臆病ネズミ


「や、あの……ほんと、ごめんなさい……きゃっ!」


バイト帰りの歓楽街。夜も深まった週末となれば当然酔っぱらいの人も多く、時々絡まれてしまう。普段なら顔も合わせずそそくさと帰っていくのだが、今日は運が悪かった。

酔っぱらった男性二人組があろうことかすれ違い様に私の腕を掴んだのだ。男性が苦手な私にとって、それは恐怖でしかなく防衛本能から個性が発動してしまった。

掴まれた腕から突き出た針状のものが、男性の手を切りつけた。男性はとっさに手を離したようで大事には至らなかったが、十分逆上に値したようだ。

路地裏へと蹴っ飛ばされた私は小さく縮こまって、必死に身を守ろうとした。個性が発動してしまわぬよう必死になっていたが、それ以上の痛みは与えられなかった。

不思議に思って振り返れば、一人の男性が先程の男性二人組を追っ払ってくれたようだ。


「大丈夫ですか?」

「ひっ……!」


私の視線に気付いたのか、助けてくれた人が手を伸ばしてくれた。けれど、それが先程の恐怖を思い出させてしまったのか、また針状のものが彼の手を貫こうとした。


「うおっ、すげぇ個性。でももう大丈夫ですよ。」


間違いなく私の個性は彼の手を貫こうとしたのに、彼の手はひとつも傷がついていなかった。


「あ、あの……大丈夫、です。それより手……大丈夫ですか?」

「ん?あぁ、俺硬化が個性なんで大丈夫です。また絡まれちゃアレだし、送っていきます。あ、俺烈怒頼雄斗って言うんですけど。」


路地から出て、ようやく見えた彼は最近テレビで話題になっているヒーローだった。たぶん、私が個性を知らないような聞き方をしてしまったから、自己紹介をしてくれたんだろう。逆光でうまくみえてなかったとはいえ、人気ヒーローに申し訳ないことをしてしまった。


「す、すみません…!テレビで何度かお見かけして知ってます。」


今日は世に言う給料日後の金曜日なので普段よりも酔っぱらいが多いようだった。なので、お言葉に甘えて送ってもらっている。


「まじっすか!俺もまだまだだな、頑張らなきゃって気合い入れたとこだったのに!」

「ちょうど影であんまり見えてなくて……すみません。」

「やー、でもお姉さんすげぇ個性持ってんですね。体変化させる系?」

「同い年ですから……そんな畏まらなくて大丈夫です。私はハリネズミの個性なんですけど、あまりうまく扱えてなくて……時々ああいう風に使っちゃって。」

「ハリネズミ!すげぇ、初めて見た!」


さほど遠くないアパートが見えてくればここで大丈夫ですと興奮気味のヒーローに頭を下げる。もう目と鼻の先だし大丈夫だろう。


「いやいや、さっきのやつらがつけてきてるかもしれないし、下まで送るぜ。」


彼の言葉に怖くなって振り返ってみたが怪しい人の気配はない。家路を急ぐサラリーマンがほとんどだ。ストーカー被害なんてあいたくない。


「あとお姉さん、もしその個性制御したくなったら事務所近くなんで連絡くれたら、俺いつでも付き合うから!」


隣でがさごそしたかと思えば差し出された名刺。もうアパートの階段は目の前だ。名刺を受け取ってお礼を言おうにもわたわたしてしまい、とりあえず頭を下げる。

ふわりと頭を撫でられたような気がするが、また個性が発動してしまってすぐにわからなくなった。

慌てて顔をあげればそれでもにこにこしているヒーローがとてもカッコよく見えた。



後日、仲の良い同僚に話をしたら烈怒頼雄斗は暑苦しくて女性ファンはあまりいないんだ、それよりもショートがかっこいいよ!と興奮気味に雑誌を見せてくれたが、私にとって一番のヒーローはあの日からたった一人なのだ。


また会いたいな、と指先が名刺の名前をなぞった。


「それ、裏なに書いてあるの?」

「え?」


同僚の言葉に名刺を裏返せば11桁の番号。もしかして、烈怒頼雄斗の携帯番号、だろうか。


高鳴る胸が鼓膜を支配した。

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