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顕現



薬研から大人しくしていろと言い付けられ、言われた通り居間で大人しくしていた律子は、疲労もさながら、やはり疲れがたたっていたのか。

気付けば眠りこけていて、柱に寄りかかったまま、コクリと頭を揺らしていた。


「…眠ってしまわれましたね…。」
「口ではああ言いつつも、やはり疲れていたのでしょう…。仕方ないお人ですね。」
「夕餉の時間まで、寝かしておいてあげましょう…。」
「そうですね。風邪を引かないよう、掛ける物を持ってきます。お小夜が使っていた物が丁度ありますから、それを持ってきましょう。」


腰を上げた宗三は、自室である左文字部屋へと向かう。

居間の部屋から然程離れていない為、すぐに目当ての物を持って戻ってくる。

起こさないよう、そっと優しく彼女の身へと掛けた。


「ゆっくり休んでくださいね…。焦らず、気長にやっていきましょう…。」


弟にしていた時のように、優しい手付きで彼女の頭を撫でる江雪。

ほんのちょっぴり寄っていた眉間が、静かに緩むのであった。


―薄暗い場所に居た…。

夢の中だろうか、辺りには、林以外に特に何も無い。

ふいに、少し離れた場所に、いつか見た小さな祠が見えた。

導かれるように、僅かな光があるそちらへと歩いていく。

祠の目の前、足元には、あの時見た黒猫が澄ました様子で座っていた。


「にゃぁ〜ん…っ。」


まるで、待っていたぞとでも言うような面構えで此方を見上げ、一鳴きした猫。

スッと両手を差し出すと、立ち上がり、此方へ歩んでくる。

手前程で小さく跳躍し、彼女の胸元へ飛び込むかのように思えた。

だが、黒猫は、彼女の身へと融け込むようにするりと消えた。

彼が消えた胸元から、微かな光の粒子が舞い、透け消えた。

ホワリと温かくなる胸。

彼女は、ゆっくりと眼を閉じた。


―薄日が目蓋を照らしているように感じ、意識が覚める。

緩やかに眼を開くと、小さな子と目が合った。

一つの瞬きの間に、一瞬だけ、彼女の両の眼が金色に煌めき、戻る。

ほんの一瞬見えた金色は、今は黒に消えていて見えない。


「あ…っ、起こしてしまいましたか…?すみません…っ。タオルケットだけでは寒いかと思って、僕のマントを掛けようと思っていたのですが…。」


彼女を起こしてしまったと申し訳なさそうな顔をして言う、色素の薄い茶色のおかっぱヘアーな男の子。

粟田口短刀が一振り、前田藤四郎である。

側には、同じく粟田口短刀の乱藤四郎と秋田藤四郎が居た。


『…嗚呼…、いつの間にか寝ちゃってたのか…。ありがとう。』
「いえ。タオルケットは、宗三さんが掛けてくださっていたようです。」
『そうか…。後で、御礼言わなきゃな…。』
「大丈夫?主さん…?大分疲れちゃってるみたいだけど…。」
「もうすぐ夕餉ですし、大広間の方まで、ゆっくり一緒に行きませんか?主君…っ!」


寝惚け眼を緩やかに瞬かせて、緩慢な動きで頷くと、ずるりと腰を上げて立ち上がる。

短刀の子等には、すっかり懐かれたような律子。

ゆっくりとした歩みで大広間まで向かえば、皆が温かく迎えてくれた。


「起きれましたか…?身体は大丈夫ですか?」
「よう寝ちょったにゃ〜っ。気分はどうかえ?」
「さぁ、もうご飯は出来ているよ。疲れた君の為に、精のつく物を作ったんだ。冷めない内に食べてくれ。」


タオルケットを掛けてくれた宗三から順に、陸奥守と歌仙が喋る。

用意された審神者専用の席に座り、横隣の者を見遣った。


「あーるじっ、傷、すっかり治ったよ。どう?可愛くなった?」
「君のおかげで、私も完全復活さ。これで、精一杯君に尽くす事が出来るよ。」


最後に残っていた負傷者組の二人が、彼女を優しく迎えてくれる。

緩やかに頷いた彼女は、柔らかく笑んだ。


「俺も忘れないでくれよっ!君のおかげで、今はスッキリ頭が冴えてるんだ…!久し振りに気分が良い!!伽羅坊も、今やすっかりピンピンだぜ!!」
「…おい、止めろ。俺を巻き込むな…っ。」


いきなり肩を組まれた倶利伽羅が、迷惑そうに鶴丸の腕を振り払う。

清光の隣に座る山姥切も、ぎこちなく口を開き、布で顔を隠しながら話す。


「俺も…っ、その、色々とすまなかった…っ。礼を言う…。」
「ふふ…っ、兄弟、顔真っ赤…!」
「うっ、うるさい…っ!見ないでくれ…!」
「良いねぇ、和やかで…。僕も気持ちが良くなるよ。気分の事だよ…?」


赤くなった山姥切を微笑ましく見つめる堀川に、穏やかな笑みを浮かべたにっかり青江。


「ホラ、主さん…!早く食べよう?」
「冷めちゃいますよ?」
「今日は御馳走ですよ!」
「おかわりなら、幾らでもあるぜ?しっかり食って、体力付けないとな。」
「たっくさんつくってますから、ドンドンたべてくださいねっ!」


短刀の子等が、口々に声をかけてくる。

皆、病み切っていた心も浄化されて、清々しい顔付きだ。


「此処はもう、今や君の本丸さ。皆が、君を主と慕っている…。君は、俺達の主だよ。」


一番離れた席に座った蜂須賀が、乱の隣で穏やかに告げた。

久々に、穏やかかつ賑やかな食卓だった。

本丸暮らしも、悪くないな…。

しっかりたらふく食べてお腹いっぱいになった律子は、眠りに就くのも早かった。


「全くもう…っ。寝るのなら、部屋で寝ないと、休まるものも休まらないでしょう…!」


呆れの溜め息を吐きながらも、しっかりと彼女を審神者部屋まで運ぶ長谷部だったが、その顔は緩やかに笑んでいる。

仕方ないな、とばかりな笑みだった。

ちゃんと肩まで布団を着せてやって、「おやすみなさいませ。良い夢を…。」と一礼してから出ていく。

翌日、彼女が起きたのは、昼過ぎだった。


「よっ、おはようさん、大将。体調はどうだい?」
『…めっちゃ寝てた…。』
「疲れてたんだろ?しっかり眠れてたんなら良かったぜ。」


普段の生活からしたら、寝過ぎたおかげで、若干目蓋が腫れている。


「やぁ、おはよう。何だかまだ眠たそうだねぇ…?」


にっかりと笑んで、廊下の先から歩んでくる青江。

昨日よりかは幾分楽だが、やはりまだ身体には倦怠感が残っている。


『今日は、刀に戻っちゃった子達を顕現させても良いよね…?』
「まぁ、今の状態なら、大丈夫だろう。しかし、無理は絶対しねぇ事だ。顔色が優れなくなったら、即止めさせるからな。」
「おっ、漸くあの子等に逢えるんだね…?楽しみだねぇ〜。」
「何々、何ですかぁ…!?何かやっちゃうんですかぁ!?」
「どうやら、俺達の兄弟を再び顕現してくれるらしい…。」
「…!へへ…っ。そっかぁ〜…っ!どんな顔して逢えるか、楽しみですね!!」


本当に嬉しく思っているのか、眩しい笑顔でニカッと笑った鯰尾だった。

ちにみに、これは余談だが、本日の彼女が着る代わりの服は、堀川の内番服ジャージである。

朝餉を食べ終え、審神者専用の羽織を羽織ると、力尽きた刀達を鍛刀場に運び、並べる。


「刀剣男士を呼び起こすには…本体である刀に触れて、主の霊力を注ぎ込むようにして、刀に呼びかけるんだ。本来は、神降ろしって言う作業になるんだけど…今回は、眠りに入ってるのを起こすだけだから、そんなに霊力は消耗しないと思うよ?眠ってる刀のほとんどが、短刀っていうのもあるしね。」


仮の近侍として、彼女のサポートを行う、本丸の初期刀清光が解りやすいよう説明してくれる。

彼の言う通り、目の前に並ぶのは、短刀が三振り、打刀が一振りであった。

計四振りを、これから再び顕現させるのだ。


『それじゃあ、始めようか…っ。』


四振りある内の一振りを手にして、そっと力を込める。


『汝、目覚め給え、刀に宿りし神よ。我に力を貸し給え、我の身許より再び顕れん。』


厳かな台詞と共に刀から光が発すれば、光が収縮した向こう側に、桜の花弁が舞い落ちた。


「平野藤四郎と言います!お付きの仕事でしたらお任せください。…っと、此処は……意識が途切れる前に居た本丸の鍛刀場では…?」


花弁を舞わせて顕れたのは、粟田口短刀の一振り、平野藤四郎であった。

茶色のおかっぱ頭が印象的である。

続いて、再び呼び起こしたのは、これまた粟田口短刀の一振りだった。


「俺の名前は博多藤四郎!博多で見出された博多の藤四郎たい。短刀ばってん、男らしか!……アンタがもしかして、此処の新しい主ね…?」


今度の子は、赤い眼鏡のよく似合う、活発な少年というイメージの子であった。

商人魂がそうさせるのか、かつて、顕現して間もなく練度の低さから姿を保てなくなって刀に戻る他なかった彼は、真っ先に警戒心を露にした。

長谷部と同じく、黒田に居た刀だ。

初めて逢った時の彼と似たような態度を取られても、何ら可笑しくはなかった。

取り敢えず、続け様、残った二振りを呼び起こす。


「僕は、五虎退です。あの……退けてないです。すみません。だって、虎がかわいそうなんで。……あれ?貴女は…どちら様ですか…?」
「やあやあ、これなるは、鎌倉時代の打刀、鳴狐と申します。わたくしはお付きのキツネでございます!おや…?何やら、此処は見覚えのある場所ではないですか…?鳴狐?」
「…そうみたいだね。」


まとめて顕現させてみたのは良かったものの、やはり、一度眠りに入っていた為か、同じ場所で目覚めたとあって、些か混乱を見せている四振り。

力を使った事による脱力感を押し隠しながらも、笑みを作って、自己紹介を始める。


『皆とは、初めましてになるから、初めまして。私は、この本丸を引き継ぎ就任する事になりました、猫丸です。宜しくね。』
「久し振り、平野、博多、五虎退、鳴狐。詳しい事については、俺や長谷部が説明するから、取り敢えず、場所を移動しよっか。皆、お前等の事、待ってるよ。」
「皆…という事は、皆さんご無事なんですね…!」
「うん。全員、ちゃんと手入れされて元気だよ。」
「よ、良かったです…っ!すごく心配してたので…。」
「何と…!わたくし達が眠っている間に、色々な事があったようでございますぞ?」
「長谷部元気にしとうと?嘘やなかね?」


驚き半分、警戒心と嬉しさで半分、といった風な反応の彼等は、果たして律子を受け入れてくれるのだろうか。

審神者としての責任の重さに、不安渦巻く胸中だった。


執筆日:2017.11.22