雑音に混じる愛しきその声
忍術学園はいつも騒がしい。上級生の鍛錬の声、下級生の遊ぶ声、トラブル、委員会。いつも何かしらの要因で賑わい静かな時などほとんどない。

それでも彼の声は聞こえるんだ。
どれだけ離れていたって。どれだけ小さくたって。大好きな彼の声を、聞き間違えたりはしない。





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反転した視界に丸く切り取られた空。ああ空が青いなぁ……なんて僅かに現実逃避をしてはみても穴に落ちているという事実は変わらない。
どんなに気をつけていたってお約束のように穴に落ちる不運に、もうため息しか出ない。穴は到底一人では出られる高さではなく、タイミングの悪いことに今はクナイもない。ここは普段あまり人が通らない場所だ。だから声を出したとしても周りに誰もいないんじゃ意味がない。
誰かが通るまで大人しくしていようと決める。本当ならいつ来るかもわからない存在をこんなところで待つという事実に不安にもなるが、実際のところ僕は不安など全く感じていない。何故かというと。


「伊作」

凛とした高すぎず低すぎない、心地のいい声で名前を呼ばれ見上げる。そこには予想通りの人物が。

「やあ理央」
「こんにちは伊作。貴方また穴に落ちたのね」
「うん。今回はクナイも何もなくて困ったよ」
「全く。文次郎が見たらまたうるさく言われるわよ」

苦笑しつつも差し出してくれた右手をつかみ、外に這い出る。

「ありがとう理央。近くにいたの?」
「いいえ。今回は裏裏山に鍛錬に行っていたわ。小平太に誘われたの」

さっきまでいた場所を聞けばここから正反対のところ。普通なら声なんて聞こえるはずもないし、直前まで鍛錬をしていたのならば何か用があってここを通った訳でもない。
#澪#はいつもそうなのだ。
委員会で後輩と、はたまた僕だけで穴に落ちても。薬草取りに行って不運に見舞われても。さっきまでそこにいなかったのに、誰かにいてほしいと思った時にはいつだって現れてくれる。
そして仕方がないなと呆れながらも、笑って手を差し伸べてくれるのだ。

「ごめんね。理央……」
「何故謝るの?」
「だって毎回毎回遠くにいてもわざわが助けに来てくれて……」
「伊作が気にすることじゃないわ。どこにいようと、貴方の呼ぶ声なら私は直ぐにでも駆けつけるもの」

何故いつも来てくれるのかと問えば、いつだってそう言ってはぐらかされてしまう。毎回毎回わざわざ足を運んでくれるのが申し訳なくて、同級生とは言っても女の子に助けられていることが情けなくて。もう来なくていいと言おうとしても毎回そんな笑顔を浮かべられれば、口に出そうとした言葉は飲み込むしかない。

理央はいつも微笑んでいるだけで、一歩引いているように物事をみていた。そんな#澪#が、僕を助けにきた後には頬を淡く染めて町にいる普通の女子みたいに幸せそうに笑う姿を晒す。
そんな#澪#を見れるのは僕だけだ。
そんな態度を出すのは僕にだけだ。
そう実感するたびに、拒絶の言葉はなくなっていく。


「理央、いつもありがとう」
「どういたしまして。伊作」




☆☆☆


この世界が大嫌いだった。
世界は常に白黒にしかみえなかった。
人も獣も草木も虫も。悲しみの涙も憎悪による復讐も幸福で笑うその笑顔さえも。貴方に出会うまでは何もかもが大嫌いだった。
だから他人がどうなろうと知ったことじゃない。周りがどれだけ死のうが喚こうが私にはどうでもいい。他の人だって少なからずそう思っている。誰も彼もと手を差し伸べるなんて仏のような者、いるわけがない。

そう、思っていたのに。



「大丈夫ですか?」


貴方は分け隔てなく手を差し伸べていたね。
あの瞬間から、私にとって貴方は、貴方の声は特別になったんだ。
他の声なんて知らない。他の音なんていらない。どんなに必要のない雑音があったって、耳から頭に馴染む貴方の声なら絶対に聞こえる。



「理央〜!」


嗚呼ほら。



雑音に混じる愛しきその声



(どんなに離れていたってどんなに小さくたって)

(絶対に聞き逃したりなんてしない)

(どこにいようと、その声を辿って貴方の元に行くよ)
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