相澤消太の受難


俺は教師でありヒーローだ。二足草鞋で日々忙しいが、なんとかやっている。そんな俺が、恋をした。いやそれぐらいなら普通だが問題が大ありだ。
その相手というのが、自分の生徒である浅間由紀なのだ。俺も最初に自覚した時は正直嘘だと思った。けれど実際、俺はあいつを好きになった。そう認めればストンっと収まり、次に襲ってきたのは独占欲と手に入れたいという思いだった。
まあそこは相手が未成年でしかも生徒ということで自重しようかと思ったが、けれど現状がそうできない。あいつが溺愛している子供、黒木庄左衛門と。職場体験で一緒になってからあいつによく引っ付くようになった轟が原因だ。

浅間は、目を離したその一瞬で消えてしまいそうな危うさがある。その危うさに惹かれたのもあるが、一番はあの眼だ。あの眼に惹かれ、あの視界に入りたいと望んだ。
だからこそ、あの視界に一番に入ることを許され何があろうと外れることのないあの子供が羨ましかった。
まあそいつのお陰で自覚したというのもあるが、黒木がいる限り絶対に浅間との距離をつめることはない。あいつは俺のことを嫌っているからな。ずっと邪魔してくる。そのお陰で距離を詰めるどころな近づくことさえ困難。

隣にいるようになり無自覚だろうがあいつに惹かれている轟。あいつに溺愛され何よりも優先される黒木。
どちらも譲る気はないだろうし、同級生である轟は俺よりも有利だ。教師であり世間体もある。手を出せば犯罪だが、それでも三年間という長い期間で手をこまねいては浅間を逃がす。だから、俺は行動に移すと決めたのだ。


***

行動に移す。そう決めても、堂々とアプローチなんて出来ない。浅間と関わるのは学校だけだし、他のヤツらの目もあるからな。だからさり気なくだ。

「浅間、ちょっと」

廊下で一人歩いている浅間を呼べば、あいつはすぐに振り向き近づいてくる。

「どうされましたか?」
「いや……資料の整理を少し手伝ってもらえるか?」
「分かりました」

少し口籠もってしまったが、浅間は特に何も言わず素直についてきた。勿論、資料整理など建前だ。俺の目的は今ポケットに入っている水族館のチケット。これを浅間に渡すこと。
勘違いをするな。俺がこれを買ったんじゃない。マイクのやつが押し付けてきたものだ。

いつ話を切り出すか。どうすれば不自然ではないか。今日この日までずっとシュミレーションしてきたから準備は万全だ。後は浅間に話を切り出すのみ。
緊張していると、準備室についた。ちなみにここまでで会話はない。

「そこにある資料を日付ごとにまとめてもらえるか?」
「分かりました」

指示をすればすぐに取り掛かってくれる浅間。俺も自分の分をやるかのように資料を手に取る。
チラリと前を見れば、相変わらずの無表情で黙々と資料を仕分ける浅間。よし。

「浅間、お前は動物が好きか?」
「はい?」

いきなり言い出した俺に手を止めこちらを訝しげに見る浅間。

「いや、この間お前と黒木が犬を撫でているのを見たからな」

本当は見ていないのだが、二人が好きなのは校長を撫でているのを見れば分かる。それに浅間も思い当たる節があったのか、納得したように頷くと薄らと笑いながら答えた。

「そうですね。好きですよ」

"好きですよ"
俺に言われたわけでもないのに耳に響いた言葉に痛いほどに胸が音を立てる。咄嗟に鷲掴めば、何をしているんだと言わんばかりに浅間がこちらを見た。

「あ、ああ。いや、それなら魚とかはどうなんだ?」
「魚ですか?種類にもよりますが好きですよ」
「そうか」

よし、言え。言うんだ。
俺はそっとポケットの中に手を入れチケットを掴む。

「あ〜……実はな、マイクのやつが「相澤君いるかい!!!」………空気読んでくださいよ、オールマイトさん」
「ん?ァ、ヤベッ……ごごごめんな!」

途中まで言ったところで、勢いよく扉が開いたかと思えばオールマイトが大声で遮る。タイミングの悪さに睨みつければ、部屋の中に俺と浅間の二人きり。そのことで既に職員室でマイクの野郎が大声で話したおかげで知っているオールマイトは、瞬時に状況を判断し謝る。

「いえ。もう終わったので相澤先生に何か用があるのでしたらどうぞ。相澤先生。こちらの資料は仕分け終わりました。念のため日付の中でも古い順に並べましたが、大丈夫だったでしょうか?」
「いや十分だ」

見れば本当に全部終わってる。しかも支持しただけじゃなく古い順に並べてくれるなんて早すぎだろ。
手伝いが終わってしまえば引き止めることも出来ずに言えば、浅間は俺とオールマイトさんに会釈をしてさっさと部屋を出ていった。
残された俺達の間に微妙な空気が流れる。

「あ〜相澤くん?」
「………なにか用ですか」
「うん!?次回の授業のことでちょっとね!!」
「…………」


***

気を取り直して次だ。休みの日は絶対に黒木と過ごすだろうし約束すればそっちを優先される。なら黒木より先に約束を取り付けるしかない。

「浅間。これこの前の課題だ」
「あ、ありがとうございます」
「悪かったな。お前だけなかなか見つからなくて」
「いいえ。あってよかったです」

渡した課題は朝のホームルームで返したものだ。けれど浅間のものだけ見当たらず今渡すことになった。まあ俺が抜き取っておいたんだがな。
すると浅間が微妙に飛び出ているチラシに目を止まる。

「?先生、これなんですか?」
「あ?」

挟まっていたチラシは水族館のもの。俺は知らなかったというように声を出したが、勿論それを仕込んだのも俺だ。

「すまん。マイクのとこに混ざっていたからその時に挟まったのかもしれん」
「いえ、構いませんが………」
「興味あるのか?」
「そうですね。水族館なんて行かないですし」
「そうか……浅間。実は」

よし、今だ言え!

「由紀。と、すみません。邪魔しましたか」
「轟…」

見計らったようにしか思えないタイミングで轟のやつが来やがった。くそ、なんでお前が浅間のことを名前で呼んでいるんだ。

「焦凍。どうしたの?」
「いや、相澤先生の用が終わってからで大丈夫だ」
「俺はもう終わった。気にするな」
「そうですか__由紀。この間話していた本が手に入ったんだ」
「え、あれ確か絶版になったはずだよ」

そう言って背後から聞こえる会話に苛立ちながら立ち去った。


***

「……」
「HEY!イレイザー!浅間誘えたか!?」
「………」
「HAHAHAこの不機嫌だな!」

職員室で仕事をしていると隣に座ったマイクが絡んできやがったので無言で殴る。

「ほんとヘタレねぇ…デートくらいさっさと誘いなさいよ!」
「デートじゃないしヘタレでもねぇ……タイミングが悪いんだよ」
「本当にごめんね相澤君!!」

不機嫌オーラを出しているだろう俺にちょっかいをかけてくるミッドナイトとマイク。そしてオールマイトがさっきのことでまた誤ってきた。

「もういいですよ」
「そんなイレイザーに朗報だ」

そう声をかけたのはB組担任のブラドキングだ。ニヤニヤと笑いながら近づいてきた。

「朗報?」
「浅間に使いを頼んでな。そろそろここに来る頃だぞ」
「おい、あいつは俺の生徒だぞ」
「そう怒るな。不憫なお前のためにわざわざ探し出して頼んだんだ」
「そうね!今なら黒木君もいないし、職員室なら邪魔をされる心配もない」
「俺達のことは気にせず誘えよ!最後のチャンスだぜぇ!!」

口々に言ってくる言葉に驚く。お前ら…人の不幸を笑いものにしやがってとか思ってすまん。
こうなってくると早々に学校側にバレて良かったとも言えるな。

「失礼します」

そんなこんなしていたら好きな声が聞こえた。それと同時に開かれる扉。俺の周りに集まっていた奴らはすでに自分たちの席に座っていた。

「ブラド先生。頼まれた資料持ってきました」
「おお悪いな。違うクラスなのに頼んで」
「いえ、庄を迎えに来るついでですから」

浅間は職員室を一回り見ると、ブラドに向き直った。

「あの、庄は?」
「黒木なら校長に誘われてお茶しているぞ」
「そうですか」

そのまま校長室に行こうとする浅間。俺は立ち上がって呼び止めた。浅間は立ち止まり、俺に向き直るとどうしたのかと聞いてきたが、俺はそれどころじゃない。
さっきまで平気だったのにいざ正面から誘うとなったら心臓が脈を打ってしょうがない。あの鋭く綺麗な眼に自分が写っているだけで歓喜した。
職員室内はざわついて、一見すると俺達のことを見ている奴はいないような思えるが、誰も彼もが耳をこちらに傾けているのがわかる。

「先生?」
「…………浅間」

言え、言うんだ。これを逃したらもう誘えないと思うんだ。

「お前、水族館に興味があるって言ったよな」
「はい」
「で、だ。ここにちょうど__」

チケットがある__そう続けようとした瞬間。背後から衝撃をうけ出しかけていたチケットが宙に舞い、それはちょうど浅間の足元に落ちる。

「すみません相澤さん。先輩に会うために走ったら前にいたので間違ってぶつかってしまいました」
「………黒木」

後ろを見れば、いい笑顔の黒木。絶対に確信犯だ。そのさらに背後を見てみれば、開け放たれた校長室に通じる扉。

「お前は校長とお茶をしているんじゃなかったのか」
「先輩に虫がたかる気配がしたので急いで切り上げてきました」
「誰が虫だ」
「誰も名前なんて言っていないでしょう?それともご自分が先輩にたかる虫だと自覚があるんですか?」


「水族館のチケット……?」

その言葉に勢いよく振り向く。チケットは浅間の手にありそれを読んでいた。

「相澤先生ここに行くんですか?」
「あ、ああ」
「なんか意外ですね。先生は人混みがあまり好きそうに見えないですが」
「いや……それはお前t「水族館!そういえばあまり行ったことないですよねー」」
「じゃあ今度の休みに行くか?」
「本当ですか!?」

ワイワイと賑やかな二人。そして置いていかれた俺。黒木がチラリとこちらを見て、徴発的な笑みを浮かべた。

こいつ……っ。全部確信犯かよ!

「でも、チケットは二枚ありますが誰と行くんですか?」
「……俺は、お前と」
「私と?」

思い出したように聞いてきた浅間に躊躇いながらも言えば、オウム返しのように復唱し首を傾げる。

「お前と行き「そういえばそれはマイクさんに譲って貰ったものなんですよね?」なんでそんなこと知っている……」
「それは企業秘密です」
「マイク先生から?ならマイク先生と行かれるんですね」
「ちがっ!」
「先輩、水族館はデートスポットとしては定番と聞いたことありますよ」
「………ああ、そういうことか」

また俺の言葉を遮った黒木の言葉に納得したように手を叩く浅間。待て。多大な勘違いをしている予感がする。

「じゃあ楽しんできてください」
「待て。待つんだ浅間。お前が考えていることは勘違いだ」
「ご安心ください。私は男色に偏見はありませんから」

だん、しょく……?男色、男の同性愛のこと。


固まる俺をそのままに、二人は職員室を出ていった。

静まり返る職員室。ポン、と肩を叩かれ振り返れば、マイクの奴がいた。

「………なんか、すまねぇ」


とりあえずマイクの野郎はぶっ飛ばした。


相澤消太の受難

(浅間少女の中ではマイク君と相澤君が付き合ってるとなってしまったんだね……)
(なんというか……ドンマイとしか言いようがありません)
(しっかし黒木に徹底的に妨害されていたな)
(メチャクチャ先輩のセリフに被せていましたよね)
(浅間を攻略するには、やはり黒木を引き剥がさなければ無理ってことか)

(アウチッ!お前本当に八つ当たりやめてくれない!?)
(うるせぇ……)
(ちょっと同性愛者だと勘違いされただけあいたたたた!!)
(それが一番不味いんだろうが!!)

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