05
「あだ名ちゃーんあっそびましょー♪」
一人部屋に残されて二時間が経った頃に、ヒュウガさんが私を訪ねてきた。
陽が傾いてきているせいか、赤い日差しは少しだけ寂しい思いをさせていたので、その軽快な声に少しだけ救われた。
特に何をするでもなく呆然と座って頭の整理をしていたけれど、どうやら今日は使い物にならないらしく、一向に整理は進まない。
だから私はヒュウガさんを部屋へ招きいれようと扉に手をかけ……思い出した。
『誰も部屋に入れるな。』という、命令にも似た約束を。
「あ、あの…その…」
遊びたいのは山々なのだけれど…約束が…。
「大丈夫大丈夫、オレだよ??アヤたんの部下のヒュウガ少佐☆アヤたんとは大の仲良しだからアヤたんもオレだけは免除してくれるよ♪」
「そ、そうなんですか??」
「うん☆」
ヒュウガさんを信じた私は、扉の鍵を開けた。
「よし、じゃぁ行こう!」
思いきり扉を開けられたかと思うと、腕を引っ張られて部屋の外へと連れ出される。
「あ、あのさすがに部屋の外にでるのはマズイんじゃ…」
「大丈夫大丈夫♪」
なんだか心配になってきたけれど…掴まれているこの腕を振りほどけそうにもない。
大人しくついていくと、ある一室に入れられた。
そこにアヤナミさんの姿は見えずホッとしたけれど、数人の男の人がいる。
「ここはオレら、ブラックホークの執務室。んで、全員アヤたんの部下だよ♪」
「この子がアヤナミ様が拾ったって子??」
私より背の低い男の子が私を見上げてきた。
「こ、こんにちわ。」
ニコ、と微笑んで声をかける。
「名前は??」
「名前です。」
なんでこんな年下にまで私は敬語なんだろうか。
答えは至って簡単、威圧感がすごいんです。
逆らってはいけないと本能が告げている。
「ボククロユリ。よろしくね。」
ニコリと微笑まれた。
か、可愛い…。
「クロたんは中佐で、そのべグライターがハルセね。」
ハルセさんと思われる人が小さく頭を下げてきたので、私も下げ返した。
「あの、べグライターって何ですか??」
「補佐官のこと。んで、鬼の形相してこっち来てるのがオレのべグライターがコナツだよ☆」
「少佐!またサボりにいったのかと思いましたよ。アヤナミ様が戻っていらっしゃる前にあそこの書類を終わらせないと怒られますよ!」
「うん。じゃぁコナツよろしく♪」
…ヒュウガさんってもしかして不真面目なんだろうか……。
「あとはカツラギ大佐がいるんだけど今はアヤたんと会議中♪だから安心して☆帰ってくる前に部屋に返してあげるから♪」
それなら…と私は頷いた。
「あがり、です。」
「またあだ名たん一番?!?!」
ソファに座って皆で大富豪を始めてから一時間が経っただろうか。
私は大富豪で、ヒュウガさんは富豪で私の大富豪の座を狙っているが一応死守している。
「名前さんって大富豪強いんですね。」
コナツさんに褒められて私は、えへへと笑った。
「名前、ボクの助っ人してよ。」
クロユリくんは私に手持ちのカードを見せてきた。
「クロたんズルイ!」
「子供の特権だよ。ね。」
小悪魔な顔をして首を傾げるクロユリくん。
私はふふっと笑って小さく頷いた。
結果、大貧民はヒュウガさんで終わった。
もちろん、富豪はクロユリくんだ。
「私が手を貸すのは今回限りですよ。」
でなければ他の人はおもしろくないでしょう??
大貧民がトランプを切る。
「あだ名たんってなんでそんなに強いの??」
「何かコツでもあるんでしょうか??」
ハルセさんまでもがヒュウガの言葉に続いた。
「コツなんてないですよ。ただ昔から賭け事には強くって。あ、でも何か欲が絡むと絶対と言っていいほど負けちゃうんですけどね。」
何も賭けていない賭け事に勝てるのに、何か賭けると負けちゃうなんて、ついてるのかついてないのか全く分からない。
「よし、じゃぁ今度はカツラギ大佐が3時のおやつに作ってくれて余ったカステラを大富豪になった人だけにあげよ♪」
カステラ!!
この世界に来て数十時間(ほぼ眠っていたが)も経つのに何も口にしていない私にはとても魅力的な提案だった。
「が、がんばります!」
「カステラ好き??」
「好きです!」
「カツラギ大佐の和菓子美味しいよ〜食べたい?」
「食べたいです。」
「オレが勝って食べよーっと♪」
「ひどいです!!私だって今回も勝ちます!!」
「ほぅ、随分楽しそうだな。」
地を這うような低い声が聞こえた。
ピシリと石化した私の横でヒュウガさんが「あ、アヤたんお帰り〜♪」などと言っている。
アヤナミさんが帰ってくる前に部屋に連れ帰ってあげるっていったじゃないですかっっ!!
「数時間前にした約束事を忘れるほど、この頭には何かが詰まっているのか?」
怖い怖い怖い!!
「大方ヒュウガにでも連れ出されたんだろう?」
「さすがアヤたん☆ナイス推測♪あだ名たんってばすんなりとオレのこと信じちゃって。いい子いい子。」
ヒュウガさんに頭を撫でられた。
何だかとっても嬉しくない。
むしろ腹立たしい気さえする。
あれ、何か私…もしかして騙された??
「名前、部屋に戻れ。」
「…はい。」
部屋を出て行こうとすると、初めてみる男の人が大富豪の優勝景品であるカステラを紙に包んで持たせてくれた。
「カツラギと申します。これは元より貴女の分ですよ。」
なんと。
またもやヒュウガさんに嘘をつかれていたのか?!?!
「ありがとうございます。」
嬉しくって、小さく微笑みを浮かべて執務室を後にした。が、私はすぐに踵を返してまた執務室の扉を開ける。
アヤナミさんを含め、皆の視線が一気にこちらに集まった。
「あの……私どっちからきましたっけ??」
……
静寂の中、ヒュウガさんが「ぷ」と小さく笑った。
ひどい、一回通っただけで覚えるわけないじゃないですか!!
アヤナミさんは相変わらず冷たい目線をこちらに向けているし。
「どうでしょう、今日はこれであがられては。昨日は遠征でお疲れでしょう?」
カツラギさんはアヤナミさんにそう提案した。
いいです!
道さえ教えてくれれば帰れます!!
「あぁ、そうしよう。」
い、いやぁぁあぁぁ!!
できるだけ一緒に居たくないのに居たくないのに居たくないのにー!!
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