予感

 ある日朝起きたら全てが紫色でした。うわぁ障気だぁ。



  予感



 ほんと最悪。只でさえレプリカ問題で世界がわやくちゃになっている時に。苦労して障気を無くしたのに、あの苦労は何だったの。たった数ヶ月の命かよ。

 でもこの方法ってあんまり長持ちしそうにないよなぁ、とあの時思ってはいたのよね。タルタロスを使っていたけれど、あれそんなに頑丈だった?そりゃ軍艦だからそこいらの船より丈夫でしょうけれど。ニ〜三年持てばいいほうじゃないかって。素人だって考え付く事でしょう。
 タルタロスが壊れた時どうするの?そうなった時、またタルタロスを打ち込むわけ?創世暦のフロート計画もそうだけれど、根本的解決になっていないわよね。問題を先延ばしにしているだけ。障気自体どうにかしないと。

 けれど、あの時はこれが最善の方法だったし、私の頭じゃそれ以上の解決策を考える事は不可能だった。反対とか否定するのは簡単。子供なら反対するだけでいいけれどね。でも社会人ならちゃんと周りが納得する代替案を用意して反論しなきゃ。何の策も用意せずに反対するのは只の文句、いちゃもんをつけているだけ。

 ジェイドもこれは永久的なものでは無いと言っていたし、障気がまた発生するかもしれない。各国の要人達に障気研究をするように提言はしておいたけれど、これだけ早くの復活じゃ研究のけの字もないわな。

 「預言は無くなったし、レプリカ何てものも障気も出てくるし、碌なもんじゃないなあ」

 ラルクのおっちゃんがいつもの珈琲を飲みながら呟いた。
 外がこの様な状態では、誰も必要最低限の外出しかしない。のでお客さんもぐっと減り、代筆の仕事も以前と比べて少なくなった。所々買占めが起きているけれど、以前の戦争の時のように高騰はしていない。上が結構睨みを効かせているらしい。

 「ラルクさん、預言が無くなって不安じゃなかったんですか。こっそり詠んで貰う人がいるでしょう」

 殆ど開店休業なので、店の者は全員軽食コーナーにてだべっている。鈍感ばかりなのか大物揃いなのか。ああ、やっぱここの珈琲は美味しいわぁ。

 「不安じゃないといえば嘘になるけれどねぇ。でも預言がなくなる、と聞いてほっとしている部分もあるんだよ。預言詠んで貰うにしても金が必要だろ?ものに拠っちゃ、一ヶ月分の給料と同じ金額、いやそれ以上を要求されるぜ。そんなにしょっちゅう詠んでもらっているのは貴族ぐらいだろ。俺達庶民は一年に一度詠んで貰うのが精一杯」

 ファブレにいたときは分からなかったけれど、預言を詠むのって結構お金が掛かるのよねぇ。ピンキリだけれど。聞くと最近値上げも激しいって言うし。

 「それに詠んで貰うまですっごく待たされるでしょう?予約の順番取るだけで丸一日かかっちゃう」

 エリーが疲れたように呟いた。見ると全員が頷いている。ああそうか。貴族なら屋敷に預言士(スコアラー)を呼ぶ事が出来るのだろうけれど、庶民は教会に行かなきゃならないから。滅茶苦茶混んでいる大学病院の待合室みたいなものか。うわ、考えるだけでぞっとする。

 「その分の金と時間の出費が無くなったんだ。これだけでも生活はかなり楽になる。俺は別に必要としていなかったしなぁ。第一今禁止されているだろう?」
 「でも隠れて詠んで貰っている人いるわよね」

 コップを磨きながら、エリーが答える。私もちょっとお手伝い。

 「あれだけ生活に密着していたんだ。急に止めろと云ったって無理がある。でも最近、預言を詠んでもらった直後に死んでしまう人間が多いじゃないか」

 ラルクさんは呟いた。

 そう、最近預言を詠んでもらった後、いきなり倒れてそのまま息を引き取る、という人が多い。こんな事が続けば、教団離れ預言離れが進むと思うんだけれど。一体何を考えているのかしら。

 「命と引き換えにしても、預言を詠んでもらいたいものなのかしら」
 「さあねぇ、預言にどっぷり首まで浸かっているというやつは世界中に結構いるからな。その方が何も考えなくていいから楽だし。この町はそういうの少ない方だよ、シアちゃん」

 そう、ここケセドニアの人達は預言に関してかなりドライだ。流通の拠点という事もあるのだろう。一分一秒を争う流通業に預言が口を挟める余地はない。扱う量も膨大な物になっているというのに、それら全てを教団にお伺いを立てていたら仕事にならない。第一教団に、と考える間もなく取引が終わってしまう。

 ケセドニアで教団が税を取っているからというのもある。ここ二〜三年の税の引き上げは凄まじいものらしい。税だけでなく預言と称してもっと金を吸い上げるつもりか、という思いが根底にあるみたいだし。

 「これ此処だけの話。今だから言えることだけどさ」

 とエリーが小声で話し掛ける。一斉に皆が身を寄せた。

 「預言って結構碌でもないわよ。あたしの近所のお姉ちゃんが預言に詠まれていたある男と結婚したんだけれど」

 ふんふん。

 「その男最悪でさあ、結婚した翌日から別の女のところに入り浸り。金も家に入れやしない。暴力もあったみたい。そのお姉ちゃん、働いていたから何とか生活出来たけれど、いつも顔に痣が出来ていて泣きながら実家に帰って来てたわ」

 物語は王子様とお姫様は結婚し仲良く暮らしました、で終わるけれど、現実の世界はそれからが本当の物語だよね。主人公が結婚した後の物語なんて滅多にないし。

 「で、結局お姉ちゃん一年後に離婚したの。でその後教団の預言士何て言ったと思う?」
 「あー、何か想像つくな」

 ラルクさんが天を仰いだ。

 「離婚も預言に詠まれていました。これはユリアが与えた試練です。あなたは預言通りになさいました。きっとこれからユリアのご加護があるでしょう、だってさ。ふざけんなって!結婚する事分かっていたのなら離婚する事も分かるでしょ!?あの地獄の日々は何だっていうの、時間を返せって言いたかったわよ」
 「それって詭弁だよね。フフ、暗い夜道は気を付けろって?」

 すげーな、流石二千年以上歴史あるローレライ教団。腐り具合も半端じゃねぇ。バイオハザード級だ。ゾンビが盆踊りをしているぞ。ハンドガンで仕留めなきゃ。

 「実はそいつとの結婚、お姉ちゃんの両親や家族、周りの人間全員が反対していたの。女癖と金癖が悪いので有名な男だったし。預言がなけりゃあんな男と絶対に結婚しなかったわよ。町一番の器量よしと評判だったのに、見る影も無くやつれちゃって。おじさんおばさん「ごめんね、ごめんね」ってお姉ちゃんに泣きながら謝っていたわ」

 うわ、これはかなりキツイ。

 預言の通りに行動した結果、本人が不幸になったと感じた時点で預言に裏切られたという印象を持つのは否めない。それに、ズバリ物事を言うと外れた時の反動が大きい。しかも結婚は人の一生に関わる事だ。もっと曖昧な表現に出来ない物なのか。もっと要領よくやれよ、干されるぞ。あ、もう干されているか。
 此処まで来ると預言ではなく、教団の書いたシナリオを貰いに行っているだけだな。うん。

 「でさ、その事を知っている人間預言にしっかり懐疑的になっちゃって。預言士がスカなだけかもしれないけれど。あ、表向き預言は何て有り難いんだ、って言っていたわよ。心の中で舌を出していたのはご愛嬌。預言なんていらないって言ったら生活出来なかったし。ラルクさんもこれと似たような話割と聞いた事あるでしょう」

 あれ、庶民クラスでは結構排斥方向だったんだ。それともこれは少数派なのかな?よく分かんね。

 「ああ、結婚関係よく聞くなあ。誰が見たって駄目絶対無理という二人を預言に詠まれています、の一言で夫婦にするんだから。凄いのになると殺人事件にまで発展した事だってあるぜ」

 ラルクさん、数年前まで行商をやっていて、行った事の無い土地の方が少ないらしい。結構物知りだ。足を怪我したのを切欠に作家に転向し、今旅行記を出している(サイン入りで本を貰った。読んだら結構面白かった)。書店で見かけた事があるから生活出来るだけの収入はあるのだろう。

 「だから俺達預言に関わるのは必要最低限にしている。中には晩飯のメニューまで訊ねるような馬鹿もいるが」

 あのブウサギのマルクト皇帝も似たような話を聞いたっけな。貴族とか王族とか身分が高い人ほど預言に縛られているのかもしれない。教団の上層部との繋がりもあるから、庶民みたいに簡単に切り捨てる訳にはいかなかったのだろう。

 「あ、それ聞いた事あります。で私考えていたんだけれど、蕎麦アレルギー持ちのある人が、預言で今日の夕飯は蕎麦を食べなさい、って言われたらその通りにするのかしら」

 ずっと頭の中にあった疑問を投げかけてみた。

 「私もそれ凄く興味がある。究極の選択だよね。アレルギーって下手したら死んじゃうでしょ?」

 エリーが目を輝かせてその会話に乗ってきた。

 「抜け道があるんじゃねぇか?蕎麦の字を象った白いご飯を食べて誤魔化すとか」

 「「ちいっ、その手があったか!!」」

 くそ、敵も然るもの。

 ったく暇ねぇ。
 この店大通りに面しているから普段の人通りは多いのだけれど、障気が世界を覆ってから数えるほどしか人は見ない。人が少ないと店に来る人も少ない。これじゃ商売上がったりだ。

 「エリーちゃん、シアちゃん。店片付けてくれ。ラルクさん悪いが閉店させてもらうよ。今日はもう無理だ。商売になりゃしねえ」

 大将が声を掛けてきた。

 「「はーい」」
 「ま、こんな状態じゃ仕方ねぇよな」

 じゃあな、と手を振りながらラルクのおっちゃん―まだ三十代前半なんだけれど、この表現が似合うのよねぇ―は帰って行った。

 今日お客さんは余り来なかったので、店も綺麗だ。閉店作業も直ぐに終わり、帰宅の準備をする。店を出るとエリーと分かれた。今日はお互いに寄り道をする気分ではなかった。夕飯も有り合わせのもので済まそうと買い物もせず、真っ直ぐ家に帰る。

 すると家の前に見覚えのある、青い軍服を来た人間が立っていた。
 何故かいつも浮かべている、胡散臭そうな笑顔ではなくどことなく辛そうな顔をして。

 「ジェイド・・・」
 「お久しぶりです、シア」









 あとがき
 実はこのラルクさん、元白光騎士団にいた、という裏設定があります。オリジナルルークの誘拐事件の時、責任を問われてクビになったという(でもその過去はこの話に余り関わってきません)。
 レプリカですが、ケセドニアはまだそれ程深刻な問題になっていない、という事でお願いします(く、苦しい)。キムラスカ、マルクト、ダアト、この三国中心にレプリカを送り込んだと思うので。