常套手段に騙されて(表)

 美しい青空だ。昨日まで障気に包まれていた事が夢のよう。周りの人達の顔も輝いている。
 でも、「   」はこの青い空と引き換えにこの世界から消えてしまった。



  常套手段にだまされて(表)



 ある日、白光騎士団の一人であるアルベルトは自分の主―正確にはその子息である―ルークに呼ばれた。仕える側の騎士団にとって、ファブレの人間からの命令は絶対である。直ちに剣の練習を中断し、主の元に駆けつける。
 するとそこには、ルークだけでなく、かつてそのルークの使用人であったマルクトの伯爵もいた。

 ガイの姿を確認した途端、アルベルトに緊張が走る。何せ彼は復讐の為―ファブレの血を引く人間を殺す為に―この屋敷に潜り込んだ、という過去があるのだ。いくら本人が否定しても、疑いの目で見てしまうのは仕方あるまい。

 というより、何故彼は平気な顔をしてこの屋敷に来る事が出来るのか。アルベルトはその神経を疑った。

 「以前のルークがこの屋敷にいた時、お前が彼女に武術を教えていたそうだが」

 それらの事に気が付いているのかいないのか。アルベルトにとって何を今更、とでも言いたいような事をルークは切り出した。兜を脱ぎ、直立不動で立っている騎士に向ける視線は厳しい。

 「その時に彼女とどの様な会話をしていたのか、また何か相談を受けた事はないか。その、何でもいい、どんなに小さい事でも構わない、正直に話してくれ」

 ルークはアルベルトの蒼い瞳をじっと見つめる。

 ・・・・・・・・・。

 当然だが、ここにいるのはルークとガイ、そしてアルベルトだけではない。扉の前には白光騎士団の副団長が控えているし、給仕担当のメイドもいる。下手な誤魔化しは出来ない。
 だが、いくら主が「正直に話してくれ」と言ったからといって、、額面通りに馬鹿正直に話す事など出来ない。相手が―何といったって彼は次期国王だ―少しでも不快に思うような事があれば、アルベルトは罰せられてしまう。

 「・・・途中、言葉が乱れる無礼お許し下さい」

 そう前置きをしてアルベルトはおもむろに切り出した。

 「本当に男に戻れるのかと、常日頃呟いておいででした。もっと力や体力が欲しいと」

 この言葉にルーク達は納得してはいるようだ。ここファブレ邸では「マルクトの実験で女になった」というのが定説であったのだから。今思えばこの様な馬鹿馬鹿しい理由を何故皆信じていたのだろう。

 「他には」

 「後は屋敷にいる人間なら誰でも聞いた事でありますが。外に出たい、本当に二十歳になったらこの軟禁は解かれるのか、と」
 「それだけか」
 「後は、今バチカルではどのような服やアクセサリーが流行っているのかとか、そういった事ぐらいでございます。生憎と私は無骨者ゆえ答える事が出来ませんでしたが」

 「そうか」

 ルークはそう言うと息を吐いた。この彼の言葉を聞いたマルクトの伯爵は何故かにんまりと笑う。

 「ほら、俺が言った事と変わりはなかっただろう?あいつの事は俺が一番良く分かっている」

 その伯爵の言葉が発せられると同時に、アルベルトの手が硬く握られた。
 ルークは、どこかはしゃいだような伯爵の言葉を無視し、目の前の騎士に別の話題を切り出した。

 「お前が教えていた武術はどれぐらいのものか」
 「・・・どれぐらい、と申しますと?」
 「嗜み程度の軽いものであったのか、あるいは実戦を想定したものであったのか、という事だ」

 その言葉にどこか苦々しいものを感じるのは気のせいか。

 「閣下からは怪我をしない程度に、と言われておりました。が、あのヴァン謡将が来られる日以外、殆ど私との武術の稽古に勤しんでおられました。継続は力なりとの言葉もあるように、微々たるものでも年月を重ねればかなりのものになります」

 ヴァンがバチカルのファブレ邸に来るのは多くて月1〜2回くらい。彼自身教団の幹部―こちらの方が本業―なのだし、そうしょっちゅうダアトを離れる訳にはいかない。その当時ダアトにいたルーク―アッシュと名乗っていた頃―が一番良く分かっている。

 確かに歴史や算術といった普通の勉強の他に、礼儀作法やピアノとかいった貴族の子女なら当然身に付けておかねばならない事や習い事等あっただろう。だが彼女は軟禁状態であり、王族として当然の仕事である公務といったものが一切ない。武術に打ち込めるだけの時間は充分出来る。

 「では、ヴァンが教えていた剣術とお前が教えていた武術、どちらが上であったのか」
 「それは・・・、何ともいえません。試合ならどちらも上位にまで食い込むでしょう。ですが、実戦と試合は違います。謡将の剣術はかなり手を抜いたものでありましたし、怪我をなされたら大事でございます故」

 暗に、そこまで真剣なものではなかったと答える。
 貴族の姫に武術を熱心に教える家は少ない。教えたとしてもスポーツに近い代物だ。怪我でもしようものなら教えた人間の首が―物理的な意味も含めて―確実に飛ぶ。

 「軍人としてお役目に就いておられるのなら兎も角、それ以外で“ルーク様”自ら剣を持って戦うなど絶対にあってはならぬ事。それは我ら白光騎士団の役目にございます」

 その言葉に扉の前にいた副団長は厳しい視線を伯爵に向ける。それに気が付いた彼は少しばつの悪い顔になった。例の襲撃事件からバチカルに戻ってきた時、騎士団から受けたお説教を思い出したのだろう。

 「よく分かった。もう良い、下がれ。仕事中呼び出して悪かったな」
 「はっ、失礼致します」

 アルベルトは一礼して部屋を去っていく。その口は嘲笑に彩られていた事など、本人以外誰も気が付かなかった。






 彼以外、“ルーク”付きメイドであったメアリにも話は聞いたが、大体同じようなものだった。
 彼女と歳が近く同性という事もあって、ファッションや流行について話す事が多かった、との内容が追加されたぐらいである。目ぼしい収穫というものはなかった。

 ただ、気が付いた事が一つ。

 彼らが口と開く度、ガイの顔が輝いていく。だが、ガイの声が明るくなっていくのと反対に、メアリの声が僅かながら沈んでいき、目の輝きが鈍く光り凍り付いていくのだ。彼女ほど顕著ではないにしろ、アルベルトのガイを見つめる目も限りなく冷たかった。

 其れを見てルークはようやく「こいつらガイの事が嫌いなのか」と気が付いた。

 一瞬彼らが嘘を言っているかと疑ったが、質問をしたのは主であるファブレの人間、ルークだ。主に逆らうような事は絶対にする筈がない。ただ、黙っている事はあるのかもしれない。

 再度彼らと話す必要があるな、とお茶を飲みながらルーク考えた。

 自分自身、ファブレに帰ってきてまだ日も浅い。彼らを含め、ファブレに仕える白光騎士団やメイド達はルークを自分達が仕える主の一人と頭では分かっているだろうが、完全にそうだと認めた訳ではあるまい。自分は此処ファブレ邸では新参者、まだまだ異邦人扱いだ。もっと彼らと密に接し、打ち解ける必要がある。

 その場合、この目の前にいる上機嫌の伯爵の排除は必須となるが仕方あるまい。







 翌日、ガイはルーク達に別れを告げ、マルクトに帰国した。ピオニーに帰国の挨拶をした後、軍令部に向かいジェイドにバチカルでの出来事を報告する。

 「・・・以上だ。ほら旦那、俺に聞けば済む事だったんだよ。ま、無駄足という事が分かっただけでもよしとしなきゃ、な」
 「そう・・・、ですか」

 このガイの話を聞いたとき、ジェイドの頭の中に「失敗」の二文字が浮かんだ。恐らくガイは己の考えと寸分の違いのない言葉を聞いて有頂天となり、話している当人の表情を見ていないものと思われる。これでは彼らが全てを正直に話したのかどうか確信など持てない。

 聞けば白光騎士団のアルベルトとメアリは、彼女がレプリカと判明しても態度を変えることはなかったという。
 当然だ。
 彼らは彼女の傍にずっといたから、彼女を本当に理解しているから変える必要がないのだ。

 大体主と使用人というものは、お互いに考え方や行動が似るもの。そしてその繋がりは肉親や兄弟より強い。また、そうあらねばならない。

 自らレプリカである事を認めているシアを「卑屈」という言葉で切って捨て、「世間知らずだから俺が面倒をみないと」と自分の足で歩もうとする彼女の成長を妨げようとし、しかも使用人だ育ての親だと公言して憚らないガイに対し、軽蔑の念を持ちこそすれ協力する気など彼らには無い筈。むしろ「絶対に話してやるものか」との気持ちの方が強いだろう。

 自分に都合良く判断するなとピオニーから強く言われたのに、彼はその事をすっかり忘れてしまっている。

 「ひょっとしたら、彼女を見つけるのはかなり梃子摺るかもしれませんね」
 「え?旦那、何か言ったか?」
 「いいえ、何でもありません」

 このガイの、ファブレへの配慮に欠けた行動は、後日己の首を絞める事となった。