02




深い眠りと夢から覚めた私はゆっくりと瞳を開いた。

寝ぼけ眼には辛い朝日がカーテンの隙間から漏れていて目を細める。

上半身だけを起こして『懐かしい夢を見たなぁ。』としばらくボーっとする。


あれは確か私がここに来た時の出来事だから……恐らく3年半前か。

『ここに来た時』とは『ブラックホークに来た時』ではなく、『この世界に来た時』だ。

つまり、私はこの世界の人間ではない。

夜道を散歩していたらいつの間にか見知らぬ道を歩いていて。
迷子になった。と自覚した時にはすでに帰路は見当たらず。
しかも何だか見たことのない建物が並んでいる上に人っ子一人見当たらないときたものだから、私はグルグルと混乱する頭で呆然と道の真ん中に立っていたんだっけ。

そしたら

『深夜に女性が一人で歩くのは危ないですよ?特にここら一体は治安も悪いですから……っえ?!?!な、え、ぅ、え?!?!』


コナツさんが話しかけてくれたんだ。

不安で不安で仕方がなかったから話しかけてくれた安心感が襲ってきて、急にその場で泣きじゃくってしまって。
今となってはものすごく恥ずかしいと思うけれど、同時にあの時のコナツさんのうろたえ様といったら可愛かったなぁとホクホクもしてしまう。

複雑な乙女心です。


家の住所を教えても『日本?』と問い返されてしまうし、ここは日本じゃないのかもと思って『ジャパン』と英語で言ったものの、これにも困った顔をされた時はどうしたらいいのかわからなかった。

聞けばここはバルスブルグ帝国の第一区とか。

そんな地名全然知らなくて、夜も更けているのに朝日が昇る頃まで二人で考えた。
そうするとどうしても行き着いたのは『異世界』というもので、来ようと思って来たわけではなくいつの間にか来ていたのだから帰り方もわからず。

帰れないかもしれないと思うと余計に混乱してしまって、また私はそこで涙を流した。

今度はハンカチを差し出してくれたコナツさんはさっきよりも落ち着いてはいるものの、どこか落ち着かなさそうにそわそわしていたのを覚えている。

思えばあの日からずっと気になっていた。
コナツさんのどこを好きなの?と正直聞かれても困る。
だって惚れる要素はたくさんあったもの。

泣くじゃくっているのに放りもせずにずっと側にいてくれた。
差し出してくれた綺麗なハンカチ。
何より安心できる笑顔。


私はベッドからゆっくりと起き上がって身支度を整え始めた。
顔を洗い終わると、歯を磨きながら髪は綺麗に梳かして寝癖がないかしっかりとチェック。
目の下に隈はできてないかな?と鏡を見て「よし、大丈夫」と呟いた。

皺一つないパリッとした軍服はもうすっかり着慣れてしまった。
皆と同じ軍服なのに、コナツさんとお揃いとか思ってしまうあたりはさすがに自分でも苦笑してしまう。
でも思ってしまうのだから仕方ない。


私は自室を出て鍵を閉めると執務室に向かって歩き始めた。



そういえばコナツさんはそれから行く中てのない私を拾ってくれて衣食住を提供してくれて。
それだけでなく、戸籍がなくてどうしようとオロオロしている私を雇ってくれるバイト先まで探してくれた。

それから1年間は私は一人暮らしして、毎日一生懸命働いて節約してお金だって貯め始めた。
カフェの仕事もそれなりに楽しくて。
何よりたまにコナツさんが私の様子を見に来てくれるのが嬉しくて。


「おはよ、あだ名たん」

「おはようございますヒュウガ少佐。今日はちゃんと起きれたんですね。」

「たまにはね☆」


執務室に向かう途中でヒュウガ少佐と会った。
彼にしては珍しく遅刻が原因でアヤナミ様にもコナツさんにも怒られず済みそうだ。

あぁ、そうそう。
ヒュウガ少佐と出会ったのはカフェのバイトを始めて1年が経ちそうな時だったっけ。


確か『コナツが最近やけに休日をしっかり取りたがり始めて、しかもその休日にいそいそと出かけてるから後をつけてきたらキミのトコに着いたってわけ♪』と、コナツさんが仕事で来れない日を狙って来た、って言ってた覚えがある。

最初は胡散臭い笑みに警戒もしていたけれど、コナツさんの話を聞かせてくれるものだからあっさりとその警戒心は解け。
あまつさえ『あだ名たん、コナツのこと好きでしょ。』とまで言い当てられてしまったんだ。
喰えない人だなぁと思ったけれど、素直に頷いてみたら、今度は『じゃぁ士官学校に通って軍に入りなよ☆ブラックホークに入ったら毎日コナツに会えるよ♪』という言葉に唆されて私は迷うことなく士官学校に入ったんだ。


後日コナツさんには『ヒュウガ少佐の言葉は鵜呑みにしないで下さい!』と言われたけれど私の決意は固く。

一生懸命貯めていたお金を入学金に支払って士官学校に入り、軍人になれば学費は免除になるという事実は金欠だった私には、当時とてもありがたかった。
私はこの世界のことを全く知らないから一から勉強して、ザイフォンなんてものを学んで。

戦闘が苦手でイヤになるときもあったけれど、嫌味なくらいナイスタイミングで『コナツと一緒の職場だよ』とヒュウガ少佐からメールが送られてきたりと…。

結果オーライだが上手く乗せられてしまったのだ。


「あだ名たん最近コナツとどう?」

「どうって……普通です。」

「ちゅーした?」

「し・て・ま・せ・ん!」


何てこと言うんだ、と恥ずかしくて一睨みするがヒュウガ少佐は楽しそうに笑ってばかりだ。


軍に入って半年。
最近やっと気付いた。
この人、絶対私達のこと面白がってる。

私に軍に入るように唆したのだって、こうして毎日私達で遊ぶためだったんだと思う。

今更ながらに『ヒュウガ少佐の言葉は鵜呑みにしないで下さい!』という言葉にしっかりと頷きたくなる。

だけど実際コナツさんと同じ職場だから…うん、別にいいや。
茶化されたって弄られたって、コナツさんとまた今日も顔を合わせられるんだって思ったらそれだけで幸せになれる。


「ニマニマしてるよ〜あだ名たん。」

「えへへ〜ヒュウガ少佐のおかげですね〜」

「何が?」

「毎日コナツさんと顔を合わせられることです。」


ヒュウガ少佐が私をカツラギ大佐のべグライターに推してくれなかったら、戦闘が苦手な私は絶対にブラックホークになんて入れていなかっただろう。

その分ディスクワーク頑張るし、苦手分野を克服だってしていきたいと思っている。


「見てておもしろ、心配だから側で見ていたくって☆」

「わざわざ言いなおさなくてもいいですよ。もう面白いってほぼ言っちゃってるじゃないですか!」

「あだ名たんってば寝ぼけてるんじゃない?」

「寝ぼけてません。」


これでもこの人に恩があるんだよなぁ。
ヒュウガ少佐が助言してくれなかったら、今もきっとあのカフェでバイトをしているだけで、コナツさんとの距離は縮まらなかっただろう。

仕事をしないヒュウガ少佐を怒るコナツさん、
そして書類から逃げた少佐を探す困っているコナツさん、
私が困っていると優しく微笑んで教えてくれるコナツさん、

いろんなコナツさんを知っていって…

出会った頃よりもっともっと好きになっていった。


「はい、あだ名たんまたニマニマしてる〜。あ、コナツ!聞いてあだ名たんがね〜」

「ぁ、ちょ、ゃ、ヒュウガ少佐っやめてください!」


先に執務室に入っていくヒュウガ少佐の後を走って追いかけながら、「どうしたんですか?」と首を傾げるコナツさんを何とか誤魔化した。


「いいねぇ、あだ名たんの反応♪」

「茶化さないで下さいとは言いませんから、せめて朝は止めて下さい。」

「名前さん。コーヒー飲みますか?」

「飲みます!」


きっとコナツさんは朝最初のコーヒーを皆に出すつもりなのだろう。


「私も手伝います!」

「コーヒー淹れるだけですから大丈夫ですよ。座ってて下さい。」

「手伝わせてください!!」


できるだけ。
一分。
一秒でも。

側にいたい貴方に恋する乙女なんです。


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