14.隙間の光
「……」
「落ち着いた?」
レストランを出て車に乗り、わたしはすぐに頭痛に見舞われた。
私の様子に気づいた総司さんは、近くのコンビニに車を停め、助手席のシートを倒して“ちょっと待っててね”と小走りに店内へ入っていった。
暫くして何かを買ってきたのか、ビニールバッグを持ち、その中から保冷剤とタオルと缶のお茶を取り出した。
「……?」
「タオル、乗せて…これで、頭冷やせば冷たすぎないでしょ?」
保冷剤をタオルでくるみ、私のおでこに当てた。持たされた缶のお茶も冷たくて、ズキズキと脈打つように痛かった頭も、段々と痛みが和らいでいく気がした。
「少し休んでから、戻ろうね」
「…、はい」
頭を撫でられながら感じた。いつもなら違和感しか感じなかった総司さんの手のひらが、慣れというのもだろうか…。こうして少しづつ、私の中の総司さんへの恐怖や違和感が慣れというもので消えていくのだろうか…。
わからない。そんなのは違う、嫌だと心のどこかで思っていても、わたしの記憶の中で総司さんと、もしかしたら…というのも湧いて出てきている。
「このまま眠れたら、眠っちゃいなよ」
「……でも」
「着いたら、ちゃんと起こしてあげるからさ。」
「…、いえ、起きます…」
頭にタオルを当てたままシートを起こし、気丈に振る舞った。まだ頭は痛むけれど、わたしの中での総司さんは、まだ…
「僕のこと、信用…できない?」
「……」
何も答えられない。
そんな、困ったような顔をされても、わたしは答えられない。信用とかの問題なのだろうか…。総司さんという人に対して私はどういう感情を抱けばいいのかも、ぐちゃぐちゃになってわからなくなってきている。
だから、わたしは
「わかりま、せん…」
そうとしか答えられなかった。
「そっか、流石に傷つくなぁ…」
そう、総司さんが言葉を発したのが最後。そのまま二人共無言になり、沈黙した空気のまま、車はマンションへと走りだした。
部屋についた途端
そうだ、ユイちゃんに渡しておきたいものがあるんだ。
そう言って総司さんは、わたしをまたあの高圧的なソファへ座らせて、早歩きで自室へと向かった。何を、渡されるんだろう…。もうあの用意された部屋でも何でもいいから、少し、一人になりたい…。
「痛い…」
未だズキズキと痛む頭。わたしはこめかみを押さえながらゆっくりとため息を吐いて背もたれに身体を預けた。
部屋から戻ってきた総司さんは、携帯電話会社の名前の入った紙袋を手に持っていて、それをわたしに手渡してきた。
中を見れば、白い箱が2つ。
「携帯、ですか…?」
「そ。無いと不便でしょ?」
箱の中を見れば、スマートフォンと充電器。
「説明書はアプリに入っているから、わからない事あっても大丈夫だよ」
「これ…!」
「覚えてる?」
このスマホには覚えがある。
わたしが以前使っていたやつだ。
「これならすぐに使えるでしょ? アカウント取ったりとかの手間は同じだけど、明日からの通院に使えればいいと思って、同じのを探したんだ。」
「…ありがとう、ございます…」
「……よかった」
「?」
よかった。の意味がわからなくて、スマホの画面から目を離して総司さんを見た。
「やっと、表情が和らいだから」
「………」
今までにないほどに優しい笑顔をたたえながら、総司さんはわたしのことを見つめていた。
覚えていない、だろうけど。と総司さんは前置きをして大きくため息を吐いて、口元を覆いながら目元を赤くしてこう言った。
「僕、ユイちゃんの笑顔が本当に大好きなんだ…。僕は、ユイちゃんの笑顔に何度も救われた、だから、今度は僕が…」
「……、そう、じ、さん…?」
総司さんの言葉の続きを聞きたい、けれど頭痛はガンガンと鐘を鳴らすようにまた激しく痛み出した。わたしは堪らず小さく呻いて、また頭を押さえた。
「もう、休もうか。退院したばっかりで無理させちゃったね」
「………」
肩を抱かれて立たされた。
優しい言葉とは正反対の強引さで、私はびっこを引いたまま部屋へと連れて行かれ、ベッドに座らされた。
「お風呂を用意しておくから、好きなときに入ってね。僕は少し部屋で仕事をしているから。」
「……しご、と…?」
「社長さんになったんだよ。ぼく」
ふふ。と得意げな表情をして後ろ手にドアを占めて部屋から出て行った。
足音が遠ざかるのを聞きながら、私は身体を横に倒してベッドに身を沈めた。
「そっか、会社、継いだんだ……。……あぁ、スマホ、設定しないと…」
総司さんが会社を継ぐことを嫌がっていたことが、急に思い出された。
でも、今、社長さんて言ってたから、後を継ぐ事にしたんだ、と普通に思えた。
こういう事は、総司さんの事とはいえ、覚えていたんだな。
そっか。総司さん頑張ったんだ…。
所々、思い出してきているのかな。やっぱり、わたしのことを知っている人と接すると違うのかな…
スマホのアカウント…パスワード覚えてたかなぁ……
まぶたが重くなる。
お風呂に入らなきゃ、スマホの設定しなきゃ…、荷物の確認、しなきゃ…
しなきゃしなきゃ。と思いながら、わたしの意識はゆっくりと沼の中に沈んでいった…。
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2016/02/08
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