何時その地位から引き摺り下ろしてやろうかと、虎視眈々と狙っている輩は絶対にいる。
あのルーク・フォン・ファブレの関係者と誰も気が付いていないのに、こいつの所為で厄介事に巻き込まれて堪るものか。
私に言われてようやくその考えに至ったらしい目の前の軍人は、黙り込み誤魔化すように眼鏡を押さえた。相変わらず己の立場とその影響力が理解出来ない御仁だ。
「今の生活をやめようという気はありません。降りかかる火の粉は払います。ですが、私が動くより、ちゃんと訓練を受けた専門の方々が動かれるほうが状況は改善されましょう」
暗に関わりたくないと告げる。
当たり前だ。私は子供向けの物語やゲームの主人公のように無敵じゃないしお人よしでもない。それに何故国家ではなく碌な訓練も受けていない、また軍人でもない十代の少女―肉体年齢は―が前線で戦わなければならないのだ。
ジェイドはというと、黙って聞いたままだ。流石にこの辺り事情は分かるのだろう。例のダアトの軍人は文句を言いそうだ。
そりゃあんた達は軍人だからいいけれどね。ああこう言っても「何言っているの?そんなの関係ないでしょ、世界の危機なのよ!」と言い返されそうだ。
この情報はマルクト皇帝、もしくは導師イオンから齎される。大体その話を聞くと同時に調査が命ぜられ、まあ結局は任務となる訳だ。つまり仕事である。これが終わっても神託の盾やマルクト軍をクビになるとかいうことにはならない。パートや契約社員じゃないし、通常任務に戻るだけだ。
だけれど自分はどうだ?彼らに協力するともなれば、勤め始めたばかりの職を辞めなければならない。戻れるのがいつになるか、ましてや生きて帰れるかどうかも分からないから、家だって引き払わないといけない。
私以外の人間は皆軍人か貴族か王族だ。家族もいるし帰る場所、つまり家もある。自営業みたいなものだから全てが終わった後職探しもしなくていいし、資産もあるから喰うに困ることもない。
だが私はまた最初に戻り家探し、職探しを始めないといけない。全てが終わった後彼らから「○○に協力して欲しい」と頼まれるかもしれないけれど、あまり楽観的に考えない方がいい。自分の事で精一杯との自覚がない彼らだ、私の明日の事などスコーンと忘れている可能性の方が高い。
ああ。折角の料理が不味く感じられる。
「ああジェイド、お願いがあるんですが」
「何でしょう」
「ガイラルディア伯爵の事。仮にケセドニアに来る事があって、私の勤めているお店に来店されるような事があっても、他人として接してくださるように。絶対「ルーク、会いたかった」などと言って駆け寄らないで。私はもうルークではありません。伯爵と繋がりがあるともなれば、あの職場に居づらくなります。路頭に迷うのはご免です」
とりあえず釘を刺しておかないと。あいつ絶対「俺がいないと何も出来ないから」と言って周りの目も気にせずやって来そう。
「あなたの育ての親ともいえるのですから、心配するのは当たり前でしょう」
ちょっと非難気味にジェイドは言う。
彼らからしてみれば、ガイは背中にナイフを隠しながら私の世話をしていたとか、チャンスがあれば私も含めファブレの人間全員殺す気だったんだとか、そういったのは完全に終わった事なんだ。
そうか、あんな簡単な謝罪で全て無かった事にしないといけないんだ。ぐだぐだ拘っている私の方が悪いんだ。ふうん。
「心配させているのは悪いと思っています。でも、今の私は一般人です。伯爵であるガイとは身分も住む世界も違いすぎる。むしろ俺が面倒見るから大丈夫、いやその方が良いとガイは言うでしょう。でも私は今、自分自身の足で立って生活している。誰の力も必要としていない。むしろ邪魔です」
彼が己の感情の赴くまま動かれたら、私の生活は滅茶苦茶に壊されてしまう。
だがガイは、偶々上手く行っているだけだ、先はどうなるか分からないと否定するだけだろう。失敗は当然、上手く行けば偶然だ、という評価しか出来ない人間の世話になんかなりたくない。
「分かりました。そう伝えておきます」
溜息を吐きながら、目の前の軍人は意気消沈したような声でポツリと呟いた。何故そんながっかりしているんだ。頼られるのを期待していたのか?
「あの沸点の低い鶏冠頭が怒鳴り込んでくるかもしれないですよ」
「その場合はにこやかに笑って外に放り出すだけです。威力業務妨害なら兎も角、人に言うには憚られる罪を被りたくはないでしょう?」
目に涙を溜めて脅える少女と青筋を立てて怒鳴る青年。少女側にちょっと衣服が乱れていれば完璧だ。
「アッシュにもよく言って聞かせておきます」
思わせぶりな笑みを浮かべている私が何を考えているのか想像はついたのだろう。ジェイドは溜息を吐きながら返事を返す。
「お願いします」
まだ料理は残っている。勿体無い。暖かい内に片付けよう。
「もう一つ伝言が。ピオニー陛下がお会いしたいそうです」
「それは命令?」
「違います」
困った。この場合断るというには失礼に当たる。公爵家の人間だった時は「折を見て」と言えるが。
返事に躊躇していると、ジェイドが先に切り出した。
「今の状態から察するに、それは無理でしょう。陛下には都合よく伝えておきます」
「頼みます」
ぺこり。今はその言葉に甘えさせてもらおう。
「という訳で、今夜はお相手願えますか?」
明日も仕事あるんだよなぁ。
「割り勘なら付き合いますよ」
そう私が言うと、ジェイドの顔が僅かに引き攣った。