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心の治療



鍛治場などの浄化を終え、他に残した後僅かな分は後回しにし、堀川達に遅れて駆け付けた律子。

堀川と長谷部が居たのは、国広兄弟が使っているのであろう一室の前であった。


『それで、状況は…?』
「それが……っ。」
「変わらず終いですよ…。全く、主のお手を煩わせるなど、言語道断だぞ…!」
「長谷部さん…っ!それ今言っちゃ駄目ですって…!」


小声で会話していた二人だったが、静まり返ったこの場では、嫌でも聞こえてしまう訳で…。

運悪い事に、彼の耳にも届いてしまったのか、部屋の中からくぐもった彼の小さな声が聞こえた。


「どうせ、俺は写しだ…。ボロボロに汚れているくらいがお似合いなのさ…。」
「そっ、そんな事ないよ兄弟…っ!ほら、主さんも来てくれたんだし、手入れしに行こう?ねっ?」
「そうだぞ。まだある浄化の作業を中断させてまで、主直々に来てくださったのだ。さっさと手入れ部屋へ行くぞ。」
「俺に構うな。放っておいてくれ。」


卑屈感満載な台詞を言われた面々は、苦笑、盛大な溜め息、感嘆といった反応をそれぞれ示した。


『山姥切、お前、重傷でギリギリなラインだろ…?意識保ってるのがやっとなんじゃないか…?』
「それがどうした…。アンタには関係の無い事だろう。頼むから、放っておいてくれ…っ。」
『そうはいかない。今の主は、俺だ。重傷で傷を負ったまま、苦しんでいる奴を放っておく訳にはいかないだろう。』
「ふん…っ。今の主がアンタであろうとなかろうと、俺には知ったこっちゃないね。俺には関係の無い話だ…。」


取り付く島も無いとは、この事か。

小さく嘆息すると、腰に手を当てて声を張り上げた。


『何時までそうやって閉じ籠ってる気だ?山姥切国広…っ。さっさと出て来い…!』
「だから、俺に構うなと言っているだろう…っ。」
『………。そうか。お前がその気なら、俺にも考えがある…。』


そう告げると、扉のすぐ側付近に蹲っていたのだろう、ゴソリと動く音が聞こえた。


『長谷部、この本丸ってメガホンか何かあるか…?』
「そんな物どうするんですか…?主さん。」
『聞く気がないなら、解らせるまで。』


神妙な顔をして長谷部へ問うてきた律子に、訝しげな表情を向ける堀川。

「まさか物理的に使う気じゃないだろうな?」というような雰囲気のオーラを纏っている。

主命第一な長谷部は素直に頷き、「ありますよ。今にお持ち致しましょう。」とお辞儀して、自慢の機動力を活かして駆けていった。

程なくして、納戸の方から取り出してきたメガホンを手にやって来た長谷部。


「お持ちしましたよ、主。どうぞ、お受け取りください。」
『ありがとう、長谷部。』
「いえ、それは構いませんが…一体、何にお使いになるおつもりで…?」
『見てりゃ解るよ。』


ひょいと受け取ると、スイッチを入れ、「あーっ、あーっ。」とマイクテストする。

ちゃんと機能すると解ると、口元にマイク部分を当て、喋った。


『山姥切国広ーっ!聞こえてるかぁーっ?』
「ッ…!?」
『お前は既に包囲されているー!大人しく部屋から出て来なさぁーいっ!』
「ちょっ、主さん…っ!?何して…!?」


耳がキーンとするくらいの大音量の声に、「ちょっと大きかったかな?」とボリュームを弄る律子。

再び口元に当てると、遠慮なく言葉を発した。


『山姥切国広ー!今すぐ出てこないと、お前の大事な布燃やしちゃうぞぉーっ!』
「は…っ。安い挑発だな…。そんなもの、誰が乗るか。」
『………そうかい。じゃあ、手を変えよう…。お前の大事な兄弟が、どうなっても良いのか?』
「「「!!?」」」


態と声のトーンを落として言うと、大袈裟に反応した三人。

黒本丸出身故の反応だった。


「な…っ!主さん…っ!?何を言ってるんですか…!?」
『お前が、どうしても言う事を聞かないというのなら…仕方ないよね。本当は、こんな手使いたくなかったんだけど…致し方ないか。』
「あ、主…!?冗談ですよね…!?」


思い切り動揺した二人は、混乱を見せた。


「く…っ!所詮は、アンタも前の奴と同じという事か…!」
『さぁ…?それはどうだろうねぇ…?』


敢えて挑発するような言葉で相手を煽る律子。

表情も、まるで彼を嘲笑うかのように歪められていた。

更に彼を煽るかのように、堀川の腕に手を伸ばすと、グイッと己の方へと引き寄せた。


「ぅわ…っ!?主さんっ、何を…!?」
『十数えるまでは待ってやろう。その間に出て来なければ、お前の兄弟に制裁を加える…。良いな?』
「はっ、離してください…っ!!」


悪役宜しくそれっぽい台詞を告げれば、盛大に騙された堀川が、焦ったような声を上げる。

部屋からも、ガタリッと立ち上がるような音が聞こえ、凄まじい殺気が飛んできた。

が、部屋から出て来なければ屁でもない。

勝ち気な笑みを浮かべて、宣言通り数え始めた。


『では、いくぞーっ。じゅーぅっ、きゅーぅ…っ。』
「クソ…ッ!卑怯だぞ…!!」
『何とでも言えーっ。はい、はーち…っ。』
「もし、本当に堀川に手をかけるようでしたら、主と言えども容赦はしませんよ…っ!」


長谷部からも鋭い眼光と殺気を飛ばされ、寿命が縮む中、恐怖心を必死に抑え付け、萎縮しそうになる身体を叱咤した。


『なーな…………っ、三、二、一、零。はい、突入ーっ!』
「え…っ!?」


突然数えるのを早めた彼女は、堀川の腕を掴んだまま、部屋の襖を蹴り開けた。

正しくは、蹴り倒した、だが。

案の定、急な展開に驚きを隠せない山姥切が、あんぐりと口を開けたまま突っ立っていた。

それも、本体を抜こうと構えた、中途半端な状態で。

まさか部屋へと押し入って来るなんて思っていなかったのだろう。

思考停止したように動きを止めていた。

武器になりそうなメガホンは、用が済んだからか、ポイと其処らに適当に放った。


『ほい、約束の十秒経ったよー。観念しなー。』
「な……っ、あ、あれのどこが十秒なんだ…!?」
『残念。アレが俺の中での十秒だ。コレ、俺ルールな。テストに出るから、よぉーく覚えとくように…っ!』
「ふ…っ、ふざけた真似を…っ!!」
『何とでも言えって。これで漸く面拝めたな…?』


ニヤリと悪どい笑みを浮かべると、堀川がハッとしたように掴まれた腕を振り払って、自身の本体を構えた。


「く……っ!!ここまで来たら仕方ない…っ。好きにしろ…っ!!」
『んじゃ、遠慮なく好きにさせてもらうわ。』


鋭い殺気も何のその。

けろりとした様子で平然とそう述べると、山姥切の目の前まで近付き、容赦なく手を伸ばした。

瞬間、抜刀した堀川が、眼光煌めかせて斬りかかろうと、刀を振り上げた時だった。

何かに気付いた長谷部が咄嗟に叫び、自身も本体を抜くと、ギリギリのところで彼の刃を受け止めた。

はらり…、彼の刃が掠めた前髪が、数本畳の上へと舞い落ちた。


「落ち着け、堀川…っ。」
「………何故、庇うんですか?長谷部さん…。」
「とにかく、落ち着いてくれ…っ。これは、山姥切を無理矢理部屋から誘き出す為の演技だ。」
「は……?演技…?」


間の抜けた声を出した山姥切は、目の前の人間の顔を見遣った。


「主は、態とお前を煽るような発言をして、部屋から出そうとしたんだ。敢えて俺達を焚き付けるような悪どい台詞を吐いてな…。そうでしょう?主…?」
「そ、そうなのか…?本当に…。」


困惑した表情で此方を窺ってきた彼は、不安気だ。


『………そうでもしないと、お前、出て来ないだろう…?』


やっと気を抜けれるようになり、強張っていた顔に力無い笑みを浮かべた。


『解ったなら、さっさと手入れ部屋行くぞー…。』
「おっ、おい…っ!自分で歩ける…!引っ張るな…!!」
『散々手を焼かせたんだ。これくらいしたってバチ当たらんだろー?』


彼のフード部分になっている白い布を引っ張り、そのままズルズルと引き摺り連行する律子。

声音も、先程までの緊迫した空気は一切無く、力の抜けた声になっていた。

部屋から出ると、隠れて様子を窺っていたのだろう…、何処からともなく現れた鶴丸が、苦笑を浮かべて言った。


「君って奴は…随分と手荒だな?思わず驚いちまったぜ…?」
『苦情は受け付けんぞ。』
「俺は別に何も言う気は無いさ。ただ、案外力技なんだな、君…。山姥切の布を剥ごうとするなんて、凄いな…。」
『ただ引き摺ってるだけですけど?』
「はは…っ、どっちだって同じ事さ。」
『取り敢えず、お前も部屋が空き次第、手入れ部屋入れよ。』
「うん…?別に構わんが…俺は何処も怪我したりしてないぞ…?」
『良いから、入っとけ。』
「よ、よく解らんが…、解った。」


不思議そうに首を傾げる鶴丸だった。

これまでの流れを呆然と見遣った堀川は、未だに呆けた面をしていた。


「…今代の主は、なかなかに面白い、見込みのある御方だ…。だから、二度と暴行を加えたりなんて事はしないさ。安心しろ、堀川…。」
「………は、ははは……っ。確かに、そうですね…っ。ちょっと無理矢理でしたけど…、そうですよね…。本当…っ、心臓に悪い方だ……っ。」


冷や汗垂れる顎を拭った彼は、苦笑いで力無く笑った。


執筆日:2017.11.12