03 恋人繋ぎは私の特権!



私の通学路。
それは高校の裏門を出て街を歩き、そこから少し小道に逸れて軍のほうへと向かう。
茂みに入りこみ、草木を掻き分けてしばらく歩く。

それから四つん這いで人が辛うじて通れるくらいの穴があいた壁を通り抜けると、そこは軍の中庭の片隅。
ちょうど草木が生い茂っているおかげか、外からもこの中庭からも見えないこの穴を他の人は存在すら知らない。
私が蹴って開けたこの穴を。
ここら辺の壁がものすごく脆くなっていてくれて助かった。

そうして私はいつもカツラギさんに会いに行くのだ。
制服だけど堂々としていれば逆に怪しまれないもので、きっとお偉い方の娘とでも思っているのだろう、咎められたことはない。


「あ、名前さん。」


コナツくんを発見したと思ったら、コナツくんもちょうど私に気付いたらしく、互いにニコリと笑った。


「こんにちは。重そうですね、半分持ちます。」

「大丈夫ですよ。」

「執務室に戻る途中なんでしょう??だったらこれくらい持たせてください。」


私はコナツくんの腕から半分の書類を取った。
彼はブラックホークの中でも私と年齢が近いので勝手に親近感を感じている。


「ありがとうございます。でも、今日は執務室に来てもカツラギ大佐は集中的に会議が入っていて、執務室にいませんよ??」

「そんなー!!」


カツラギさんに会うためにちゃんと起きて、カツラギさんに怒られないために学校行って、カツラギさんに会えると思ってたから真面目に勉強してきたっていうのに、カツラギさんに会えないなんて!!
私の日々はカツラギさんに会うためにあるといっても過言ではないのに!!


「お帰りがいつになるかわからなくてもよかったら、執務室にいてもいいですけれど…、」

「居る。居たい。会いたい。」


即答すると、コナツくんは苦笑して執務室の扉を開けてくれた。




***




さらりと髪を撫でられる感覚に私は閉じていた瞳を開けた。
カツラギさんを待っている間にどうやら眠っていたらしい。
カツラギさんの椅子に座って、カツラギさんの机にうつ伏せになっていたその顔をゆっくりとあげると、目の前には会いたくて待ち遠しかった彼が立っていた。


「カツラギ…さん?あれ?会議は…?」

「今日はもう終わりましたよ。」

「そっか。皆は?」


キョロキョロと寝ぼけ眼で執務室を見渡すが、私達二人以外誰もいない。
いつも執務室は静かだけど、今はいつも以上に静かに感じた。
おしゃべりなヒュウガがいないからだろう。


「ちょうど先程帰られました。今日は皆早めに上がったんです。」

「今何時ですか?」

「19時ですよ。」


あらら、もうそんな時間??
私は椅子に座ったまま、立っているカツラギさんの腰にへにゃりと寄りかかるように抱きついた。


「会いたかった〜」

「はい、私もです。でも待っていなくてよかったんですよ?」

「会いたかったの〜」


顔をカツラギさんの服に埋めると、胸いっぱいにカツラギさんの香りを吸い込んだ。
家に帰っても寂しくならないように、今のうちに吸い溜めておこうと思った私はまるで変態のようだ。


「もう陽も暮れてしまいましたから、送っていきますよ。」


いつもは陽が明るい内に帰されるから、送ってもらうのなんて初めてだ。


「いいんですか??忙しかったんですよね??疲れてるんじゃ…」

「いいんです。会いたかったのは名前さんだけではないということですよ。それに、名前さんに会ったら疲れなんて吹き飛んでしまいました。」


やんわりと微笑まれて、私は赤いであろう顔を両手で押さえた。

あぁあぁぁぁ、嬉し恥ずかし、どうしよー!!
悶えていいですか??
ここで悶え死にしてもいいですか??


「送らせてくれますか?」


私は必死に首を縦に振った。
そりゃもう、首がもげるんじゃないかと思うほどに。


「では行きましょうか。」


促されて立ち上がり、よろよろと羞恥でおぼつかない足取りで軍を出る。
外に出ると、冷たい夜の空気がピンク色の脳みそを少しだけ覚醒してくれた。


「名前さん、」


軍の門を抜けたところでカツラギさんが私に手を差し出した。


「繋いでみませんか?」


思わぬ言葉に、私は戸惑いがちに頷いた。


「繋いでみたいです!!」


態度と言葉は裏腹だ。
口からは素直に元気よく「繋いでみたい」という言葉が飛び出す。
差し出された手に自分の手を重ねるとそれはもう優しく握り返されて、どちらからともなく指を絡めあった。

やばい、これは死ねる。
嬉しくて死ねる。

誰も歩いていない夜道を二人で歩く。
嬉しくてテンションがあがりっぱなしなのに、緊張して話せない私はなんてチキンなんだろう。


「いつもこの道を歩いてるんですか?」

「は、はい。」

「街灯が少ないのでやはり暗くなると危ないですね。」

「まぁ、このへんは痴漢が多いらしいですしね。特にさっき通った公園とか。」

「ではやはり陽が暮れる前に帰さないとですね。」

「逃げるくらいできますよ。」

「駄目です。」


カツラギさんにしては珍しくピシャリと言った。
有無言わさぬものの言い方をするカツラギさんは珍しく、私は口をポカンと開けた。


「暗くなってからの女性の一人歩きは危ないですよ。」

「…はぁい。」


カツラギさんが言うなら、気をつけます。
私を心配してのことだろうし、その気持ちがすごく嬉しい。


「あ、私の家ここです。送ってくれてありがとうございました。」


軍から家までは長いようで短かった。
もう少し一緒にいたかったけれど、ついてしまったのなら仕方がない。
心の中ではそうわかっているのに、繋いでいる手をなかなか離す気にはなれない。
立ち止まってモジモジしていると、優しく頬を撫でられた。
あ、キスされる…と、今までの経験が私にそう告げる。

だけど、カツラギさんは撫でただけでそれ以上はしてこなかった。
絡み合っていた指が離れる。


「今日も名前さんに会えてよかったです。」


ちょっぴり寂しくなった心がその一言によって浮上した。
たった一言なのに、何気ない一言なのに、まるで魔法がかかっているかのように私の気持ちを浮上させる。
恋人は誰でも魔法使いなのかもしれない。


「少しでも長く一緒にいれて楽しかった。」

「私も、です」


嬉しい。
楽しいと思ったのは私だけじゃなかったことが、とても嬉しい。

今日何度目かの悶えに入った私。
ホント、嬉しくて死ねる今日。
大丈夫かしら、興奮して眠れないんじゃないかしら、私。


「寝顔も、とても可愛かったですよ。」


とどめ、さされました。


何気に容赦ないカツラギさんにノックダウン!


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