06
なんといいますか…。
私は今、これでもかというくらいの居心地の悪さに苛まれています。
20数年生きてきた中で、これほどまでに居心地の悪さを感じたことがあったでしょうか。
テーブルを挟んだソファに正座中の私は、目の前に座っているアヤナミさんから見つめられている。
もとい、睨まれている。
「約束を覚えているか?」
「…はい。」
しばらくの静寂の後、痺れを切らしたアヤナミさんが口を開いた。
「では何故部屋から出たのか、理由を聞かせてもらおうか。」
「……あの………、ヒュウガさんだったらいいかなと思って……開けてしまいました。ごめんなさい。」
だから殺さないで!!
「なるほど…。ヒュウガには心を開いたという訳か。」
「えっと、心を開いたというか…」
ヒュウガさんは睨まないし、こんな威圧感は感じられないし、嘘は吐くけれどあまり怖くない。
だから普通に話せる。
ただそれだけ。
だけれどあの嘘を普通の顔で並べるのはいただけない。
少しヒュウガさんへの見方を考え直したほうがよさそうだ。
「開いたというより、なんだ。」
「……何でもないです。」
「言え。」
ぎゃ!
睨まないで!
しゃべるから睨まないで!!
「ヒュ、ヒュウガさんは嘘吐くけど…優しいかな……なんて……」
実際、緊張を解してくれたのはヒュウガさんだ。
それからクロユリくんとも仲良くなって、コナツさんやハルセさんと話して…、カツラギさんにはカステラを貰った。
早く食べたいけれど、今はまだお説教中。
まだしばらく食べられそうにもない。
「人を見る目は皆無だな。」
その言葉って私にもヒュウガさんにも悪いような…。
「街に行きたいんじゃなかったのか?」
「行きたいです。」
できれば一人で。
「ならば大人しくしておけ。暇なら読書でもしているといい。この部屋は自由に使っていい。」
「読書…本、あるんですか??」
「寝室にある。」
「読んでいいんですか??」
「そういっているだろう。」
本…読みたい…。
「少しは大人しくしておけ。」
本があるのなら、と私が頷くと、満足したらしいアヤナミさんがソファに背を預け、足を組んで寛ぎ始めたので、私はお説教が終わったのだと悟った。
早速ソファから立ち上がり、寝室に向かう。
扉をあけると大きなベッドの周りに棚が設置されており、そこには本が綺麗に並べてあった。
しかし、字が読めない。
本を手に取って中をペラペラと捲ってみるものの、全く読めないではないか。
どうやら元の世界とは文字が違うらしい。
私はがっくりとうな垂れて、本を棚に戻した。
寝室から戻ってきたそんな私の様子を見たアヤナミさんと目が合う。
「読まないのか?」
「文字が読めませんでした。」
「言葉は同じでも文字は違うのか。」
「そうみたいです。」
「…シャワーを浴びてこい。その間にこちらの世界の文字一覧表を書いておく。」
思わぬ優しさに私は聞き間違いかと目を瞬かせた。
「なんだ。」
「いえ…ありがとうございます…。」
てっきり『残念だったな、自力で覚えろ』とか言われるものだとばかり思っていたから何だか拍子抜けだ。
私は機嫌を損ねないように、言われたとおりにシャワー室へと歩みを進めた。
「あれ?アヤたん何してるの??」
「何しにきた。」
名前が風呂に入ってしばらくすると、ヒュウガが訪ねてきた。
「あだ名たんの服をお届けに♪」
紙袋を二つソファに置いたヒュウガはこちらの手元を覗く。
「文字表なんて書いて何して…あ、あだ名たんのため??アヤたんってばやっさし〜♪」
「黙れ。文字ぐらい覚えさせなければ放りだすこともできぬだろうが。」
「放り出すつもりなんてないくせに。」
「黙れといっている。」
「でもさ〜部屋から出るなとか誰も入れるなとか、そういうの止めたほうがいいと思うよ〜??嫉妬深いと嫌われちゃうよ♪それに、ただでさえ不安定なのに更に不安定にさせるようなことしてどうするの??」
そんなことなどわかっている。
閉じ込めていては名前が笑顔を忘れてしまうだろうことも。
ただでさえ今は心から笑っていないというのに。
それくらい、名前は不安定だ。
今回、この男のせいで名前は私に怒られる破目になった。
怒ったら更に名前は私に怯えた。
あの夢の中で見せた笑顔を向けられたいとさえ思うのに、向けているのはヒュウガ達。
嫌ではないけれど、全く面白くなかった。
純粋にこちらに向ける、あの笑顔が見たい。
自分が勝手に想像した夢だったとしても、名前の心からの笑顔が見たいのだ。
ヒュウガは言いたい事を言うとソファに座り、テーブルの上に置かれた名前のカステラを手に取った。
「食べるな。」
「あだ名たんのために、昨日寝た女の子に服を買いに行かせたオレへの報酬ってことで♪」
「報酬なら書類をいくらでもやる。」
「アヤたん、あだ名たんに甘くない?」
「そう見えるか?」
「見えるよ。」
ヒュウガはカステラを包んでいる紙を開けていく。
「何をそんなに面白そうなのさ。」
「……そうだな、強いて言えば、会えるとは思っていなかったのに会えたことが面白い。」
手元に置いておきたい。
「何、知り合いだったの??」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるな。」
「何それ。」
カステラを口に運ぼうとしているヒュウガの手からそれを無理矢理奪ったところで、名前が少し開けた扉の隙間から顔だけをだした。
「あの…着替えがないのを忘れてて…あ、ヒュウガさん。」
「着替えならちょうど今持ってきたよ♪はい、パジャマ。」
「ありがとうございます。」
バスタオル一枚というあられもない姿でヒュウガから着替えを受け取る名前に頭痛がする。
私にはあれほど警戒心丸出しだというのに、あの格好は一体なんだ。
「あだ名たんってば色っぽい♪今日はオレの部屋で寝る??」
「え?」
「あ、でも寝られない覚悟はして、」
ふざけたことをいい始めたヒュウガに持っていたペンを投げつけた。が、あっさりと受け止められる。
こんなことは予想の範疇だ。
「渡し終わったなら出て行け。」
「もー危ないなぁアヤたん。まだ終わってないよ。これだけは聞いておかないと。」
そういいながら名前を見下ろすヒュウガの顔は真面目だ。
「下着も用意してるけど、寝る時はブラつけるタイプ?つけないタイプ??」
その瞬間、ヤツの襟首を掴んで部屋の外へ放り出した。
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