最早見慣れた光景
「どけよ、ブス」
ガツンと、背中が蹴られた。誰かなんて、振り返らなくてもわかる。
一拍おいてわずかに前のめりになった体を起こし、ようやく袖を通すことに慣れてきた制服をパンッと一度払う。汚れが取れなかったらクリーニング代を請求してやろう。
もちろん、退く気などこれっぽっちもない。ミジンコほどだってそんな気を持ってやるもんか。
あっさりすっぱり、何事もなかったように先ほどまで楽しく談笑していたお茶子ちゃんと向き合っていた。きっと今の表情はさっきまでよりも、にこやかだ。勝己なんて知らない。
「今度一緒に駅前のパン屋さん行こうね!」
「どけっつってんだよ!クソブス!!」
己を無視して会話が続行されたことにあっさり堪忍袋の緒を切らした勝己が大声を張り上げた。うるさい。
カルシウムが足りてないんじゃないだろうか。だから背だって女の子である百ちゃんより小さいんだ。みみっちいやつめ。
なんて一人ごちていれば背後からボンッと小さな爆発音が聞こえる。授業以外での個性の使用は禁止されているってのに、当ててないからいいなんていいわけだ。
勝己が大声を張り上げて、もともときつい目を更に吊り上げているのは日常茶飯事なのだが、相手が出久ならば止めに入るクラスメイトも私の場合、クラスメイトは少し遠巻きに見守ってくる。
ねぇ、私のほうがか弱い女の子だってわかってる!?
「誰がブスよ!この爆発頭!脳みそまで爆発しちゃったんじゃないの!」
「ブスにブスっつってなにが悪ィ!テメーこそ脳みそお花畑になってんじゃねーのか!」
白状なクラスメイトへの気持ちも混ぜて勝己に応戦を開始する。
日課となりつつある勝己との喧嘩はいつから始まったかなんて覚えていない。ことあるごとに突っかかられ、暴言を吐かれ、時にはこうして暴力だって振るわれる。
時々完全にキレた勝己が個性を使って手のひらを爆発してみせるものだから、私も個性を使ってしまいたくなる。ダメだダメだ、私まで相澤先生に怒られてしまう。それに、勝己のように痕跡を残さず使うことだって難しい。
なにせ私の個性は水を操るものだ。勝己には相性がいいので大いに満足しているが、轟くんや上鳴くんといった相手には相性が悪すぎるので、なんとかしたいところ。
勝己はどうやら私との相性が気に入らないらしい。個性が発現したその日から、この喧嘩は続いているのだから。
喧嘩の発端は、そのほとんどが爆豪からの暴言。それも、謂れのない暴言ばかり。
一度クラスメイトの上鳴くんが、「好きな子ほどいじめちゃうってやつ?」とからかい半分に勝己に問うているのをうっかり聞いてしまったことがある。
ただ一言、「死ね」と上鳴くんに届いたか届いていないかのうちにボンッと爆発した音が聞こえた。
恐らく、いや確実に勝己に爆破されたんだろう。
ばかだなぁ、幼馴染だからってなんでもかんでも恋愛に繋がらないんだよ。
もしそうなら私は勝己と出久の二人の男の子を手玉にとってるんだから。
それに、まぁもし、万が一、うっかりそういう関係になるなら、勝己よりも出久のほうがいい。だって優しいんだもの。
噂好きの子なんて、どこにでもいるもので思春期ともなれば「爆豪くんと付き合ってるの!?」「幼馴染なんだからなんかあるんでしょ?」などと聞かれることがある。
その度にそう答えていた。でも、それはあくまでもそうなるならば、という仮定に過ぎず勝己のことも出久のことも、そういう風に見たことはない。とも付け加えて。
それは、半ば常套句のようなもので、出久には悪いけれど、実際心にいるのは、いつだって勝己一人だった。
だから、本当はブスだのなんだの言われるのは傷つくわけなんだけど、こういうところで泣いちゃうような子は勝己の好きなタイプじゃないのはわかっている。
むしろうざってぇとか言われて、二度と話しかけてもらえないかもしれない。
そもそも、こんな気持ちを持っているというだけでうざがられてしまいそうだ。
隠すのには慣れてしまった。今の関係を壊したくない、ただその一心なのだ。
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