15.懐う

*カレンダーを指でなぞる。
もうすぐお父さんの命日だ。


総司君もお線香あげたいって言ってくれていたから、お墓参りは一緒に行こうかな…。



あの日から、数週間たった。


もちろん、というか
やっぱり、というか。

一君から連絡は無く、私の身体の痣も薄らいで、もう数えるほどしか無くなってきてしまっている。

一つ、二つと痣が消えてゆく度に、一君が私から遠のいてゆくようで、残った痣を撫でては
一人お風呂で声を殺して泣いていた。

それに気づいていたのかは、わからない。
だけど総司君は私の気を紛らわせるために、夜、寝付くまで側にいたり、なるべく私が一人の時間を作らないようにしてくれていた。


『僕は自分のやったことに後悔はしていない。その事でユイちゃんが悲しむのも覚悟の上だよ、だから僕を責めていいんだよ』


そう言ってくれた日もあった、けれどそんな事をしても、もうどうにもならない。


“どうして?”
そう問うたのは後にも先にもあの日だけ。

私はふるふると首を横に振って、泣きながら笑顔で総司君に“もういいの”と返すしかできない。

困ったように、呆れたようにして総司君は私の頭を何度も撫でる。

総司くんも目当ての寮が空き、晴れて来週そっちに引っ越しをする事が決まった。
それまでの彼なりの償い、なのかもしれないけど

救われた。

喪失感から悲しみに明け暮れて泣いた日も勿論あった。

私が泣いている時は、黙って側にいて、時折背をさすったり頭を撫でたりと宥める事をし続けてくれた日もあった。

いつか、ふと悲しみが押し寄せても涙が滲むだけになった頃


父の命日。


泣いてる場合じゃない、前を向け

そう

お父さんが背を押してくれたような気がした。

お父さんが大好きだった私は、父が他界した時、泣くことができなかった。
泣いてしまえば父の死を認めてしまうことになるからって、出棺の時まで泣かずにいた。
霊柩車に入れられ、火葬場で焼かれようとする父の棺を見た時、斎場の人をはねのけて棺にしがみついて


焼いたらなくなっちゃう!と泣き叫んだ。


「………っ」


つきん、と胸がつかえる。

たしか………
泣き叫び取り乱した私を抱き締めてくれた人がいた、筈…。

母じゃない、総司君でもない…

誰かに私、抱き締められて
私はその誰かにしがみついて大声で泣いて…


「……っ」


知っている、香り…
今ではもう、恋しくてたまらない香り…!



一君、だった……!?



お向かいさんだから、母どうし仲が良かったから
…確かお通夜もお葬式にも参列していてくれた。


「……………」


彼との共通点が薄かったわけじゃないのが分かったところで、それは今更だけど…。

泣きじゃくる私を抱きしめる力強さに、いつの間にか心静まって
私はやっとお父さんを見送る事が出来たんだ。

ぽたり、また枯れかけていた涙が弧を描いて落ちる。


「……………」


あの時、私を抱きしめてくれていたのが一君だと、気づいていたらなにか違っていたかもしれない。


“あいたい”


もう何度頭の中で後悔したか、悔やんだかわからない。


“あいたい”


今更だ、今更だと打ち消してはまだ鮮明に一君の事を想っている事実。


“あいたい”


目を背けたいのに掘り起こされる記憶や思い出

こんな日からいつか開放される日が来るの?と思えるくらいそれは永遠で

お父さんが呼び起こしてくれた記憶を抱きしめて、私はしばらく泣き続けた。




「あいたいよ……っ……はじめくん……はじめくん……!」

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