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第一区に店を構えるこの花屋では、春はチューリップが店を明るくさせ、夏はひまわりが映え、秋はコスモスが優しげに揺れ、冬は香り高く水仙が店先に並ぶ。
そしてまた季節は廻り、人も花も廻る。

人にあげるために花を買ってゆく人もいるし、花が好きだからお部屋に飾るために買うと理由は様々だが、花を買ってゆく人は皆、どこか優しい顔をしている。
私は花も、買ってゆく人の表情も、それら全てを見るのがとても好き。
だから私の小さい頃からの夢はお花屋さん。
そしてその夢は叶っちゃっていたりする。


「うーん…。」


そんな私はお店の定休日、思い切って不動産屋さんに来ていた。
不動産屋の面に張ってある物件の広告を見るも、一人で住むお部屋はお高い。
払えない額ではないのだが、お金を貯めたい私としてはいっその事誰かとルームシェアしてでも節約したかった。
だけど友人達は恋人と同棲していたり、または実家で暮らしていたりするし、ルームシェアには興味も関心もないようなのだ。
困ったものの、とりあえず動いて見なければと定休日の今日、試しに不動産屋に来てみたのだが、如何せんお値段がお高くていらっしゃる。

ルームシェアの物件の枠に目を通していると、誰かが隣に並んで私が見ていたのと同じ張り紙を凝視していた。
この人もルームシェア希望なのだろうか。
ほんの好奇心で隣の人を盗み見る。
私より背が高く、見上げなければ顔が見えない。
どうやら隣に立った人は男性だったようで、私とそう大差ない歳のようにも見える。
太陽の光に照らされているはちみつ色の髪がとても素敵だと思った。


「えっと、何か僕についてる?」

「っ、い、いえっ!!ごめんなさい何でもないです!」


つい凝視してしまっていたようで私は彼と目が合い、話し掛けられるとすぐに目線を外して目の前の張り紙へと視線を戻した。
どこかで見たことがあるような気もする。
…お客さんだっただろうか、それとも街でただすれ違っただけだっただろうか、全然思い出せない。
会った事あるかと聞きたいけれど、お客さんだったら失礼になるかもしれないと、男性の方も特に私を見たことがある風でもないし、気のせいかもしれないのでそっとしておく事にした。

それにしても、知らない女にジッと見られて嫌な思いをさせてしまっただろうか、もう一度謝った方がいいかもしれないと思っていると、「ルームシェア希望なの?」と声を掛けられた。
まさかそちらから会話が降って来るとは思っても見なかった私は、『謝った方がいい』という思考が慌て出し、「ご、ごめんなさい!」と謝ってしまった。
なんて噛みあわない会話だと自分でも思う。

タイミング間違った!と恥ずかしくなった私を他所に、彼は「そんなに必死に謝らなくても全然怒ってないし気にしてないから。」と噴出すように笑った。
何とも嫌味のない笑顔に毒気が抜かれた私は少し落ち着きを取り戻し、小さく頷く。


「あ、えっと、はい、ルームシェア希望です。」

「やっぱり?さっきからずっとルームシェアの張り紙見てるからもしかしてって思って。僕もルームシェア希望なんだ。」

「そうなんですか。ルームシェアってやっぱり安さに惹かれます。」

「だよね。…君さ、もうシェアする相手って決まってるの?」


はちみつ色の髪を揺らしながら首を傾げるその仕草がなんとも可愛らしい。
私より年上なのだろうけれど、そういった仕草が幼く感じさせて私の警戒心をスルリと解いていってしまうようだった。


「それが中々見つからなくて…。貴方は決まっていらっしゃるんですか?」

「僕も決まってないんだ。気を遣う相手っていうのも疲れそうだし、シェアする相手はよく考えないとなぁ。」

「難しいですよね。」


頷きながら小さくため息を吐けば、隣の彼は「そうだ!」と晴天の空にも負けないくらいの笑顔で「ねぇ、ここで会ったのも何かの縁だと思ってさ、僕とシェアしてみない?」と提案してきた。

シェアする相手がいない私にとっても、彼にとっても良いお話しだとは思うけれど、私は女で彼はどうみても男性だ。
色々と起きてはいけない間違いが起こるかもしれないと決め付けるのは女の過剰意識かもしれないし、女性にあわよくば悪戯をしようなどとは欠片も思っていない男性にだって失礼かもしれないが、いつ、どこで、女性が、男性に、なんて最近よく聞くニュースだからやはり警戒しておくに越したことはない。
男性による間違いが起きないことも大切だが、女性はそれを起こさせないことも大切だ。


「お話は嬉しいのですが…。」

「そうだよね、普通は断るよね。でも僕は絶対に嫌がる女性に何かしたりしないよ?ルームシェアってお金の貸し借りとか家賃の滞納とか、金銭面で揉めたりもするって聞くけど、家賃は絶対滞納しないし、お金の貸し借りもしない。早めに部屋決めたくて困ってるんだ。ね、どうかな?」

「どう、と…言われましても……」


それが本当ならこれほど好条件はないだろう。
見たところ身なりも綺麗だから、部屋を片付けないとかはないようだし、何より誠実そうに見える。
…そう見せかけているだけなのかもしれないけれど、私は客商売をやっていてたくさんの人を見てきている。
だから少しくらいは人を見る目があると自負していたり。


「…ごめんね、困らせちゃって。やっぱり忘れて?気長に同性のシェア相手見つけるよ。」


困っているのはどう見ても彼のようだ。
自嘲するように笑う彼に、私は思い切った決断をした。


「あ、あの!……その、やっぱり…私でよければ…シェアしたいな、と。」

「ホント?!ありがとう!僕コナツ=ウォーレン。君は?」

「名前です、名前=名字。」


今日初めて会った私達は互いに名乗り、よろしくと笑いあう。
そして何のご縁なのか、ルームシェアをすることになったのだった。




***




その日はそのまま不動産屋で連名で2LDKの部屋を契約した。
何かあっても2人で責任を取れるようにと提案してきたのは彼で、真摯なのが伺えた瞬間だ。
この人とシェアすると決めたのは間違ってないかも、と思い始めた瞬間で、そう決定付けるのは些か気が早いかもしれないが、あまり不安もなかった。
むしろこれから人生初のルームシェアだなんて楽しみで仕方ない。
物事を楽観視しすぎてしまわないように気をつけないと、と自分に言い聞かせながら、着々と契約を進めていった私と彼は、お互いの連絡先を教え、また後日会う約束をして分かれた。

それからは荷物を纏めたりと忙しく、ついにやってきたルームシェア当日。
私は彼の荷物が少ないことに驚いたりもしながら荷解きを始めた。
聞けば彼は職場に寮があって、いらない荷物はそこに置いてきたらしい。
何故寮があるのにルームシェアをするのかと疑問に思っていると、それを悟ったのか彼は、寮といっても仕事の延長のようで落ち着いて休むことができないからだと教えてくれた。
確かに職場に寮というのは、人にも依るだろうけれど息が詰まる人だっているだろう。


「手伝おうか?」


自分の荷物が少ないせいか気を遣ってくれているようだ。
優しい彼にありがとうと返すも、自分の荷物は自分で片付けなければとやんわりと断った。

玄関から入り、廊下から右の扉が私の部屋、左の扉がコナツさんの部屋だ。
廊下を真っ直ぐ進むとLDKがあり、その右隣にはベランダが、左隣には浴室とトイレがあり、各部屋以外のそれらは全て共同スペースと決めた。

荷解きが一段落してリビングに行くと、コナツさんが丁度飲み物を淹れていたようで、オープンキッチンから「コーヒー飲む?」と声を掛けられた。


「いただきます。」


あまり多くない荷物だったとはいえ思っていたよりも疲れてしまった。
ルームシェアするにあたって2人で選んだ毛足の長いラグに腰を下ろし、クッションを抱きしめる形でうな垂れた。
因みにこのオレンジ色のビーズクッションは私の私物だ。


「お待たせ。」


爽やかな笑顔と共にコーヒーが差し出されて、私はありがとうと受け取り、喉に流し込む。
やっと一息つけたことに頬が緩んだ。


「疲れた?」

「はい。でももう片付いたので、後はのんびりできそうです。」


リビングにはまだラグとガラス張りの丸いテーブルしかなくて物寂しい。
キッチンには、寮で生活していたというコナツさんがキッチン器具を持っている訳がないので、私の調理器具が収納されている。
好きに使ってくれて構わないと言ってあるが、果たして男性且つ寮生活だった彼が料理をできるのかどうか些か怪しいものだ。

これからこの部屋は2人の物で溢れていくのだろうか。
想像してみると、何だか同棲しているようだと気恥ずかしい気持ちになったが、そんな浮かれてはいられない。
明日からはまた仕事だし、気持ちを入れ替えなくては。


「ねぇ、名前…でいいかな?呼び捨ては嫌?」

「平気です。私の方が年下なんですし、気にしないでください。」

「ありがと。色々と決まりをハッキリさせないとだよね。」

「そうですね。例えばお互いのプライベートルームには入らないとか。」

「うん。決める事はいっぱいあるけどさ、一先ず今日の晩御飯は一緒に引越し蕎麦とかどう?」


前に引っ越した時は一人で住んだため寂しく引越し蕎麦を食べていたが、今回は違う。
他人と引越し蕎麦を食べるなんてルームシェアの醍醐味かもしれない!なんて一人ウキウキしながら元気よく「賛成です!」と右手を上げた。

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