リビルドガール
「苗字、このあと暇か?」
必殺技の形がまだ定まらない、もっと考えろ。そう本日の反省点を指折り数えていたら、背後から声がかかった。
慌てて振り返れば、目に飛び込んできた鮮やかな赤と、対照的な白。
「え、轟く、え、暇……だけど。」
「なら、このあとオレの相手してくれねぇか。苗字みてぇなタイプの個性との対策考えてぇ。」
言い切るやいなや、相澤先生にトレーニング室使用の許可を取りに行った轟くん。
でも待って。そういうことなら私の上位互換に相当する八百万さんの方が適任なんじゃないだろうか。
あっ、もしかして八百万さんには声かけづらかったから私の方に?それならば、橋渡しをしてあげた方がいいんじゃないだろうか。
個性:再構築。八百万さんの「創造」のように、脂肪という原料を使ってなんでも作れる万能性はない。
名前の通り、再構築をするだけなので物質の主原料は変わらない。当然のことながら、命あるものには使えない。
しかも、体の一部が触れていないと発動しないので、使用タイミングが限られる。
この差を、林間学校で見せつけられた。
「苗字、許可降りたから行くぞ。」
「あ、あの……声、かけづらいなら私が八百万さん呼んでこようか?」
ぐるぐるとしはじめた思考を、一度止める。
轟くんは強い。だからこそ、私なんかで妥協してほしくない。 けれど、予想に反して轟くんはぽかんとした表情をしている。かと思えば少し眉間に皺がよった。
「なんで八百万が出てくるんだ。」
「だ、だって私は……」
「苗字と八百万の個性は別モンだろ。俺には、苗字の個性の方が驚異的だ。」
それだけ言うと、轟くんはトレーニング室へ行ってしまった。背中を追うように、ついていく。
とりあえず今は轟くん相手にどう戦うかを考えよう。氷なら体温の低下以外問題ないけど、炎はどうしようもない。
避けるにしても、広範囲に炎を撒かれては逃げ場がない。となると、自分に炎が当たらないように何かを作ったほうがいい。
うんうん唸りながら歩いていたら、いつの間にかトレーニング室についていたらしい。ちゃんと前を見ていなかったせいで、轟くんの背中にぶつかってしまった。
「いたた……。ごめんなさい、前を見てなくて……。」
「いや、別にかまわねぇ。大丈夫か、鼻。」
「だ、大丈夫。」
鼻は大丈夫。それよりもじっと見られていることのほうが大丈夫じゃない。なにせ轟くんはクラス屈指のイケメンなのだから。
好きとか嫌いとか関係なく、そんな顔の整った人にじっと見られたら恥ずかしい。
私の安否(?)が確認できた轟くんは既にトレーニング室に入っている。あぁ、まだ炎の対策考えられてないんだけどな。
「苗字、いくぞ。」
パキッと床が凍っていく。当然ながら地面についていた足も凍らされて、身動きが取れない。けど、これは問題ない。
足首に触れている氷からすぐさま氷球に変える。構造が複雑でないものは瞬時に作り変えられる。
自由になった足で一気に間合いを詰める。一つだけ手にした氷球を氷柱状に再構築する。間一髪避けた轟くんの頬にはうっすらと傷が出来る。
体勢を立て直した轟くんは予想通り炎をまとった。
「やっぱ苗字相手に右だけじゃ無理か。」
「体温が下がりきっちゃう前に炎使ってくれて、よかった。」
即座にかがんで床を盛り上げる。壁を作って天井まで到達させれば即席の個室だ。
思っていたより天井は高かったらしく、随分と深い穴が床にあいてしまった。私はもちろん穴の底にいる。
咄嗟に作ってしまったが故に、このあとどうするか考えあぐねる。轟くんは炎を出し続けているらしく、室温がどんどんあがってくる。汗が止まらない。
せっかくつくった氷球はすっかり液体も通り過ぎて気体になってしまった。質量がなければ扱えない。
とりあえず穴を掘り進めて、轟くんを地中から探してみる。これだけ熱いということは轟くん側はきっと最大火力で広範囲を燃やしているに違いない。
ならば、轟くん自身も動けないはず。 地上付近まで上がってみるとかなり熱い。轟くん自身は左右を使って体温調節をしてるんだろうけど、私はそうもいかない。轟くんはどこだ。
「ここ、かな。」
ほんの僅かに熱が低い場所がある。ここじゃなければ私の負けだ。掘る際に作ってきた土塊も使って人一人程度の円周に土杭を作り上げる。あとは一気に中心の土をくりぬくだけだ。
「お。」
床に穴があくとは思ってなかったのか、ストンと轟くんが落ちてきた。捕縛テープをかけて、これで私の勝ちだ。
「よかった、捕まえた。」
「あんな壁作られると思わなかった。どうして俺のいる場所がわかった?」
「あそこだけ、少し温度が低かったの。轟くんなら右も使って体温下げてるかなって思ったから。半ば賭けだったけどね。」
「熱するほうじゃなくて壁を突破する方がよかったのか。」
「突破されてたら穴の中で丸焦げになってた、かな。」
数日振りに必殺技のことを忘れて戦った。
轟くんは攻撃力もスピードもあるから、どうしても単純なものばかり作ってしまったのは反省点だな、と思考を巡らせる。
そもそもあの壁だって室内だったから出来たのであって、そこも考える余地が有りそうだ。
「苗字、今日はありがとな。」
「そんな!私こそ、ちょっとだけ課題、見えた気がするから……ありがとう。」
「1回苗字とは戦ってみたかった。それも、含めて戦えてよかった。」
「え……。」
そんなの初耳だ。確かにヒーロー基礎学とかでも当たったことなかったし、チームとしては組んだことがあったけど、戦ったことはなかった。
「多分、俺は苗字との相性が一番悪い。右は歯がたたねぇし、左はさっきみたいに防がれる。来る前に八百万の話してたが、アイツは作るまでに時間がいる。それに手を凍らせちまえば作った道具は使えねぇ。1対1なら苗字の方が相性が悪い。だから、また相手してくれ。」
穴から這い出て捕縛テープを解いていたら次の約束が交わされる。言い訳なんてさせてもらえないほど、しっかりと理由もついている。
自分じゃわからなかった、八百万さんとの違い。気付かせてもらった。
個性を認めてもらえるって、こんなに嬉しいんだ。
「私はトレーニング室戻してから帰るから、轟くん先に戻ってていいよ。」
地面に手をついて開けてしまった穴や作り出した壁を元の通りに戻していく。やはりコントロールは手からのほうがやりやすい。ここも課題のひとつだな。
一通りもどしたので、寮に戻ろう。いっぱい汗をかいたからべたべたして気持ち悪い。
一歩踏み出したらなにかにぶつかった。そんな壁際で作業してたかな、と顔を上げたら綺麗なオッドアイと目があった。
「あんなぐちゃぐちゃだったのもちゃんと戻るんだな。あと鼻大丈夫か。」
「えっ、轟く、えっ!?」
「どうせ戻る場所一緒だし、さっき外みたら暗かったから。」
なにも言ってないのに、欲しかった答えが返ってきた。轟くんはエスパーなのかもしれない。
前を歩く轟くんの背中にムンムンと念を送ってみたら振り返られた。やっぱりエスパーなのかな。第三の個性が出現したのかも。
「どうせ歩くなら後ろじゃなくて隣にいてくれ。いなくなられてもわかんねぇ。」
学校で襲われるんなら、それは轟くんのせいでもない気はするけど、止まってくれた轟くんの隣まで足を速めた。
鼓動が少し早い気がするのは、きっと走ったから…だよね?
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