14.日常

*「玄関先でのお見送りはまた今度してね」
「…うん、今度…ね…。」
「じゃあ、僕もそろそろ行くね。」
「うん、行ってらっしゃい………」


立ち上がって私の部屋のドアに手を掛け、振り向きざまに総司君は手を降る。

パタン、と優しく音を立てて総司くんは部屋から出て行った。


「………」


お粥はまだ温かい。
だけどいつものように、私を癒してはくれなかった。

もう喉を通らなくて、 持っていた匙を力なく手から落として身体中の力を抜く。


「……………」


まだ重怠い身体をベッドに放り投げて、ほんの少し、私は昨日の事を思い返す。




『僕があんなことしたのは、一君からユイちゃんを引き離したかったから、だよ。』




昨日、全てを話し終えて総司君がそう言った。

私の携帯に一君の名前が入っている事を知った総司くんは、それだけで私と一君との間に何か関係があると感じた。

もし何かがあれば…、キスマークをつけられた私を一君がどう扱うかを…


「…………」


結果は総司君の想像を上回ってしまったようで、あの後ひたすら頭を下げられた。

これまで総司君に頭を下げられた事なんて無かったから、それもあってか、私は総司くんこれ以上責めることができなかった。

総司くんのした事は、ゆるせない。
だけど今更問い詰めてどうなると言うんだろう。

一君が私にした仕打ちが、如実に言っているじゃない。

私は、一君の………。

それに…、一君の話を聞いてしまった今、総司くんの意図がなんであれ、疑念が頭を過ってしまい、もう元に戻ることは…。


「………」


ぽす、と枕に顔を埋めて一つため息を吐く。


あと少ししたら、気分転換に図書館にでも行こうか…。

泣いたまま眠ってしまったから、頬の皮膚は乾いた涙で引き連れていて、きっとひどい顔になっているだろう…。

シャワー浴びて、身ぎれいにして…
外の空気を吸えば、なにか変わるだろうか。

ベッドに手をついてのろのろと身体を起こし、重い足取りでズルズルと身体を引き摺るようにして浴室に辿り着く。

釦を外し、パジャマの前を開ければ嫌でも目に入る一君のつけた身体中の痣と歯型。

洗面台に映る私の身体は、本当に目もあてられないほどに痣だらけ。

鬱血して赤黒く変色した醜い身体。

だけどこれが今は私にとって唯一、一君と繋がっていたという目に見える形。


「…………」


痕を見ればどうしても思い出してしまう一君のこと。
それを見て涙を流す事を、今はまだ許してほしい。

それでも徐々に痕は薄らいでいくから、痣が消え、肌が綺麗に元通りになった頃には、私も少しは落ち着くだろうか。


付けられた歯型をそっとなぞれば、ぴりぴりとした痛みが走って、その存在を主張する。

一君から何か決定的なものを言われたわけじゃない。
だけど私には真実を聞く勇気もなければ、一君の真の心の中の気持ちを受け止める程の強さもない。


ひと目も憚らず、私に深い口付けをしたり
欲望のままに私を求め、だけどその欲望に必ず私を引き摺りこんでそして互いに高みへと昇って。


“あんたを抱きたい”


何度も言われた言葉。
そしてそう言われるたびに、私の心は雷鳴が轟き
大きな音を立ててビリビリと痺れたようにして、喜びに打ち震えていた。

求められている喜び、そこに愛が確立していたかなんて
未だ分からなかったけれど、それでも私は嬉しかった。

一君に触れられ、はじめ君の唇で食まれ、舌で暴かれて融かされて…


一君の熱に穿たれて狂わされて


溺れて、溺れて…。



それでも、もう、終わりなんだ…。

私の中を駆け巡った熱は、もう跡形もなく泡のように消え去っていくんだ。

この痣と共に…。

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