Girl Sunny.

「……これで、終わりかな?」
『ええ、もうモンスターの気配はしないわ。依頼人に報告して、報酬を貰いましょう』

木々が生い茂る森の中。少女は刀身に付いた血を振り払い、腰元の鞘へ収めた。その周りにはとても1人で捌いたとは思えないほどのモンスターが倒れている。
少女はモンスターの亡骸を一瞥し、再び視線を淡い光を放つ剣へと。

「今日はこの依頼だけでお終いだね」

声はなく、頷くように点滅。それを確認した少女は目印につけていた木の傷を辿りながら街へと戻っていく。
少女の名前はユウリ。街を転々としながら何でも屋ーーいわゆる依頼人から依頼を受け、なんでこなす事ーーを営みながら生計を立てている。
そして腰元にいるのは、1000年前に活躍したソーディアン・ユヴェントス。彼女と生まれ育ち、家族のように絆を深めてきた。
両親は、いない。気づいたらユヴェントスとこうして旅をしていた。幼かった頃育ててくれた義母に何度も何度も丁寧にお礼を重ね、こうして旅をして早3年。少しずつ名前が知れ渡り、今では街で歩いていると声をかけられ、依頼されることも少なくない。

他愛のない話をしながら依頼人ーーイレーヌの屋敷へ足を踏み入れると、そこには先客がいたらしい。少し前に芸術家さんに描いて貰ったの。と教えてくれた肖像画の前に薄桃色のマントを羽織った少年が佇んでいた。イレーヌの屋敷に入れることの出来る人間は限られている。住み込みで働いているメイドか、イレーヌ本人。そして、ユウリのように依頼を受けて派遣されてきた人間のいずれか。
朝依頼を受けたとき、そのような話は聞かなかったのだが急用の依頼なのだろうか。
そう思案し始めたとき、

「あ……」

少年が、視線に気づいたのか振り向いてきた。その顔は人形のように整っていて、さらには流れるような黒髪に思わず魅入ってしまうほどの綺麗なアメシストの瞳。だが声を発したのはこれが原因ではない。彼がまとっている服ーーいや、制服といったほうが正しいかーーに声を上げたのだ。
青を基調とした、一見儀礼用に見えるそれは実際は戦闘用に作られているのでかなり動きやすい。
これを着れるのは、王国軍に属する客員剣士のみ。現在、客員剣士として迎え入れられているのはこの世界で唯一人……リオン=マグナスだけだ。

「……なんだ。先程から人の顔をじろじろと」
「あ!? え、えとー…ご、ごめんなさいっ」

別にじろじろ見ていたわけではないのに、と内心ぼやきながらも反射的に謝る。リオンはそれを冷たく見下ろした。その態度に頬が引きつりそうになりながらもそれを懸命にこらえ、イレーヌを待つためにソファへ腰を下ろす。
しかし沈黙と気まずい空気に耐えきれなかったユウリは笑顔を浮かべ口を開く。

「……えっと、客員剣士さんは何か依頼を受けてここへ?」
貴様には関係ない
…………

強制終了。今度こそ頬を引きつらせながら困り果ててしまう。屋敷に入る前にイレーヌは街の視察に出ていると報告をもらっていたので、まだまだ彼女が戻ってくる気配はない。
会話が成立しないのなら、眠ってしまおう。思い立って瞼をおろしかけたとき、

『……シャルティエ?』

自分の腰元から声が上がった。

『……ユヴェン中将!?』

そしてリオンの腰元にある、綺麗な装飾の剣からも声が上がりユウリは目を見開いて立ち上がった。
それはリオンも同じだったのか微かに表情が変化したがーーそれはすぐに無くなり、また無表情へと。だがその目線はユヴェントスに向けられ、訝しげだ。

「ユヴェントス、知り合い?」
『知り合いも何も、何度も聞かせたじゃない。私の直接的な部下だったって』
「あ{emj_ip_0792} ピエール少佐だね!?」

ユヴェントスに頼み、聞かされていた昔話。1000年前の出来事を当事者から知れることに興奮を覚えていた彼女は、いつもその話を子守唄代わりにしながら眠りについていた。
何よりも興味を持ったのは、気は小さかったけれど努力を怠らず最終的にはソーディアンチームの仲間入りを果たしたピエール=ド=シャルティエという、ひとりの少佐だった。

『中将まで目覚めているなんて……』
『なに? 不満?』
『い、いえいえ! そんな、滅相もない{emj_ip_0792}』

乾いた笑みを溢しながら全力で否定するシャルティエにこらえきれずユウリは噴き出してしまう。
もっと厳ついイメージがあったのに、総崩れである。

「おい」
「くく……っん?」
「なぜソーディアンを持っている?」
「なぜ? わかんない」

答えが気にいらなかったのか盛大に舌打ちをされた。わからないものはわからないのだから仕方がないだろう。シャルティエと話をすることは叶わなかったが、いろいろと知ることができたので良しとする。すると玄関が開き、イレーヌが帰ってきた。

「あら、リオン君もう来ていたのね」
「イレーヌ」
「約束の時間まで、まだあるのに……」

ありがとう。と微笑を浮かべ、彼女はユウリに気づき近づいてきた。

「ユウリちゃんもお疲れ様、ありがとう。報酬なのだけれど……」
「はい?」
「もう少しだけ待っててちょうだい」

珍しい。彼女から依頼を受けることは多々あったが、報酬受け取りが長引くことはなかった。これまでの信頼があるため頷くとイレーヌは、周りのメイドに目配せし人払いをさせ、ユウリとリオンを応接室に呼んだ。
通された先の椅子に腰掛け向かい合う。
イレーヌは重い息を吐き、険しい表情で紡ぎだした。

「実は……この前誘拐された子どもたちの行方が、ようやくわかったの」
「誘拐!?」
「えぇ。リオン君は知っているでしょうけれど、あれからずっと捜索して、ようやく見つけ出したのよ」
「どこだ」
『穏やかじゃないわね』

リオンが低く問う。

「ノイシュタットの近くに坑道があるじゃない? その奥深くにある研究施設」
「研究施設ですか? なんでまた……」

それに首を横に振り、わからないのと小さく言う。
子どもを研究施設に連れて行く目的はなんとなくわかる。しかし何を研究しているのかまではわからない。

「だから、リオン君とユウリちゃんで助け出してきてほしいの!」
「私は、構わないですけど……」

ちらりと隣にいるリオンの顔を盗み見る。しかし前髪で表情は読み取れない。

「わかった。すぐに発つ」

そう言って踵を返し部屋を出ていってしまったリオンを見送った後に、置いていかれたと気づいて慌てて追いかける。
ドアノブを回す前に振り返り、イレーヌにお辞儀を。




きっと、この救出依頼が全ての始まりだったのだろう。

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