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審神者



『あーっと…、取り敢えず、発言権は私にもあるようなので話しますが…。皆、少し殺伐とし過ぎじゃないか…?状況が状況なだけに、仕方ない事なのかもしれないけどさ。幾ら何でも、そこまで殺気立たれてちゃ、進まる話も進まなくなるってーの。少しは落ち着いたらどうなの…?私が言える立場じゃないけど。』


静まり返った空間に、彼女の声はやけに響き渡った。

まずは、落ち着いての対話を求む律子は、大倶利伽羅の前に座し、告げた。


『一つ。話し合うのに、その刀は不要だよね…?もし許してもらえるなら、話し合いの間だけ、私が預かっていても良いかな?勿論、無理強いはしない。その刀は、貴方の本体だから、側に無いと落ち着かないだろう事は解るから。』


相手を刺激しないように、そっと諭すような言葉を選んで口にする律子。

本当は、周りの空気がビシバシと刺さって、今にも泣きそうなくらい恐いが、それを何とか堪えて表には出さずに、無理矢理笑みを作る。

きっと引き攣っている事間違いないだろうが、今やそんな事まで構ってやれない。

だが、今まで不当な扱いを受けてきた大倶利伽羅達にとってみれば、この対話の仕方自体に驚きを隠せなかったのだった。

かつての審神者は、彼女のように語りかけるような対話はしなかった。

何処の本丸にも多いだろうが、ほとんどの審神者が上から物を言うような者が多く、それを嫌う刀剣男士の中には、彼等の命令に従わない者も居たのだ。

故に、彼はポツリと呟きを零した。


「…アンタは違うんだな。」
『え…っ?』
「前の奴なら、口にする前に俺の刀を取り上げていた筈だ…。だが、アンタは、敢えてわざわざ了承の意を取ってきた。そんな事をせずとも、アンタならさっさと取り上げる事なんざ出来ただろうに…。」
『出来る訳ないし、する訳もないよ。それは、本体は、貴方達が命よりも大事にしている物だ。それを取り上げようだなんて、酷い事しないよ。それに、付喪神と言えども、神の末席…。神様を敬うのは、当然の事でしょう?起き抜けの初めこそ、私だって敬語で話してたけど、清光が普通に話してくれて構わないって。寧ろ、素で話してくれた方が気軽だからって言ってくれたから、今敬語では話してないんだよ?普通に考えれば、神様に対して敬語じゃないなんて有り得ないし、罰当たりだと思うよ?まぁ、此処に居る皆にとっての普通が、私の言う普通に当て嵌まるかどうかは、定かではないけどね。』


小さく肩を竦めて苦笑を浮かべる彼女を、不思議な物でも見るような表情で見つめる彼。


「アンタ…変わってるな。」
『いやいや、君達が普通の生活してなかったからだと思うよ。今の話を聞いて何となくだけど、現状は把握した。元々、緊急事態だっていきなり連れてこられた時点で、普通の本丸じゃないとは思ってたけどね。まさか、此処までブラックだとは思わなかったわ…。まぁ、あの人為らざる者を前にして、尻尾巻いて逃げる事は簡単だったかもしれんわな。臆病者の最低な屑野郎なら。けど、逃げたら、そこで終わりだろ?救えるモンも救えずにお終いや。目の前で苦しんでる君達を見て、何も思わないなんて事ないわ。』


感情が表立っていくにつれて、素の口調になっていく律子。

それを、彼女の背で聞く管狐はハラハラと焦った。


『次に、二つ。幾ら怒りゲージMAXだろうが、相手を脅すような態度は頂けないよね?ただコイツを攻めるってのは、御門違いだと俺は思うよ。だって、コイツは、唯一政府側の者であれども、尽力を尽くしてこの本丸を救出しようと働きかけてくれた奴だ。そんな奴を、ただ政府の狗であるからという理由だけで跳ね除けるのは、間違ってると思うぜ…?ちったぁ落ち着いて語り合うっつー事へと変換した方が、アンタ等のこれからの為にも良いと思うんだがね。』
「………あるじさまのくちょう、おとこまえです……。」
「今はそこ突っ込んじゃアウトだぜ、今剣。」
「すみません…。」


真面目に話を聞いている中、つい反応してしまった今剣は、小声で感想を漏らした。

すぐ側で耳を傾けていた薬研が、すかさずフォローを入れた。


『取り敢えず、このままじゃ一向に話が進まなそうだから、俺が少しの間指揮るけど…良い?こんのすけ?』
「はっ、はい…っ!!構いません…っ!」
『よし…。じゃ、引き継ぎとして、俺の立場を一応話しといた方が良いよね?既にご存知だろうけど。』


そう言うと、立ち上がっていた身を屈め、きちんと改まった姿勢に整え、口上を述べた。


『本日より、この本丸付きに相成りました、審神者の栗原と申します。規則に則って、本名である真名は明かせませんが…代わりの名を猫丸と申しまする。新人故、知らぬ事も多く、至らぬ点は多いでしょうが…何卒、宜しくお願い申し上げます。』


綺麗な正座で、丁寧に手を付き頭を下げた彼女の姿は、もう立派な審神者であった。

ゆっくりと頭を上げた律子は、その姿勢を保ったまま、皆の顔を見渡した。

皆、異論を唱える者は居ないと見て、話を続ける。


『当本丸を引き継ぐにあたって、まずは、現状改善を起点とする事と致します。その流れについて、今からお話しします。何か疑問に思う事、気になる事がありましたら、遠慮なく仰ってくださいね。』


一度、言葉を切ると、再び息を吸って話し始める。


『見たところ、私が倒れた事もあり、手入れが済んでいない方が居られるかと思います。初めは、その方々の治療及び手入れを行いたいと思います。まだ手入れの済んでいない方は、全員手入れ部屋へと入ってください。それに伴い、当本丸を動かす為の動力源である、私の霊力で結界を張り直す等の作業を行います。まだ浄化の済んでいない箇所もあるとの事ですので、その浄化作業についても、同時に行いたいと思います。出来ましたら、御神刀の方のお力もお借りしたいのですが…宜しいですか?』
「嗚呼、構わないよ。私の祈祷がお望みだね…?」
『はい…。ですが、石切丸は、まだ手入れが済んでいないですよね。』
「私は、皆に比べて軽傷な方だから、別に構わないよ?私は、大太刀故に、手入れにかかる時間が長い。それに加え、使用出来る部屋には限りがある。よって、私は、後回しにしてもらったんだ。他の重傷者を先に手入れした方が良いと思ったからね。」
『お心遣い、痛み入ります。ですが…無理だけはなさらないでくださいね?』
「解っているよ。」


緩やかに了承の意を返した石切丸は、先程までの張り詰めた空気とは逸して、穏やかな表情をしていた。

ふと、彼女からすぐ近くより手が上げられた。


「ちょっと待った。一つだけ、良いか…?」
『はい、何でしょう?薬研。』
「大将は、まだ意識を戻したばっかの病み上がりだろ…?そんなに一気に霊力を消耗したら、また倒れちまうんじゃないか?」


ごもっともな質問に、律子は少し姿勢を崩しながら返した。


『その心配については、ごもっともだと思います。たぶん…いや、確実に、また倒れるか眠ってしまうかもしれません。しかし、そんな事を気にするよりも、この本丸を立て直すのが先決ですので、私の事は二の次で構いません。』
「そうかい…。大将がそう言うなら、俺っちは従うまでだ。だが…もし、本当にきつくなっちまった時は呼んでくれ。すぐに対処させてもらうから。」
『ありがとう、薬研。』


納得はしていない面持ちであったが、言っても聞かなさそうだと見て、大人しく引き下がった薬研。

もし、万が一にも彼女が倒れる事があれば、彼は迅速に動くであろう。

曲がりなりにも、医療の知恵をかじる彼だ。

己の身を助けてくれた恩人を見捨てる事はしないだろう。


『本丸が始動するにあたっての様々な任務やら内番やらに関する事柄は、当本丸がまともに機能し始めてから取り決めたいと思います。それで構わないよな…?こんのすけ。』
「はい…っ。栗原様の体調等も考慮して、そのような流れで動けるよう、此方から政府へと申しておきます。」
『助かる…。』


ふぅ…っ、と一旦一息吐いた律子は、礼儀正しい態度を崩して、先程の柔らかな空気を変えると、再度、鋭い目付きで前を見据えた。


『では…、最も重要な話に移る。この本丸を動かす上で知っておかなくちゃならない事が幾つかあるんだが…。その件で、アンタ等に一つ、問わねばならない事がある。』


彼女の口調と空気が変わった事を察し、皆、再び緊張を走らせる。


『此処の前任だった審神者は、何処に行った?』


一気にザワリと殺気立った面々。

どうやら、前任に纏わる事柄については、全て禁ずるワードらしい。

訊く事さえも、憚られる空気だ。

しかし、これを聞かずしては、前には進めない。

何事も、知っておかねばならない事というのもある。


『もう一度、問う…。前の審神者は何処に行った?何故、これ程までに本丸は荒れ果ててるんだ?何故、これ程までに荒れ果てた本丸を放って居なくなってるんだ?話したくない、口にもしたくない事だとは理解している…。が、私も此処の審神者を勤める上では知らねばならない事だと思っている。怒りも承知で、どうか、教えて欲しい。』


そう言って、改めて頭を垂れると、一人だけ手を上げ、返してくれた。


「その事に関しては…俺から話すよ。この本丸の初期刀だからね…。主だった奴の事は…、俺が一番よく知ってる。」


名乗り出たのは、この本丸の初期刀である、清光だった。


「内容が内容だから…一旦、部屋を変えようか?」
「いや…、このままの部屋で話してくれた方が良い、旦那。」
「もしものことがあれば…ぼくたちがたいしょしますから。」
「…解った。じゃあ、話すね…。前の審神者だった奴の話を。」


執筆日:2017.10.29