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管狐



眠りに入っていた四振りを再び顕現させる事の出来た律子は、未だ慣れぬ行為と回復しきれていない霊力と体力に、些かふらつきを覚えた為、彼等とは別れ、薬研の元へ向かった。

勿論、側に居た清光が心配の声をかけ、「一緒に付いて行こうか?」と申し出たが、彼女はやんわりとそれを断った。

そして、一人廊下を歩きながら、長く息を吐き出す。

実感の湧かぬ感覚と意識がごちゃ混ぜになり、不安の影が彼女に絡み付いてくる。

重い足と気怠げな身体を引き摺り、壁を伝うように粟田口の部屋を目指す。

そうやって行き着いた部屋には、何やら小難しそうな書物を手に研究中な薬研と、何故か居るにっかりという二人が居た。

気配に気付いた薬研が書物から顔を上げる。


「よぅ、大将。あの四振りは無事顕現出来たのかい?」
『うん…、出来るには出来たんだけどね…。』
「どうした…?何かあったのか…?」
「うーん…何だか元気もないし、少し顔色が悪いみたいだね?」
『顕現させるのに、やっぱり体力使うからかな…。何だかちょっとふらつくみたい…。』
「確かに、さっきまでと比べて顔色が優れねぇな…。解った。ちょっと此方来て診せてくれ。」
『うん…。』


薬研に手招かれ、部屋の中へ入ると、用意された座布団の上に座らされ、脈拍や鼓動の動きを診られる。

丁寧に診察してくれる彼に、律子は大人しく診てもらう。


「体調が優れなくなったと感じたのは、何時からだ…?」
『四振りの子達を顕現し終えた直後かな…。かなり霊力を吸収された感じがして、全身が怠くなったよ。』
「成る程な…。やっぱり、まだ大将の身体が此方の世界に馴染み切ってないのが原因だろう…。朝起きた時は、どうあった?」
『まだ全体的に倦怠感が残ってる感じがしたかな…。』
「まぁ、まだ目覚めてから二日程しか経っていないからねぇ…。主自身の身体が馴染むのには、もう少しかかるかな?辛いなら、昨日のように、夕餉の時間まで休んでいると良いよ。」
『そうさせてもらおうかな…。何だかごめんね、せっかく顕現した兄弟達にまともな挨拶も出来ないままで…。』
「気にすんなって。そんくらいの事で、俺達の兄弟は、大将の事を責めたりはしねぇよ。ゆっくり休んできな。」


彼の優しげな声音と言葉に、ゆるりと頷くと、ズリズリと引き摺るように部屋を出ていった律子。

その様子を、二振りの刀は、複雑な面持ちで見ていたのだった。


「大分消耗してきてるみたいだねぇ…。神経の事だよ?」
「嗚呼、そりゃ解ってるさ…。だが、こればっかりはどうしようもねぇよなぁ…。大将にとっての“本当の味方”ってのが、誰一人も居ないんだからな。俺っちやにっかりの旦那も含めた此処に居る全員、前の審神者の力で顕現した刀だ…。おまけに、ブラック本丸だったという経歴を考えりゃ、極々平凡かつ平和な世界で暮らしてきた大将にしちゃ、頭の痛い話だろ?大将に限らずとも、普通の奴等からしてみれば、厄介事しかないだろう。それを、丸めて受け入れちまったんだから…相当な負担な筈だぜ。」
「ふぅむ…。彼女の本当の笑みが見れるのは、何時になるかね…。」


彼女の去った先を見つめたまま、にっかりは金の片目を細めた。

一方、再び人の器を得た四振り達は、兄弟の粟田口派の者共や縁のあった刀達と再会を果たしていた。


「皆さん、お久し振りです…っ!」
「み、皆ぁ〜っ!逢いたかったです…っ!!」
「おかえり〜!博多、平野、五虎退、鳴狐…っ!!」
「ただいま…、皆。」
「いやはや、我等四振りが眠っている間に、すっかり本丸は綺麗になりましたなあ…!ねぇ、鳴狐?」
「ホンマ久し振りの身体たいね…!感覚が鈍っとるわ…。あ、長谷部居ると〜?元気にしとったね?」
「嗚呼…、見ての通りだ。新しく来てくださった主のおかげで、皆の傷は癒えたし、見違える程に本丸は浄化された。」
「確かに…そういえば、とても澄んだ空気をしています。」
「皆の傷だけじゃなく…本丸を覆っていた穢れも落としてくださったんですね。」
「そうだよ〜!全部主さんがやってくれたんだ!」
「皆、無事で良かった…。」
「俺達全員を手入れするだけでも相当な霊力を消耗されるのに、就任してすぐに本丸中の浄化や結界の張り直し作業に、主自身の霊力を行き渡らせる作業等、酷使しておられる。それだけでなく、お前達を顕現させると、まだ本調子ではないにも関わらず力を使われたのだ。まずは、主のおかげで再び人の身を得られた事に感謝するんだな。」
「それは解っとるばってん…、肝心の主が居らんとどうしようもなかよ?」
「そういえば、先程から姿が見えませんなぁ…?」
「ど、何処に行っちゃったんでしょうか…?」


再会の挨拶もそこそこに、皆口々に主の姿を探すが、共に居た筈の彼女の姿が無い。


「おい、加州。お前、側に付いていたのだろう?何か聞いていたりしないのか…?」
「あー…、その事なんだけどね…。顕現させんのに体力使ったせいか、気分が優れなくなっちゃったみたいでさ…。薬研の所に診てもらいに行ったよ。今は、たぶん、部屋で休んでるんじゃないかな…?」
「そんな大事な事、何故もっと先に言わないんだ…!?」
「いや…感動の再会に水差すのもどうかと思ってさ…。取り敢えず、主からの伝言。自分は夕餉の時間まで休んでるだろうから、それまでに、これまでの本丸事情を説明しといてくれって。要は、此奴等が眠ってた間にあった事…この前の主来日初日の日の事だよ。黒本丸だった経緯もあるから、俺達の事配慮して、敢えて自分は説明しないんじゃない…?俺達から直接聞いた方が、信用性あるから。」


言いづらそうに口にした清光から、彼女からの言付けを聞くと、眉を吊り上げていた彼も、神妙な顔をして頷いた。


「そうか…。確かに、主の言う通りかもしれんな。彼奴等は、まだ主の事を全く知らない。俺達も、まだほとんどの事を知らないが、俺達を気遣ってくれての事なのだろう…。解った。彼奴等には、俺から説明しておく。」
「うん。任せたよ。俺は、主が少しでも楽出来るように、これから色々とある仕事のサポートしなきゃいけないし、政府からの支給を受け取らなきゃいけないから。」
「嗚呼。此方は任せておけ。主の事、頼んだぞ。」


二人だけで会話をし、事を伝え終わると、それぞれの役目を理解し、それに準ずる。

仮の近侍を務める清光は、彼女のサポートを行う為、政府から届くという荷物を受け取る準備に取りかかる。

政府側も、当本丸の引き継ぎ処理に追われており、本日、漸く後任の者が訪れるとの音沙汰だった。

―その頃、審神者部屋へと一人戻った律子は、床の間に横になっていた。

朝方起きた時と比べて、明らかに身体が酷く怠いのだ。

おまけに、視界がぐるぐると安定せず、力が入らない。

思うように身体を動かせないのである。

思っていた以上に霊力を消耗してしまったようで、彼女は重く溜め息を吐いた。


(―まだ、此方側に馴染みきっていないのか…。頼り無いな、これじゃあ…。皆の主として、見放されないと良いな…。)


仰向けに横たえていた身で、ごろりと寝返りを打つ。

ぼんやりとした頭は、次第に霞がかっていく。

ふいに、畳に向けていた視界が何かを捉えた。

白と黄色の毛並みをした小さな足だ。


「ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ございません…っ!お休み中、失礼致します。本日より、此方の本丸付きになりました、管狐のこんのすけと申します。貴女様が、当本丸の引き継ぎ審神者の栗原律子様でございましょうか…?」


小さな身をしゃんと正して、礼儀正しく口上を述べる、新しく来た管狐のこんのすけ。

ゆっくりと身を起こすと、未だ気怠いが小さく返事を返した。


『そうだよ…。君が、新しい管狐のこんのすけだね?』
「はい…っ!僕は、まだまだ新人故未熟者ですが、精一杯勤めさせて頂きたく思います…!」
『ん…頼もしいね。私も、半端な奴だから、色々とサポート宜しくね。』


それだけを何とか紡ぐと、ボスリッと身体を横たえさせた。

如何せん、力が入らないのだ。

喋るのにも気力を使う為、今の彼女にはかなりしんどく感じる。


『就任早々悪いんだけど…私、力使って消耗してるから、喋るのも辛いんだわ…。申し訳ないんだけど、これからの事云々の細かい話は、後にしてもらえるかな…?少し眠りたい…。』
「これは、気が利かずに申し訳ありません…!前任からは、ある程度お話を聞いております。なので、今はゆっくり休んでください。審神者様の身体を労り、ケア共にサポートするのも、僕のお仕事ですから。」
『ありがとう…。もしかしたら、私が寝てる間に清光が訪ねてくるかもしんないから…その時は、私が寝てる事伝えて?』
「了解しました。お任せくださいっ。」


意気揚々と意気込む新人の政府からの遣いは、彼女の目が閉じられるのを見届けると、首輪に付いた大きな鈴にポフリと触れた。

途端、鈴から映し出される映像。


「……挨拶は無事終了っと…。後は、主様である栗原様が起きるのを待つだけですね…。」


ポフリと再び鈴に触れれば、シュンッと映像が消える。

そうして、眠る彼女の顔辺りにお座りすると、彼は小さな身体を脱力させた。


「はぁ…っ。これ程までに消耗しきっているとは…。事態は、思った以上に深刻なようですよ、前任…?これは、気を引き締めていかなければなりませんね…っ。」


人知れず重い溜め息を零すと、モフリッ、と尻尾を一揺らししたこんのすけであった。


執筆日:2017.12.01