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一休憩



「俺は写しだから〜」の台詞を延々とネガティブに繰り返しそうだった山姥切を無理矢理強制的に手入れ部屋へと連行した律子。

山姥切はというと…彼女にフードになっていた部分の布を掴まれ、そのまま引き摺られるようにして連れていかれた為、当然というべきか、手入れ部屋へと放り込まれる頃には、首が絞まって沈没してしまっていた。

かなりの荒療治での手入れだが、あのまま放置して折れられても厄介だった。

些か乱暴(否、かなり乱暴)な手段ではあったが、彼を手入れ部屋へと入れる事に成功し、一先ずは安堵したと言っても良いだろう。

ついでとばかりに、邪気の影響を色濃く受けて病んでいた鶴丸も突っ込んでおいた。

これで、少しは気が安らいでくれると助かるなぁ、という思いで、残りの浄化作業に取りかかる。

規模は小さめだからと、後は自分一人で請け負うとした律子は、手入れが後回しになっていた石切丸を手入れ部屋へと入れた。

大太刀故に、軽傷とはいえ、かなりの時間がかかるようだった。


『とりま、今は此れで全部か…。』


小さく溜め息混じりに呟いた彼女からは、明らかに疲労が見え始めていた。

浄化作業とはいえ、既に霊力を大分消耗している。

おまけに、手入れ部屋を機能させている事や、目に見えていない範囲でも霊力を消耗しているので、完全に回復しきっていない、又、本丸がある所謂隠世自体にそもそもの身体が馴染んでいないとなるとかなりの疲労な筈であった。

しかし、色々な事が短い時間の中で起き過ぎている為に、頭の処理が追い付いていない彼女は、感覚的なものが幾分麻痺していた。

先程と変わらず、長谷部の案内にて結界の綻び箇所へ案内してもらい、結界の修復作業及び、本丸内への彼女の霊力の行き渡らせ作業を終わらせる。

流石にここまで一気に浪費してしまえば、表面上にも表れてしまう訳で…。


「主…差し出がましいとは存じてますが、些か顔色が優れないご様子…。ご気分が優れないのではないのですか?」
『あー…っ。まぁ、疲れてきてはいるけど…まだ動けるから、大丈夫だよ。』
「そうですか…?主がそう仰るのなら、俺は何も言いませんが…ご無理だけはなさらないでくださいね?」


少し顔色の悪くなった彼女を心配した長谷部が、せめてもと、一度休まれてはどうかと提案した。

幾ら何でも、全てを一気に片付けてしまえる程、こなさなければならない量と範囲が広過ぎる。

よって、小休憩を挟む事になった律子は、半ば強制的に居間へと案内されるのであった。

案内された先では、既に先客が居た。


「おや…、これはこれは…。まさか、こんなにも早く新しき主である貴女と話せる機会が来ようとは。運が良いですね。」
『宗三…っ!それに、江雪まで…!左文字兄弟揃ってる…。』
「既に私の名前もご存知とは…、光栄極まる身です…。」
「お前達か…。少し主を休ませたい。お茶をもらえるか?」
「そういう事でしたら…勿論です。」
「僕が煎れて差し上げましょう。」


まだ一人兄弟が欠ける中、兄弟水入らずの時間を過ごしていたのだろう、左文字兄弟が二人で静かにお茶をしていた。

そこに混ぜてもらう形で、用意された座布団に座り、お茶が入るのを待つ。

そういえば、昼餉から一水も口にしていない事に今更ながら気付く。

余程、神経を尖らせていたのだろう。

大事な水分補給すらも忘れていたとは、少しだけ反省すべきかと内心考えていたら、目の前にことり、と温かい煎れ立てのお茶が置かれた。


『ありがとう、宗三。』
「いえ、これくらい大した事じゃありませんよ。」
『(何か、皆そう言うなぁ…。)そういえば、傷はもう大丈夫なんだね。すっかり治ってるみたいだから。あの後ぶっ倒れちゃってどうなったのか解らなかったし、寸前で止めきったとはいえ、闇堕ちしかけるまで酷い状態に陥ってたから…心配してたんだ。』
「その件に関しては、僕も心配してたんですよ?敵と交戦した直後に倒れたものですからね。せっかく救けて頂いたのにも関わらず、御礼も言えないまま死んでしまっては困るじゃないですか。だから、無事に目が覚められて、本当に良かったです…。これで、漸く感謝の言葉を述べられます。僕を闇の淵から救けてくださり、ありがとうございます。」
「私からも、御礼を言わせてください…。私の弟を救ってくださり、ありがとうございます…っ。あの時…私自身も重傷を負っていた為に、まともに動く事すらままなりませんでした…。そんな中、弟と大倶利伽羅殿が闇堕ちしかけ…何とかして救わねばならないと手を伸ばしたのですが…届きませんでした…。皆が絶望した瞬間、貴女が救いの手を差し伸べてくださったのです…。この世は地獄…悪しきものに満ちているとばかりに思っていましたが…、何も悪い事ばかりではなかったのですね…。」


ゆっくりとした口調で言葉を述べる江雪左文字は、柔らかに笑むと、彼女に向かって頭を垂れた。


「私は、江雪左文字…。貴女となら、幸ある道を開けてゆけそうです…。貴女を新しき主と迎えられて、心より嬉しく思います…。どうぞ、これから宜しくお願い致します…。」
「僕も、改めて自己紹介を…。僕は、宗三左文字。左文字兄弟の打刀であり、二番目の兄です。いつか、また、弟のお小夜と出逢える日を願ってますよ。どうぞ、末永く宜しくお願いしますね?」


兄弟揃って、彼女…律子を主と認め、更には付いてきてくれると言う。

これは、願ったり叶ったりの出来事だ。


『此方こそ…!未熟者かつ半端者ながら、精一杯、審神者を勤めさせて頂きますので…っ!改めて、宜しくお願い致します…っ!!』


嬉しきかな、改めて名も名乗ってもらえた事に感極まり、姿勢を正して、頭を下げた。

一人、空気に置いてけぼりになっていた長谷部は、若干米神をピクピクさせながら、呆れの溜め息を吐いた。


「お前達なぁ…っ。そんな畏まって話を持ち出されたら、主が気を遣ってしまわれる上に、少しでも休ませる為に連れてきた意味が無くなるだろうが…!」
「おや、これはすみません…。」
「つい、貴女と面と向かってお話出来る機会が出来たと、気持ちが逸ってしまいました…。申し訳ございません…。」
『いや、全然良いって…っ。私も、二人とは一度お話したかったし。長谷部も、そう言ってあげないであげて?』
「主がそう仰るのでしたら…。」


主第一なのは良いが、時には度を考えて欲しいところな長谷部。

心配してくれるのは、勿論嬉しい。

だが、それによって、他の者と会話をしないというのは話は別だ。

時折、たしなめるようにしようと心のメモに刻んだ律子は、程良く冷めたお茶を口にした。

美味しい緑茶の旨味が口の中に広がって、心を満たしてくれる。


『うん…っ、美味しい…。温まるよ。』
「それは、良かったです。」


にこりと優しく微笑んでくれた宗三に、思っていたよりも当たりが強くなくて良かったと内心ホッとする。

巷で聞く噂では、彼は、刀剣男士達の中でも、一を争う程のツンデレキャラだと言われていた。

それ故に、現世での偏った知識により、彼へのイメージは、どちらかと言うと苦手なタイプを想像していたのだ。

しかし、当本丸の宗三左文字は、物腰柔らかく、優しげな男だった。

もしかしたら、彼を堕ちる寸での淵から救った事が影響しているのかもしれない。


「嗚呼、そうだ…。貴女に逢ったら、是非とも頼みたい事があったのでした。」
『頼みたい事…?何かな…?』
「おい、宗三…。」


ジトリと睨もうとする長谷部を制して先を促すと、一度、兄である江雪と見合ってから頷き、言った。


「この部屋から近い所に、刀の姿に戻ってしまった者達を保管している場所があります…。貴女には、その刀達と逢って、もう一度、顕現させて欲しいのです。」
『刀の姿に戻ってしまったって…?』
「この本丸では、何とか刀剣破壊…つまりは、折れるのを免れた者が幾振りか居ます。その者のほとんどが、錬度が低く、前の審神者の加護をあまり受けていなかった者です。錬度が低かった事もあり、霊力の尽きた者から順に、人の姿を保てなくなった彼等は、元の刀へと戻ってしまったのです。」
『そうだったのか…。教えてくれてありがとう、宗三、長谷部。よし、解った。今から、その刀達に逢いに行こうか。思い立ったが吉日だ…!』
「主…っ!?」


まさかの発言に、長谷部は驚き慌てふためいて、咄嗟に制止の声を上げた。


「いけません、主…っ!今の貴女では、彼等を顕現させるのは危険過ぎます…!先程までの作業だけで、何れだけの霊力を消耗したとお思いですかっ!顔色も優れぬ状態で、これ以上の力を使えば、また倒れてしまいますよ…!?」
『ま、まだ大丈夫だよ…っ!たぶん…。』
「では、一度薬研に診断してもらいましょう。」
『え。』
「薬研っ!居るかーっ?」
「呼んだか?」
『何というタイミングの良さ…っ!』


結構近くに居たらしい薬研は、呼んだらすぐに姿を現した。

タイミング良過ぎだろう…。


「主の体調を診てくれ。顔色が優れない。」
「よし、任せろ。大将、ちょっと診せてくれな?」
『あい…。』


何という連携。

これは、戦場でも頼りになりそうだが、今はあまり嬉しくない。


「大将…?」
『はい…。』
「俺っち、最初に言ったよな…?体調が悪くなったら、すぐに言えって。」
『はい…。』
「無理はしないって約束だったよな…?」
『は、い…。』
「今日はもう休め。これ以上力使ったら、確実に倒れるぜ。それに、今回使った霊力は、前回と比べもんにならないくらい多い。倒れた場合、回復にかかるまで二日以上はかかるだろうな。完全にとなると、五日はザラじゃねぇかもなぁ〜…?」
『すみません……っ。』
「まぁ、五日は大分オーバーに言ったが…それだけの事を大将はしてるって事だ。解ったな…?」
『あい…っ、すみませんでした…っ。』
「解ったら、今日はもう大人しくしてるこったな。」
『おぉうふ…っ。』
「無理はいけませんよ…?身体は大事にしてくださいね…。」


静かに諭すように告げた江雪の言葉がぐさりと刺さるのであった。


執筆日:2017.11.18