Discomfort and fear and.

「ち、ちょっと待ってってば!!」
『早いわね〜オリジナルの私とどっちが早いかしら?』
ユヴェントスちょっと黙ってて

応接室から焦りの声を上げ、何やら茶化してきたユヴェントスを黙らせる。
いってらっしゃいませ、と恭しく頭を垂れるメイド達にめもくれずリオンは既に屋敷から出ていってしまった。冷徹、辛辣な態度の客人には慣れているのか気にもとめずに自らの仕事に戻りかけたメイドに軽く会釈をして、ユウリは慌ててリオンを追う。

(そりゃ初対面だしお互い何も知らないままタッグを組む雰囲気になっちゃってたけども……!! もう少し気にかけてほしい…)

会話も何もなしに進められたイレーヌからの依頼。受けると答えてしまった以上断ることはできない。
ぶつくさ文句を言いながらも追いかけると、一直線に坑道に向かっていたわけではないらしく物陰に佇む男性に何やら言っている。
この距離からは聞こえないがーー急いで追いつけば聞こえるはずーー男性の胸に彩られている紋章は、明らかに世界の中でトップな企業オベロン社のもの。
立ち止まっているためなんとか追いつくことができ、息を整え改めて二人を見る。が、既に話は終わっていたようで男性はこちらを一瞥し、品定めでもするかのように上から下まで何も読めない表情で見つめてきた。
自分は相手を知らない。気味が悪くなったユウリは体を守るように抱きしめ視線を外す。

「ではリオン様、私めはこれで……」
「……ああ」

お辞儀をし去っていく男性と話を断ち切ったリオンは、こちらを肩越しに振り返った。

「何でも屋のアルカ」
「知ってるの?」
「ダリルシェイドにも滞在していただろう。人伝いで知っている」
『有名じゃない』
「………なんでそんなに睨むの?」

まず知っていることにも驚きだが、何故鋭く睨まれているのか皆目見当もつかず訝しげにリオンを見つめ返す。

「ーーー人殺しだけは受けないそうだな」
「!! だからなに」
「生温い覚悟なら今すぐにその仕事をやめろ。生きていく上で必要なことだってある」

言いながらどんどん怒気をまとわせるリオンにたじろぎながらも睨みつけてくる目線だけは外さない。ここで外せば、何かが音を立てて崩れると思うから。
ーーーこの世界には公にしない事件の裏側というものが常に蔓延っている。例えば普通の殺人で亡くなった人ではなく、暗殺者によって殺された人や、軍に属する者ーー上からの命令により殺害された事件。以前ダリルシェイドで依頼を達成して報告した際に追加報酬として貰った、いや聞いた内容。

「嬢ちゃんのために“いいこと”教えてやるよ」
「いいこと?」
「この国の客員剣士の男は知ってるかい?」
「はい、それはまぁ」
「じゃあそいつの黒い噂は」
「噂?」
「国にとってーーいや、ヒューゴという総帥にとって邪魔な奴はそいつが殺してるみたいだぜ」


それが本当なのかは分からない。知る由もないし知ったらどうなるかなんて痛い程よく知っているから。

「………おい」
「嫌だ。それが答え」
「は?」
「私がなんで人殺しの依頼だけ受けないか、またいつか教えてあげるよ。早く研究施設に行こう、子供が危ない」

イレーヌが言っていた坑道の場所はなんとなくだが分かる。リオンに先導されなくてもいけるのでユウリはそれ以上何かを訊かれる前に彼を追い越して街の外へ。
通り過ぎる瞬間、本当に一瞬だけ寂しそうな表情のリオンに目を奪われたが今は自分の身だけで精一杯。
ちらりとついてきてるのか振り返るとシャルティエと何かを話しこんでいる。この様子ならばもう少しで来るだろう。先に例の研究施設を見つけ出すのもいい。

『レンズ反応……』
「え」
『凄い微かなものだけれど』

探るように点滅させたユヴェントスは、警戒を怠らないように主に告げた。ユウリは何か得体の知れない恐怖がこみ上げてきたが、それは頭を振って払う。

「見っけ」
『当たりよ、この奥から反応がするわ』
「ユヴェントスが気付けるなら、たぶんシャルティエさんも大丈夫そうだから、少し進んでみようか」
『そうね』

冷たい風が肌に吹き付ける。踏み入れる前に注意して中を見るが薄暗くてよく見えない。危険かもしれないが行くしかないだろう。

「ーー炎よ」

ユヴェントスと呼吸を合わせ小さく詠唱を紡ぎ、足元に落ちていた少し大きめな小枝の先端に炎をまとわせる。
掲げて再度中を探る。人の手があまり入っていない坑道なのか足元はおぼつかない。崩れてる部分もなく進もうと思い足を動かしかけたとき、視界に光る“何か”が掠めた。
目を凝らしてよく見てみるとそれは、

「レンズ……!?」

そう、それはレンズだった。しかも一般に出回っているラフ、クリアレンズなどというものではなくコアクリスタルのように高密度なものであった。
さらにそれは一枚なんて量ではなく、見渡せばかなりの数が落ちている。

『どうやら、何かが起きているのは間違いなさそうね。こんなレンズを呑み込んだモンスターはそこら辺にいる雑魚とは訳が違うわ。気をつけて進みましょう』
「うん。なにか気づいたら言って」
『了解』

相棒と頷きあって進もうと思った刹那、思いがけない声に制される。

『待ってくださいアルカさん!』
「シャルティエさん?」
『ひとりは危険ですよ!』

何やら切羽詰まったような声音に首を傾げつつマスターであるリオンを見やる、が彼は俯いていて長い前髪が邪魔をして表情を窺い知ることは出来ない。

『シャルティエ、あなたどうしたの』
『はい……?』
『自覚がないのなら、いいけれど』
「……無駄話していないで行くぞ」

ユヴェントスの問答を遮るかのように声を出したリオンは、顎だけで早く行けと指示を出す。彼らの会話が気になるがおそらくリオンは聞こうというのなら遮るのだろうからここは行くしかない。
思い直しようやく坑道へと踏み出したーー。

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