「ダアトまでお付き合いお願いします。・・・これはインゴベルト国王陛下のご命令です」
「分かりました」
私はジェイドに促されるまま、アルビオールに乗り込んだ。
この手を取って
ダアトに到着し、教団本部に行くとあの時の仲間と一緒に、インゴベルト国王ピオニー皇帝、そしてユリアシティの市長テオドーロさんがいた。そしてジェイドから今まで起きた事、現在の状況、障気中和についての方法を説明された。
「導師イオンが・・・!」
あの時私と同じ時を過ごした彼はもうこの世にいない。しかしジェイドはその私を無視して話を進める。
「ですが、悲しんでいる暇はありません。我々はこれからの事を考えなければならないのです。死んだ人間は何もしてくれない」
「ジェイド!!」
ガイが声を上げる。心情的にはアレだけれど、ジェイドの言っている事に間違いはない。
「・・・要するに、私に障気を中和して欲しい、そういう事ですね。私の命と一万人ものレプリカの命を犠牲にして」
「はい、そうです」
オリジナルとレプリカ。どちらかを選べといったら私も間違いなくオリジナルを選ぶだろう。
おもむろにピオニー皇帝が切り出した。
「恨んでくれてもいい。人でなしと思われても結構。だが俺たちは、俺たちの国民を守らなけりゃならない」
施政者としては当然の意見だ。小より大を取るのはごく当たり前の事。
「わしは……正直なところ今でも反対なのだ。しかし他に方法が見つからない。頼んでもいいだろうか……。ルークよ」
これはインゴベルト国王。相変わらず人の話を聞いていない王だな。“ルーク”だとあのデコになってしまうだろうが。お前は実の甥、娘の許婚を死なせるつもりか。
「・・・それは命令ですか」
私がそう言うと、僅かだが動揺が広がった。
「いや・・・強要はしない。仮にお前が拒否し逃げたとしても私達は追わない」
テオドーロさんが代表してそう言った。
(追わない、ね)
大声で笑いたくなった。人を馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。
これ、人類存亡が懸かっているのよね。このままだと障気にやられてオールドラントは死の星になってしまう。人だけなら何処か障気を除去出来る建物か何か作ればいいのだろうけれど、肝心の食べ物がね。土壌が障気に汚染されてしまうだろうし、そうなったら作物は育たない。結局は飢えて死ぬか、障気触害で死ぬか。最悪の未来予想図だ。
私を見つめている人達、承諾するか否か悩んでいると考えているのだろうな。世界を救う為に死んでくれ、と言っているんだし。
ああ、彼らと私の“ずれ”はとんでもなく巨大なものとなっている。
障気中和は最重要課題かつトップシークレット。まああの仲間達は今までの業績があるから―そうじゃなくても王族やら伯爵やら皇帝の懐刀やら国の頂点に近い人達ばかりだし―いいとして、本当ならこの話はある一定の地位から上の人、例えば官僚とか国の重鎮と呼ばれる人以外に知られてはいけない筈。
だからね、何故そんな世界の存続に関わる重要な事を、こんな開けっ放しの教会で説明する訳?盗聴防止策が取られていて、尚且つ絶対中の音が漏れないような堅固な部屋を用意しなさいよ。これじゃあ聞こうと思えば誰だって聞けるじゃない。一時間もすれば障気中和の方法、ダアトの人間なら誰でも知っているわよ。
彼らがここで話した時点で、私に拒否権も逃げ場は無くなってしまっている。あなた達が逃げても追わないって云ったって、そりゃ無理。
いくら国のトップがそう決めても国民が聞く訳がない。自分の生死が掛かっているのだし、絶対に誰かが動き出す。術者が普通の人間なら多少躊躇いもあるでしょうけれど、レプリカならば話は別。泣こうが喚こうがぶん殴って簀巻きにしてでも無理やり障気を中和させるでしょう。拒否した時は殺される。
あ、ひょっとしたら国民の間で障気が発生したのは、レプリカが生まれた所為にされているんじゃないの?そんな気がする。だって障気って、創世暦時代から続いている問題でありながら何の解決もなされていない。フロート計画は云うに及ばず、私達がやった外殻降下作戦だってある意味臭い物に蓋状態だし。
突き詰めて考えれば、二千年もの長い間国のお偉いさん達は何をしていたんだっていう話になる。これって完全に国家不信に繋がる事項。
この世界の人達、本人に選ばせる権利を与えておきながら、実は選択肢は一つしか用意していない、もしくはそれを選択せざるを得ない状況を作るのが上手いわ。
タタル渓谷に飛ばされ、六神将にタルタロスを襲撃され命からがら逃げた後。あの時もそうだった。これ以外を選ぶと「人としてどうよ?」って状態だった。本人達に自覚が無いのが又最悪。
はあ、と溜息を吐く。
「・・・ローレライの剣が必要なんですよね?それを貸して頂けますか。これから直ぐにレムの塔に向かいます。アルビオールの発信準備を」
動揺が広がった。余りにも早く、あっさりと私が決めた事に驚いているのだろう。おそらく「一日考えさせて下さい」と言うとでも思っていたのかな。
「ル、ルーク、もう少し考えてだな」
何故かインゴベルト国王が説得を始めた。マルクトの皇帝は何も言わず、私の顔を見つめるのみ。ああこの人私の心情見抜いているっぽい。
「他に方法も時間もないのでしょう?それともルーク様に頼まれるのですか。次期キムラスカ国王でいらっしゃるルーク様を?」
礼儀なんぞ知った事じゃない。ああ、自分でも目つきが悪くなっているのが分かるわぁ。でももう彼らと会話する事自体が苦痛。拷問そのもの。
「こうしている間にも障気で人は倒れていきます。早い方がいい。ローレライの剣はどこにあります」
「アッシュ、いえルークが持っています」
ジェイドが眼鏡を押さえながら答えた。
「そうですか。では私の持っている宝珠と交換しなければなりませんね」
またまた周りの人間がえ?という顔になる。私が少し念じると、掌に宝珠が現れた。
「やはりあなたが持っていたのですね」
「誰も何も言いませんし、訊ねられる事もありませんでしたので、言う必要はないのかと」
自分でも口調が刺々しいのが分かる。これぐらいの嫌がらせは甘受してもらいたい。
「大佐、ルーク様はどちらに?」
「控え室にナタリア王女とご一緒に」
案内します、とジェイドが先に行く。軍人って背後を取られるの嫌なんじゃなかったかなあ。そう思っていると。
「背中蹴らないで下さいね」
ちっ、勘のいい奴め。
暫く歩き、ある扉の前に立ち止まる。ここにキムラスカの王族がいるようだ。ノックし、許可を得た後私とジェイドは入室する。
「ナタリア王女殿下、ルーク様、お久しぶりでございます」
一礼しながら挨拶をする。
「私がこの度レムの塔で障気を中和する事になりました。ですのでルーク様がお持ちになっておられるローレライの剣をお貸しいただけませんでしょうか」
王女の息を呑む音が聞こえたがそんなものは無視する。
「何だと!?お前それがどういう事か分かっているのか!?」
こいつ怒鳴らないと喋れないのか。
「はい。詳しく懇切丁寧に説明を受けたのでよく分かっております」
四の五の言わずさっさと渡せよこのデコ野郎。
「中和が終わればお返しいたします。それにルーク様はローレライを解放するという大事な役目がございますので」
この仕事は“ルーク”の方が適任だろう。というより私は疫病神でしかないローレライに会いたくない。
「宝珠がまだ見つかっていないのに、解放もクソもあるか!!この卑、ぐぎゃああ!!」
この叫び声は私が某男の急所―つまり股間―を手加減もせず、思いっきり蹴り上げたからだ。武術でそれなりに鍛えた私だ。その威力たるや想像を絶するだろう。
余りのことに王女は呆気にとられ、ジェイドは同性としてその痛みが想像出来たのかその顔は青褪め、痛ましげな表情を浮かべていた。
卑屈なんて言葉人に使っていいものではない。あれだけやめろと口を酸っぱくしながら言っているのにも拘らず、使おうとするお前が悪い。
白目を剥いて倒れたルークの腰からローレライの剣を拝借し、代わりに宝珠を持たせる。
「それは・・・!!」
ナタリア王女が驚いていたけれど、早くルークにヒールか何か掛けてやってくれないかな。折角の美形が台無しだぞ。
原因作ったのは私なので、意識のないルークを抱えて「ベッドは何処ですか」と訊ねる。此処の部屋は一人掛けのソファしかないらしい。なので別の部屋に案内される。
ああ、マルクトの軍人が変な顔をしている。そんな顔をするのなら少しは手伝えよ。
そうして彼を横たえた後、
「ではナタリア様、ルーク様、ごきげんよう。キムラスカとマルクト、そしてオールドラントに住む全ての方達の幸福をお祈りいたしております」
「あ、待っ・・・」
何か言いたそうにしていたけれど、私はそれを無視してその場を立ち去った。ジェイドは無言でついて来る。そのまま教団の外に出ると、かつての仲間達が其処に居た。物凄く複雑そうな顔で私を見ている。
「護衛ですよ。レムの塔は魔物が住み着いていて危険ですから」
「そうなの。短い時間だけれど宜しくお願いします」
ぺこり、と頭を下げると「あ、こちらこそ」と彼らも慌てて頭を下げた。
この中で一番気になるのはガイだけれど。イラついているというか、怒っているのかあの顔は。でも障気を失くす方法はこれしかないのでしょう、そんな顔しないでよ。物凄く居づらいじゃない。
誰も一言も語らず沈黙したまま、アルビオールはレムの塔へ向けて発進した。
「ああジェイド、質問があるんだけれど」
「何です」
「障気中和する時、ティアがいたら拙いのでは?彼女第七音譜術士だし、巻き込まれてしまうでしょう」
その私の言葉に私とジェイド以外の人間がハッとなる。
「・・・そうですね。ティア、すみませんがアルビオールで待機していて下さい。ノエル。レムの塔で私達を降ろした後、直ぐにその場を離れるように。そうですね三時間経った後迎えに来てください」
「分かりました」
ノエルの声も固い。この子は巻き込みたくなかったなあ。その場所に着いたら確実に人が死ぬって分かっているでしょうし。本当にご免ね。
ああ、ケセドニアで借りている家とか職場とかほったらかしのまま出てきちゃった。この際と思ってその処理をジェイドに頼む。彼は「わかりました」と了承してくれた。
「そんな事言うな!石に噛り付いてでも生きる事を考えろ!!」
ガイが怒鳴り出した。この人言う事って今の私には偽善にしか聞こえない。
理論を確立したジェイドが言うのだ。私が生きて帰ってこられる可能性は殆ど無いだろう。
何かのドラマで言っていたな。「中途半端な希望ほど残酷なものはない」って。生存確率がコンマ数パーセントって、ゼロじゃない分ある意味タチ悪いわよね。
「何でお前はそう卑屈な事を・・・」
こいつ今だに言いやがる。何で私の周りの人間―しかも上流階級に属する方々―って、「そういう言葉を人に対して使ってはいけません」的なもの、つまり禁句と称される言葉をそうポンポン簡単に口に出すのだろうか。空気を読め、という以前に言葉を選んで話す事を勉強しようよ。でももう最後だからいいか。
「事実と現実の認識、区別が出来ない方に言われたくはありません。伯爵、そう仰せになるという事は、何の犠牲を出さないで障気中和する手段を見つけたのですね」
私がそう言うと、彼は顔を強張らせ黙り込んだ。
ガイ、あなた達が私と一緒にアルビオールに乗ってレムの塔に行くって事は、一万人のレプリカと私の犠牲をどのような形であれ受け入れたという証明でしょう。それに私のような身分の低い人間に、国王陛下や皇帝陛下が障気を中和してくれって頭を下げたのは、他に有効な方法が無かったから、もしくは見つからなかったからでしょう?
まさかとは思うけれど、ジェイドが言ったのだから間違いないとあっさりと納得し、他に何か良い手段はないか探す努力をしていないというのではないでしょうね?
もういいや、考えるのはよそう。
あっさりとレムの塔に着き、最上階に上っていく。中はレプリカでいっぱいだった。彼らはこの世に生まれて数ヶ月と経っていないだろう。何の思い出も作る時間も無く、この世から彼らはいなくなってしまう。あの髭、ほんと碌な事しないな。
「我らとともに、死に至る道を進むのはお前か?」
レプリカ・マリィの言葉に私は頷く。彼女の瞳に迷いというものは無い。腰からローレライの剣をすらりと抜く。
「皆、私に命を下さい!そしてオールドラントに生きる全ての存在と、残されたレプリカの未来の為に!!」
私はローレライの剣を大きく振りかざし、床に思いっきり突き立てる。そして超振動。だんだん周りが光に包まれていく。ガイが何かを叫んでいた。でももう何も聞こえない。見ると私の身体は半分ほど消えていた。
(これが死ぬ、という事)
本当なら七年前、あの光に包まれた時私は死んでいないといけなかったのだ。ここは生者の世界。死んだの人間が存在して良い世界ではない。それにこの身体の本当の持ち主である“もう一人のルーク”はアクゼリュスと運命を共にした。私は此処にいてはいけない。
あれだけ沢山いた人達が次々と消えていく。光はどんどん強くなり、私の意識は唐突に途切れた。
光が収まった後、ローレライの剣が突き刺さっているだけで何も残っていない。人はただ呆然とその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
あとがき
相当荒みまくっています、彼女(当然ですが)。ちなみにアッシュはお姫様抱っこ。