06 真夜中ラブコール



「カツラギさんカツラギさん、電話番号とメアド、教えてください!!」


嬉々としてカツラギさんに詰め寄ると、カツラギさんは私の勢いに驚いたのか少しだけ体を反らして「急にどうしたんですか?」と口を開いた。
そりゃぁ執務室にやってきて開口一番がそれだったら、カツラギさんじゃなくてもそう思うだろう。
だけど私はそんなことに気が回るほど理性的ではなかった。
なんていったって、


「携帯を買ってもらったんです!!だから、だからっ!」


机に両手をついてピョンピョンと跳ねる。


「お小遣い溜めて携帯買ったんですよ。毎月の支払いはお風呂掃除と庭の水遣りで手を打ちました。だからっ、だからっ、」

「落ち着いてください。ちゃんと教えますから。」


小さく笑いながらカツラギさんはちゃんと電話番号とメアドを教えてくれた。
やったー!!と携帯を掲げると、次第に火照っていた熱も冷めてくる。
そうすると、我ながら子どもっぽかった…と急に恥ずかしくなった。


「あだ名たんオレともメアド交換しよー??」

「…まぁ、いいですよ。」

「まぁって何?!しかもその急なテンションの下がりよう!ひどい!!」


わざとらしくショックを受けるヒュウガにわざわざ弁解するのも面倒で、私は慣れない手つきながらメアドを交換し、それから他の皆ともメアドを交換して、少しずつ増えてゆくアドレスの量に何だか嬉しくなった。


「暇な時はメールしてくださいね、カツラギさん。」

「はい。」

「電話とかしてもいいですか?」

「もちろんです。」

「いつでも??」

「仕事中でなければいつでも。」

「うん、わかった!!」


らんらんる〜、と小躍りする私は最近アヤナミさんが用意してくれた私専用の椅子(カツラギさんの近くに置いてある)に満足げに座った。




***




家に帰って晩御飯とお風呂を済ませ、私はベッドにゴロゴロとしていた。
携帯を開き、メールが来ていないかなと確認する。
それはもう今日だけで何十回目という行為だったが、わかっていても見てしまうのだ。
友達からメールきてないかな、ヒュウガたちからメールきてないかな、カツラギさんからメールきてないかな、もうお仕事終わったかな。
カツラギさんと出会ってからもう半年が過ぎたというのに、まるで恋したてほやほやの落ち着かない心地だ。
まぁ、その半年を過ぎていても私達の間には手をつなぐ、頭を撫でてもらう、抱きしめる、という限られた愛情表現しかないのだけれど。

頭を撫でられた、手をつないだ、抱きしめられた。
なら次は…。

私の心はこんなにも急いているのに、カツラギさんはそれ以上のことをしてくれない。
急ぐ必要なんてないんだと思う。
だって私は、今ある幸せを噛みしめているから。
明日も明後日も、何十年後もこの幸せが続いていると信じているから。
でも、素直に『キスしたい』、と思う。

傲慢かもしれない。
それでも、触れていたいのだ。
重ねるだけでいい。
唇を重ねるだけでいいから、貴方の唇で胸が苦しくなるくらい息を止めてみたい。

ベッドの上で切なさに身を縮める。
でもそれ以上に心がギュウッと苦しくなった。
するとふと、とてつもなく会いたい衝動に駆られた。

携帯にメールはまだない。
電話もない。
時計を見るとすでに22時で、さすがにお仕事も終わっているだろうと恐る恐る電話を…かけようとしてやめた。
なんて話したらいいのかわからない。
いつも会って話しているのに何だかへんな感じだ。
カツラギさんに電話なんてしたことないし、まだメールだってしていない私にはハードルが高すぎる。
それでも、携帯を見つめて、止めて、見つめて、止めて、そんなことを続けた一時間後にはもう一度勇気を振り絞ってカツラギさんに電話をかけた。

電子音に耳を傾け、3回目のコールでやっぱり恥ずかしくなって切ろうとしたけれど、運がいいのか悪いのか、「こんばんは」とカツラギさんが電話に出てくれた。


「こ、こここんばんは!」


ものすごくどもると、カツラギさんは電話の奥で小さく笑って「こんばんは。」と言葉を紡ぎだす。
毎日聞いている声なのに、電話だと何だか新鮮さを帯びていた。
しかも耳に直に声が届くから…鼻血が出そうだ。


「何かありましたか?」

「何にもないんですけど…カツラギさんどうしてるかなぁ〜って思って…。まだお仕事中ですか?」

「いえ、仕事も終わって自室でお風呂を浴びたところなんですよ。丁度良いタイミングです。」


それは愛のパワーです。と言ってのければ、カツラギさんはさらに電話の奥で喉を鳴らして笑った。


「じゃ、じゃぁ今お暇ですか?」

「はい。」

「今何してるんですか?」

「明日のおやつの準備を少しだけ。名前さんは??」

「私はベッドの上でゴロゴロしてますよ。」

「ご飯は食べましたか?」

「はい。今日のご飯は和食で、肉じゃがでした。おいしかったです。カツラギさんの和食もおいしいですけどね。」


ちょっと作文のように片言で、慣れない電話に苦戦。
それでもやっぱり好きな人の声を聞けるのはとても嬉しい。


「明日休みなので、朝から会いに行きますね!」

「えぇ、お待ちしてます。そろそろ寝なくても大丈夫ですか?」

「う〜ん…」


何だか名残惜しい…。


「明日も会えますから、今日はこの辺にしておきましょうか。」

「…わかりました。」


カツラギさんがそういうなら…。
私は「おやすみなさい」と呟いて電話を切った。
その時の虚しさといったらない。

ベッドに大の字になって天井を見上げる。
大きくため息をついて、寂しいなーと呟いたが、その呟きはカツラギさんに聞こえることはない。
電話をしている時はあんなに楽しかったのに…。
私は思い切ってもう一度カツラギさんに電話をかけた。


「何回もごめんなさい、カツラギさん。」


今度は1コール目で出てくれた。
迷惑かな、と思いながらもやはり嬉しい。


「どうかしましたか?」

「あ、あの…暇、ですか??」


私の意図がわかったのか、カツラギさんは小さく微笑んだように吐息を零しながら「暇ですよ。」といってくれた。


「……あの、えっと…今から会いにいってもいいですか!?!?!」

「え?!」

「今から行きます!」


私は返事を待たずして電話を切ると、明日着ていこうと迷いに迷って決めていた私服に急いで着替え、家を飛び出した。
暗い夜道を半ば早足で歩く。
カツラギさんに助けてもらった公園を通り過ぎようとしたところで、後ろから足音が聞こえた。

最初こそ特に気にしていなかったのだが、その足音はずっとついてくる。
気のせいかもしれないと思い込んでいた私もさすがに気持ち悪くなってきて、少しだけ歩くスピードを速めると、不自然なほど明らかにあちらの足音も早くなって、まずい、と本能が警鐘を鳴らし始めた。
それでもただの帰宅途中の人かと一縷の希望を胸に、後ろを振り向く。
そうすると、帽子を深く被った男はニヤリと笑った。

気持ち悪い。

背筋からゾワリと悪寒が駆け巡った。
微かな街灯に照らされて見えた口元は私の恐怖を煽る。
恐怖に煽られるように駆け出せば、男はさらに追ってきた。
途中で躓きかけたが、なんとか持ち直してまた走る。
しかし恐怖でいつもより体が動かないせいで、私はあっさりと男に腕を掴まれた。


「い、いやっ!!」


触られたところからじんましんができるんじゃないかと思うくらい鳥肌がたった。


「離してよっ!」


思い切り拳を振り上げて、殴ろうとするがどうやら男も武術の心得があるらしく、私の荒々しい喧嘩で培った強さは役に立たずに壁に押し付けられた。
喧嘩がいくら強くてもこういうときにどうにも出来なければ意味がないのに、全く歯が立たない。
声が出るだけまだマシだろう。
なら思い切り叫んでやる!と私が息を深く吸い込んだ瞬間、目の前の男が吹き飛んだ。

いや、本当に文字通り吹き飛んだ。

急な出来事にポカンとする私。
私、何にもしてないよね…??と自分に確認する。
もちろんしていないことは十中八九わかっているのだけれど。
吹き飛ばされた男は地面にぐしゃりと叩きつけられた。


「え、死んでないよね?!?!」

「殺してはいませんよ。」


カツラギさんの声がして、私は軍のある方向を向いた。
あ…なるほど、カツラギさんが倒したわけね…と安心してホッと息を吐き出す。


「行きますよ。」


問答無用で手を引かれ、歩き始める。
何だかハルを公園で助けた時と同じ感じでデジャブを感じたが、それとは明らかに違うことが2つ。
まず1つは歩いている方向が私の家ではなく、軍ということ。
そして2つ目は握られている手が痛いということ。
この前も怒っているのかと不安になったが、実際心配していてくれただけで怒っていなかった。

でも今回は違うようだ。
心配して迎えに来てくれたことはわかる。
でも…怒ってる。
これはさすがに怒ってるよカツラギさん。
そりゃぁ私が痴漢が多い道を夜一人で歩いたのが悪いけど、でもそれはカツラギさんに会いたかったからで…、でも、怒らせてるのは事実で…、

うだうだと考え込んでいるといつの間にか軍に来ていて、カツラギさんの部屋と思われる自室に先に入るように促された。
全く一言もしゃべらないカツラギさんに若干慄きながらも、私は大人しく部屋の中に入る。
そこはやはりカツラギさんの自室なのだろう、とても綺麗に片付けられており落ちつきのある雰囲気だ。
そう思っていると、ふいに後ろから抱きしめられた。
カツラギさんの匂いが充満している部屋に、少しだけ落ち着きを取り戻していたのだが、抱きしめられれば落ち着いてなんかいられない。
心はわたわたと慌てふためき、体は心とは間逆で固まった。


「女性の一人歩きは危ないですよ、と…前に言いましたよね?」


珍しく地を這うような低い声に、私は体の芯から固まった。
振り向くことさえ躊躇わせるような声だ。
むしろ振り向きたくない。
怖い、絶対怖い。


「ごごごごごめんなさい。」


いつもなら抱きしめられてドキドキキュンキュンするのに、今はある意味でドキドキキュンキュンだ。
心臓に悪い。


「会いにきてくれるのは全然構いません。でも夜というのは少し考え物ですよ。」

「はははははい。」

「反省してますか?」

「してます!」


かーなーりしてます!
ちょーしてます!!
泣きそうなくらいしてます!!
ある意味さっきの痴漢より怖いですって!


「そういえばさっきの痴漢は…?」

「話を逸らさないでください。本当に反省してますか?」

「ごめんなさい。してます。」


やばい、マジで怖い。
日頃大人しい人を怒らせたら怖いって本当だったんだ…。
身を持って体験したよ。

私がビクビクとしているのをカツラギさんはしばらく黙って見つめた後、小さくため息を吐いて抱きしめている腕に力をこめた。


「心配しすぎて心労で倒れたらどうしてくれるんですか。」


あ…いつものカツラギさんの声色だ。


「もう少し女性として自覚してください。夜に会いたくなったら呼んで下さい。いつでも迎えに行きますから。」

「はぁい。」


いつものカツラギさんだー、と私はふにふにと笑った。


「聞いてるんですか?」

「聞いてますよ。」

「本当ですか?」

「本当です。」

「…怪しいですけど、まぁ良しとしましょう。あと30分もしたら日付が変わりますから、帰りましょうか、送ります。」

「え、でも、」


カツラギさん、さすがにお疲れなんじゃ…。


「送らなくていい、だなんて、まさか言いませんよね?」

「…ハイ。」


でもどうせ明日朝からここに来る予定だし…


「カツラギさん、今日お泊りしてもいいですか??」

「……はい?」


たっぷり二拍置いたカツラギさんは珍しく目を丸くした。


「どうせ今帰っても数時間後にはまたここにくるわけですし。お風呂もご飯も食べてますし、あとは寝るだけ!ね?」

「名前さん、先程女性として自覚をと…」

「ダメですか??ソファでも何でもいいですから!」

「無断外泊は、」


私は次の瞬間携帯を取り出して親に電話をかけた。
泊まってくるという旨を速攻で伝えて電話を切る。


「はい、了承は取りました!ね??いいでしょう??」


詰め寄って懇願すると、カツラギさんはものすごく悩んだあと、「わかりました…」とため息混じりに頷いた。


「その代わりベッドを貸しますからちゃんとそこで寝てください。」

「カツラギさんは?」

「私はソファで、」

「ベッド大きいんですから一緒でいいんじゃないですか?」

「……」


何を悩む必要が??
悩んでいるカツラギさんに私は悩む。


「……名前さん、意外と天然ですか?」

「どうでしょう。初めて言われましたけど。」

「…そうですか。わかりました。」

「それって一緒に寝てくれるってことですか?」

「そういうことになりますね。」

「わーい!」


もぞもぞとベッドに入り、隣に横になったカツラギさんに擦り寄る。
そうすると、またため息を吐かれた。


「どうかしましたか?」

「何でもありません。」


ヘンなカツラギさん。


「じゃぁおやすみなさい。」

「はい。おやすみなさい。」


……


「あ、カツラギさん。助けてくれてありがとうございました。」


そういって目を閉じると、「どういたしまして。」と髪を優しく撫でられた。


「名前さんに何もなくて本当によかったです。」


カツラギの理性との戦いは火蓋を切って落とされた。


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