常套手段に騙されて(中)

 「・・・は?」

 ピオニーは自分の耳を疑った。そして、頭の中が真っ白になる、という事を数年ぶりに経験した。



  常套手段にだまされて(中)



 「ガイラルディア、お前バチカルに行ったのか・・・?」

 唖然としたまま、ピオニーはガイに尋ねた。

 「はい陛下。シアの屋敷時代の話を聞いて欲しいとジェイドも言ったではないですか」
 「いや、確かにそうだがそれはルークに、だったんだが。で、話を聞いたのか?」
 「ええ。ですからルークと一緒に。メイド達の証言は私が言った事と変わりはありませんでしたよ」

 眩しい笑顔を浮かべ、満足そうに彼は答えた。ルークと一緒にメイド達の話を聞いたということは、彼はファブレ家を訪問した、ということになる。

 見ると、ジェイドはガイの様子を見て溜息を吐いていた。単に彼のはしゃぎぶりに呆れているだけだろう。だがこの場合問題なのは、話を聞いたメイドや騎士たちの心の裏側を読み取れなかった事ではない。
 どうやら、隣に居る幼馴染はその辺りの事に全く気が付いていないらしい(皇帝の懐刀なのに!)。研究者気質で、数値で表現出来ないものは理解できないという、彼の特性がはっきりと現れている。

 兎に角コイツは後回しにして、ひとまずは目の前の伯爵を片付けようとピオニーは決意する。皇帝は、怒鳴りたくなる自分を必死になって抑えながら、目の前の伯爵に努めて穏やかに話しかけた。

 「以前俺は言ったよな?自分達に都合よく判断するなと。どうやらお前らは其れを理解していないらしい」

 それでも地を這うような声になるのはご愛嬌だ。

 「な、どういう事です。私はそんな事」
 「していないと?なら何故ファブレ家に行った?」
 「そ、れは、屋敷時代のシアの事を訊ねに」

 彼が、マルクトの伯爵である事はファブレ家の人間に知れ渡っている。

 「・・・以前勤めていた職場を覗きに行く程度の軽い気持ちだったんだろうな。ところでお前、ファブレ邸で働いていた理由は何だった?」
 「それ、は」

 そう言われて、ガイの顔色が変わった。

 「自分の家族を殺したファブレに復讐する為だったよな?」

 この言葉にジェイドの顔がハッとなる。遅すぎだ、とピオニーは心の中で呟く。

 「で、でも私はちゃんと謝罪「謝罪したからそれで終わりだと本当に思っているのか?」」

 ガイの言葉にピオニーの声が覆いかぶさった。

 「ファブレ家が先に、しかも酷い事をしたのだ、と皆思っているから同情は全部ガルディオス家に集まっている。どんな形であれお前は謝罪した。幸い実行に到らずに済んだし、これで許さなかったらファブレは世間を敵に回してしまう」

 「ファブレ家がガルディオスを滅ぼしたのは事実じゃないですか!それに、あいつも許してくれました」

 では、ガルディオス家は今まで一度も戦争に参加せず、キムラスカを傷つけた事などなかったというのか。

 それはあり得ないだろう。ガルディオス家はシグムント流剣術を受け継ぐ事もあって、代々の当主の戦歴は輝かしいものばかりだ。この家に滅ぼされた、というキムラスカの貴族も多いだろう。だが、ここでそれを言うと収拾がつかなくなるので口にはしない。

 それに、ピオニーから見て彼女がガイの事を許しているとはとても思えなかった。

 「じゃ、見方を変えよう。お前ファブレ家に仕えている白光騎士団やメイド達はどうした。ちゃんと理由を説明し、謝罪したのか?していないだろう。口さがない王宮の人間が、偶々用事で城に来たファブレのメイドにお前の事を話すまで、ファブレの使用人は暇を出されたのだと信じていたんだからな」

 ヴァンとの戦いが終わるまで、ガイの事は伏せられていた。「暇を出した」としか公爵も説明していない。

 普通ならこれで終わりなのだが、彼がマルクトの伯爵でしかも世界を救った英雄の一人となると状況が変わってくる。その名前は世界に知られるだろうし、彼の顔を見ればファブレ家にいたガイと同一人物である事は一発で分かる。ホド戦争でファブレ公爵がどの様な戦果を挙げたのか、ガルディオスがどういう家かなど、ファブレにいる人間なら誰でも知っている。

 ばれるのは時間の問題だった。だが何時話そうかどうしようか考えている時に“噂”としてファブレに入ってきてしまい、急遽事情を説明しなければいけなくなったのだ。ちなみにその時ファブレにいたのは公爵夫妻だけで、ルークは「ガイの事を説明した」との執事のラムダスの報告しか聞いていない。

 多少動揺があったものの、直ぐに納まった。彼が遠いマルクトの地に留まっており、キムラスカに来る事はあってもバチカルに、ましてやこのファブレ邸に来る事などないだろうと誰もが思ったからだ。

 だが、彼は来た。その話が齎されて、数ヶ月も経たないうちに。

 「お前ら、一度謝罪したらそれで終わりもう大丈夫、とばかりに何故こうもあっさりと忘れるんだ。人間そんなに簡単に切り替え出来ないぞ。しかも被害者側の人間はな」

 そう言いながら、皇帝はちらり、と傍にいる懐刀に視線を送った。顔色をなくしている様子を見ると、ピオニーの予想通り彼の中でガイの復讐は済んだ事として処理され、取るに足らない小さなものとなっていたようだ。

 「メイドや騎士たちからしてみれば、今まで自分達の傍で笑っていた人間が、自分達の主を殺そうと虎視眈々と狙っていたと知った時、物凄いショックだったろうよ。で、気付くわけだ。下手すりゃ自分達も巻き添えを食って殺されていたのかもしれないと。お前のあの微笑は全部嘘だったのだと」

 「・・・・・・!!」

 公爵夫妻とその子息だけを殺す事などそう上手くいくわけがない。誰かが異常に気が付く。となると、ある程度障害と考えられる“モノ”は潰しておかないとといけない。
 薬物を使って眠らせるか、あるいは毒で身体の自由を奪った後全員殺害してしまうか。ハッキリ言って、後者の方が簡単だ。実行するのは夜だろうし、全員始末してしまえば逃げる時間も稼げる。

 どちらにしろ、屋敷で働いている人間は無事ではすまない(仮に助かったとしても、主を守れなかった罰として死罪となるだろう)。ガルディオス関係者から見たら、メイドや騎士団もファブレの関係者だ。充分復讐の対象となり得る。

 「確かに実行に移される事はなかった。これは幸いだった」

 実現していたら、この場に彼はいない。

 「で、当の本人は謝罪したのだからもう全ては終わったとばかりに、平気な顔をしてファブレ邸にやって来る。正体がばれてから月日もさほど経っていないのにな。おそらくその場に居たメイドや騎士は、お前のその神経を疑っただろうよ」







 伯爵はあの後体調を崩し、急遽屋敷に戻る事になった。 一息ついてからピオニーは口を開く。

 「これぐらいは言わなくても分かるだろう、と思っていたんだがなぁ」

 はあ、と彼は今日何度目になるか分からない大きな溜息を吐く。今度は自分の目の前にいる幼馴染の番だ。

 「ジェイド、お前研究者だからデータで全てを判断するのだろう。証明出来ないのならばっさり切り捨て全てを無に出来る。だが」

 そこでピオニーは息を吐いた

 「人の心はそういう風に割り切る事が出来ない。以前あなたを殺そうとこの家にやってきました、けれど今はそんな事をする気はありません、さあこれからも仲良くしましょうと言われて以前と同じように付き合える人間なんかいやしない。出来たとしても表面上の付き合いだ。相手の不安不信を払拭するにはとてつもない努力が必要となる。一度浮気をした男が、その後もうしないと言い土下座して謝っても女が信用出来ないのと同じように」

 そしてこう付け足した。「ファブレ家の立場をマルクト皇帝の立場に置き換えて、あいつの行動を考えてみろ」と。その言葉にますますジェイドの顔が白くなった。

 (・・・どうやら、本気でガイの事を済んでしまった必要のない過去扱いしていたようだな。こいつらの事だ。それで散々彼女を詰ったんだろう。あ〜あ、戻ってこないという証拠ばかり集まってくるな)

 しかし話はこれだけで済まない。

 「これは絶対に誰にも言うな」

 ピオニーは小声で言い始めた。

 「ガルディオス家はホド戦争で見捨てた、という負い目が俺やマルクトにある。キムラスカも色々とやらかしてくれたお陰でマルクトに強く言えない。だからガルディオスの家を再興出来た。爵位もそのままにな。だが」
 「だが、何です?」

 「もしあのままキムラスカが我が国の和平を受け入れて、そのまま何の障害もなく事が進むとしたら・・・、俺はガルディオスを切り捨てていた」

 「!!」

 「当然だろう?ガルディオスの跡継ぎが、ガルディオスの家を滅ぼしたファブレ家に使用人としているなど、誰だって復讐が目的だと分かる。誰が好き好んで自分の家族を殺した憎い仇の家で働くか。ガルディオス家の盾と言われた人物が傍にいたし、自分の素性を知らなかったという言い訳は通用しない」

 キムラスカと和平を結ぼうという時に、キムラスカの王族に復讐する気満々の人間をこのマルクトに迎え入れるわけにはいかない。彼を認める事は彼の復讐を容認したという事となる。つまりマルクトがファブレ家殲滅を命じたと思われても仕方が無い。
 結果、和平交渉は決裂する。当然だ。言っている事と正反対の事をマルクトやっているのだから。

 「つまり、彼の立場は微妙であったと・・・?」
 「今でもそうだ」

 きっぱりとピオニーは言い放つ。
 おいジェイド。俺に言われて今気が付いたって顔するな。

 「和平反対、キムラスカと親しくするなど言語道断!と言うやつは今も多いからな。現在マルクトとキムラスカとの仲は良好だし、そいつらの力も小さい。だがな、些細な事を切っ掛けにガルディオス伯爵は我が同士、党首だと勝手に掲げ、変な行動をとらんとも限らん」

 ピオニーとてガイがキムラスカに害意を持っているとは思っていない。むしろその命を賭けて、マルクトとキムラスカとの友好の絆を守ろうとするだろう。

 だが一部のそういった輩から見れば、彼の意思などどうでもいいのだ。第一ガイの経歴を知れば、彼と接した事のない人間はあっさりと納得してしまうだろう。彼の名前が出、ほんの僅かの疑いが掛かっただけでガイは破滅する。それだけは何としても避けたい。

 「・・・彼が復讐を遂げる為、ファブレ家に使用人として潜り込み、十年以上も虎視眈々とその命を狙っていた事は一部では有名ですからね」

 ジェイドの声も沈みがちだ。

 「今の所、世界を救った英雄だの何だので誤魔化されているがな。・・・しかしまさか堂々とファブレ家に行くとは思わなかった。しかも復讐者だったとの過去をしっかり忘れていやがる。信じられねえ」

 彼女が絡むとあの伯爵は正常な判断が出来なくなってしまう。いつもなら笑い話で済むが、今回はそういう訳にはいかない。

 「伯爵の行動を制限しますか」
 「とりあえずバチカルには絶対に立ち入るな、とだけ伝えておけ。キムラスカから何も言ってきていないから大丈夫だと思うが。こちらとて痛くもない腹を探られたくないからな」

 伯爵という高位の人間が、己の意思だけで他国に行くなど身分柄許される事ではない。世界を救う為にあちこち駆けずり回っていた時と今も同じ感覚でいてもらっては困る。あの時は特別、特例中の特例だったのだ。

 「了解しました」

 ピオニーは手を振る事で、下がれという合図を送る。ジェイドは一礼し「失礼します」と立ち去って行った。







 「・・・これで少しは懲りてくれるのなら良いんだが」

 しかしあの伯爵だけでなく、自分の幼馴染がああも鈍いとは思わなかった。いやこれは己のごく親しい人間が関わっているから眼鏡が曇ったのか?
 そういえば、今まで彼の親しい人間といえば、ピオニーともう一人の幼馴染であるサフィール、そして妹のネフリーくらいだった(マクガヴァンもそうだが彼は隠居の身。政治に絡んでくる事はない)。

 身内、あるいは親しくしている友人が絡むと正常な判断が出来なくなるのならば、彼らをこれから起用する場合、考慮しなければいけない部分が出てくる。

 「・・・癒しを求めに行くか」

 皇帝は椅子から立ち上がり、ある場所へ向かった。







 執着(裏)を改題。



 あとがき
 すみません。改定した為、お題と内容が入れ替わっておます。

 ピオニーさん大変。懇切丁寧に説明しないと彼ら理解出来ないから(台詞が長くなった言い訳)。
 「(ファブレの)屋敷に来ないか」と言われても断るのが礼儀だと思います。ガイ、誘われたらあっさり行っちゃいそう。