01
約半年前、
志願もしていないのに半ば強制的に…嫌、がっつり強制的にブラックホークに入らされた私。
オオカミの群れに放り投げられた子猫ちゃん、だなんて周りから言われていることを私は知っている。
その呼び名は哀れみも含まれているが、ほとんどの人が面白がっているのも私は知っている。
オオカミ…というより、化け物の集団の中に放り込まれた子猫ちゃんがこれからどうなるのか…。
「大丈夫?」「ブラックホークってどんな感じ??辛かったらいつでも相談してね。」と、優しい言葉の裏には私が知りたくなかった興味本位というものばかり。
周りの目は案外冷めている。
だけど私が思っていたよりもずっとずっと冷たいものだと、これを機会に知ることができたらからいいとしよう。
知らないで生きていくよりずっといい。
心が凍ってしまうんじゃないかと思うくらいに冷たい世の中。
そこに温かい手を差し伸ばしてくれたのは、思ってもみなかった人だったのを私は今も忘れていない。
いや、
一生、忘れないだろう…
世の中の…というより、人の冷たさを知ったあの日から数ヶ月は経ち、
「名前さん。」
あぁ、この声は…
高鳴る胸と緩む顔を必死に理性で押さえつけて私は振り向いた。
「仕事中にごめんなさい。あの、少佐…知りませんか??」
振り向いて視界にとらえたのはハチミツ色の髪に優しく整った顔をしたコナツさん。
私が絶賛片思い中の人物だ。
「いえ、見ていませんよ?」
私がそういうとコナツさんは至極残念そうに「そうですか…」と肩を落とした。
その様子に『あぁ、また書類から逃げたのね…』と私は苦笑いを浮かべるしかない。
毎度毎度良くも飽きもせずにサボりにいくものだと関心さえする。
きっと今サボりに行っている彼からすると、ディスクワークをしていることのほうが信じられないのだろうけれど。
私の反面教師様だ。
「お急ぎですか?」
「そういうわけではないんですが…。自分が席を外している間にいなくなっていたので…。」
コナツさんが席を外していたことは知っていたけれど、ヒュウガ少佐のことまで把握はしていなかった。
それに書類も溜まっていて自分のことで精一杯だった。
「ごめんなさい、私も気がつかなくって…。」
「そんな!名前さんのせいじゃないんです!!イスに縛り付けておかなかった自分のせいですから…。」
「そんなに自分を追い込まないでください。今から少佐を探されるんですよね?私もご一緒せてください。」
「でも…」
「書類はこの通り、ですよ♪」
きちんと整頓された書類たちを見せると、コナツさんは「ありがとうございます。」と微笑んでくれた。
その瞬間、
あぁ、やっぱり好きだなって思った。
「少佐〜??少佐〜どこですか〜??」
「ヒュウガ少佐〜。いらしたら出てきてくださーい。ここにはいないみたいですね。中庭に行ってみましょうか?」
建物の中を探し回りながらやって来たのは中庭。
ちょっと寒いこの時期に中庭に来ると思っていなかったため、上着を執務室に置いてきていた私は、かじかむ手を擦り合わせた。
「寒いですか??」
「大丈夫です!」
だなんて強がってみたけれど、寒いものは寒い。
暑かったら脱げばいいけれど、寒いとそうはいかない。
「あの、これ…よかったら着ててください。」
差し出された黒い服。
それはいつも見ている軍服だった。
私の軍服より大きいその軍服に喉がなる。
それを借りたら絶対温かいだろう。
それに何より、コナツさんのぬくもり!!!と心臓が高鳴り始める。
「い、いえっ!!そんな、悪いです!それにコナツさんが寒いじゃないですか!!」
「僕は大丈夫です。女性は身体を冷やしてはいけませんから。」
至極真面目に言うコナツさんに小さく笑いが漏れた。
その言葉、お母さんにも言われたことある。
「?どうしたんですか?」
「いえ。本当に大丈夫です。それに私が勝手についてきただけですから。」
「でも、ついてきてくださって助かったのでこれくらいさせてください。」
「私、何も助けてなんて…」
「助かりましたよ。ほら。」
コナツさんの目線の先にはベンチの上に寝転がっているヒュウガ少佐。
何というか……凍死してんじゃないだろうか。
むしろしていてくれてもいいと思う。
殺しても死ななそうな人だから、この際ぽっくりとね。
そしてあわよくばコナツさんが少佐になって、そのべグライターに私が……。
………イイ!!!
それすごくイイ!!
「名前さんが中庭行ってみようって行ってくださらなかったらこんなに早く見つからなかったです。ありがとうございます。」
コナツさんの天使のような微笑みと肩にかけてくれた軍服の上着で、私の邪な考えが浄化される。
「あり、ありがとう、ございます…」
「こちらこそ。」
いそいそ、もぞもぞとその上着に袖を通してみる。
コナツさんはアヤナミ様やヒュウガ少佐より小柄ではあるが、私よりは遥かに大きい。
私にはこの軍服は肩幅も、袖の長さも、首周りも、全てがぶかぶか。
だけれど、すごく温かい。
「えへへ。」
何だかニマニマが止まらなくて、私はその笑みを隠すこともなく笑った。
あの時と何ら変わらない温かさ。
あの半年前のあの日と何も変わらない…
もう一度お礼を言おうとした瞬間、足元に何かが触れた。
「へ?」
下を見ると全身汚れている猫が私の足に擦り寄っていた。
警戒心の強い猫にしては珍しい…。
「猫ですね。」
「猫…ですね。」
私は呟きながら驚かせないようにゆっくりとしゃがみこんだ。
「迷子でしょうか??」
「どこから入り込んできたんでしょうね。」
「えぇ。首輪もないので飼い猫というわけでもなさそうですが…。」
この寒空の中にこの猫はずっといたのだろうか。
拾って温めてあげたいけれど、そんなことをしてもキリがない。
捨て猫を見るたびに拾うだなんてできないし、それに第一、軍内に動物を持ち込むなんて…。
言われずともペットなど飼えるはずがないことはわかっている。
私はポケットからニボシを取り出して猫の前にぱらぱらと置いた。
「…よしよし。」
それを食べる猫を撫でてやれば、猫はくすぐったそうに身を捩った。
「そろそろ、行きましょうか。」
「はい。」
「ばいばい、猫ちゃん。」
私は猫に声を投げかけて、(凍死していてほしい)ヒュウガ少佐を(凍死していたらいいなぁと思いながらも)起こすために立ち上がった。
「……名前さん、一つ聞いてもいいですか?」
「はい?」
「なぜポケットにニボシが入ってたんですか…?!」
私は人差し指を唇に当ててにっこりと微笑んだ。
「女の子のポケットには何でも入ってるんですよ♪」
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