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「ふぁ…」


大きな欠伸を一つしてプライベートルームの部屋から出た私は、リビングへ繋がる扉を開いた。
人が居ない部屋というものは何故こんなにも寒いのだろうかと右手で左腕を擦り、暖を取りながら更に温かさを求めてキッチンでコーヒーを淹れる。

それを持ってラグの上に座り、ブランケットを膝に掛けてリモコンでテレビを点けると、お天気お姉さんが今日の天気を教えてくれていた。
因みにこのテレビは先日私が商店街の懸賞で当てた2等の商品だ。
私のプライベートルームにはすでに一台あるため、コナツさんの了承を得てこのリビングに置いてみた。

ここ最近の私は何だかツイている気がする。
ルームシェアの相手も部屋もすんなりと決まり、テレビが当たり、花屋の仕入れではこの前安くで薔薇が手に入った。

目の前にあるテーブルの上のパンをむしゃりと食べ、またコーヒーを嚥下した。
うん、やはり目覚めの一杯はコーヒーに限る。

一人優雅な朝を送っていると、玄関のほうからガチャリと鍵が開いた音が聞こえた。
おや、まさかの朝帰り。
そんなあからさまな色事をしてきそうな殿方には見えないが、彼も男性だ。
彼女がいてもおかしくなくて、私は何事もなく振舞おうととりあえずまだ帰って来たことに気付かないフリをする。
こういうとき、女系家族の私はどうしたらいいのかさっぱりわからないのだ。

ガチャリとリビングの扉が開かれ、おかえりなさい。と口を開きかけた私は帰って来た彼を見て絶句した。

目の下にはくっきりと隈ができており、もうヨレヨレのクタクタ。
ひどく例えると使い古された雑巾のような印象をも持たせる彼の姿に、私はおかえりなさいよりもまず「大丈夫…ですか?」と声を掛けていた。

彼とルームシェアを始めて、この様子は今までで一番ひどい状況じゃないだろうか。


「もしかしてまた徹夜ですか??今回は一体何日徹夜したんですか。」

「…ごめん、覚えてない。」


コナツさんはそう言うなりラグの上に倒れるように寝転がった。
これはもう女性と何かあって朝帰りとかではなく、ただ仕事が今さっき終わったといわんばかりで、私は自分の膝の上に掛けていたブランケットを彼に掛けてあげた。


「コーヒー飲みますか?」

「………コーヒーは飲み過ぎてしばらく見たくない…。」


三泊置いてやっと返って来た返事に、そろそろ彼は夢の世界へ旅立ちそうだと悟る。
徹夜するためにコーヒーを飲みまくったのだろうことが伺えて、私はココアでも淹れようかと立ち上がり、キッチンでココアを淹れ、彼の元に戻るとすでに屍のように眠っていた。
どうやら一足遅かったようで、私は持っていたココアをテーブルの上に置いて、そろそろ仕事に行かなくてはいけない時間だと仕度を始めた。

眠っている彼に、風邪を引かないように念のためもう一枚ブランケットを被せた私は小声で「いってきます。」と声を掛けて玄関を開けた。

燦々とした太陽の陽射しに目を細め、徹夜明けの彼にこの陽射しはさぞ辛かっただろうと苦笑しながら鍵を閉める。
今日もいい天気だ。




***




「ではラッピングさせていただくので少しお待ちくださいね。」


コーヒー店の道向かいにあるこの花屋で、私は先日安くで仕入れたばかりのバラをメインに花束に仕上げていく。
この花束を買われた男性が一体誰にあげるのかと想像するだけでも何だか幸せな気持ちになる。

中性的な顔立ちのお客様を見ていると、ふと、家を出る際に倒れるようにして眠った同居人を思い出した。

ルームシェアを始めて一ヶ月が経ったが、改めて考えてみるとコナツさんは両手で事足りる程しか帰ってきていない。
そんなに忙しい仕事なのかと気になって、プライベートのことを聞くのはルール違反なのかもしれないと思いながらも恐る恐る聞くと、彼は『上司が仕事してくれなくて』と言葉を濁していた。
聞かれなくなかったかもしれない。
サラリーマンにしてはコナツさんは土日祝日も関係なく仕事に行くし、何よりスーツではなく私服だ。
職場で着替えるのか、それとも私服でのお仕事なのか、それさえも見当がつかない。
人に言えない仕事となると非常に危ない香りがしてくるのだが、彼からはそんな感じは一切しないし、疑問は募るばかり。
気になる。
気になるが深く入り込める立場でもないため、この疑問は私の胸の中にしまった。


「お待たせしました!」


出来上がった花束をお客様に渡して「ありがとうございました」と見送り、私はバケツに活けてある花達の水を換えようと次の作業に移った。

そういえば、私達がルームシェアするにあたって取り決めた決まりごとがある。
基本的に食事は各々で取る事になっているけれど、コナツさんが帰って来たときは私が作って一緒に食べる事になっている。
その代わりコナツさんはゴミ出しだったり、力仕事をしてくれる。
色々と取り決めがされたが、特に不平等な決まりごとはなかった。
どこからどう見てもイイ人だ、彼は。
そこがまた怖くも在るのだけれど。
だって彼は何か隠しているような気がするのだ。

しかしとにかく今は何のトラブルもなく過ごしているし、お風呂を覗かれたりとか、物がなくなっているとかそんなことは一切合切なくて、それが一ヶ月も続いている私はかなり安心していた。




***




「ただいま帰りましたー。」


夕方、薄暗くなり始めているにも関わらず、帰ってみると電気は点いていなかった。
もしかしたらもう仕事に行ってしまったのかと思いながらも、クセでそうひとり言を漏らしながらリビングの扉を開く。
今日も何てことない一日だった。
いつも通り仕事に行き、馴染みのお客さんとおしゃべりしたり、定時で仕事も終わって、リビングには薄暗い中コナツさんが転がっていて………ん?


「え、コナツさん?!!?」


ラグの上に寝転がっている彼は朝と何一つ状況が変わっていないように思えた。
死んでんじゃないのこれ!?と電気を点けて側に駆け寄ると息はしているらしく胸元が上下していた。

まさか朝からずっとここで眠っていたんじゃ…と思ったが、テーブルの上に置いて出かけたはずのココアの入ったカップは空になっているし、どうやら一度は起きて、また寝たであろうことが伺えた。
余程疲れているのだろうがキッチンにも調理をした形跡はなく、どう見ても彼は何も食べていない気がする。

一先ず荷物をプライベートルームに置いて、私はロールキャベツをコトコト煮ている間にお風呂を沸かすために浴室へ行くと、浴槽は綺麗に洗ってあった。
きっと彼が洗ってくれたのであろう。
蓋をしてお湯を溜めながらまた夕食の準備に戻って出来た料理をよそう。
テーブルに二人分のロールキャベツとマカロニサラダ、それとこんがり焼いた米粉パンを置いたところで、もぞりとブランケットが動いた。


「いい匂いがする…。」


起きて開口一番のそれに私は笑いながら「ご飯できましたよ。」と声を掛ける。
そろそろ起こそうかと思っていた矢先だったので丁度よかった。
彼は寝ぼけ眼のままムクリと立ち上がると洗面所の方へ行き、しばらくすると顔を洗ってきたのかスッキリとした顔で戻ってくるなり食卓につき、「いただきます」と手を合わせた。


「お疲れのようですね。」

「しょ、…上司のせいでね。仕事してくれたらもっと尊敬できるんだけど…」

「『もっと』ということは今もちゃんと尊敬されてるんですね。」


コナツさんの上司とは一体どんな方なのだろうと想像してみたが、何せ情報が少なすぎるためやむを得ず断念した。


「どう?ルームシェア慣れた?」

「そうですね、一ヶ月も経てば。コナツさんはどうです?」

「仕事が忙しくてあんまり帰ってこれないけど、慣れたかな。名前のご飯もおいしいし。」

「ありがとうございます。」


いつも、おいしい。と言って食べてくれる彼に、私は毎回嬉しくなる。
一人で食べる食事は味気ないから、余計に。


「身体壊さない程度にお仕事頑張ってくださいね。」

「それ是非とも上司にいってやって欲しいなぁ。」


うな垂れながら切実に訴えるコナツさんに私は小さく笑いながらパンを一口口に入れた。


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