押し付けられた雑用
戻ってきた出久の指には包帯が巻かれている。個性対策は終わってからでも構わない。意識はすでに次の試合に向けた。
瀬呂くん対轟くん。
瀬呂くんは最初からあまり勝てる気はしないと言っていたが、対策はあると言っていた。
ステージを見ていれば、速攻を仕掛けた瀬呂くんの個性があっさりと轟くんを捕まえる。
けれど、なんだか轟くんの様子がおかしい。今まであまり感じたことのない轟くんに背筋が凍った。
次の瞬間、視界は一面氷に覆われた。すぐ目の前までせり出してきた氷は、会場中の空気を一気に冷やして吐く息が白く濁る。
ステージが今どういう状況なのか全く分からない。けれど、この超巨大範囲攻撃では、瀬呂くんの個性では逃げることはおろか、抜け出すことも出来ないだろう。
事実、ミッドナイト先生の声で瀬呂くんの負けがわかった。自然と周囲からドンマイコールが起きる。だんだんと溶けていった氷は視界を広げて、見えた二人の様子はいつもとあまり変わらなくて、少しだけ安心した。
『次の試合にうつる前にステージを乾かす小休憩だ!目が離せない展開が続くから、トイレは今のうちに行っとけよ!!』
『A組苗字、今すぐステージに降りて来い。』
次のB組塩崎さん対上鳴くんが始まる前に解かされた氷で濡れたステージは乾かすそうだ。あれほどの氷が融けただけあって、水浸しだ。どうやって乾かすのだろうと思っていたら、相澤先生に呼び出しを食らう。
もしかしなくても、私の個性を使えということなのだろうか。確かに一番ステージに被害や影響を出さず、早く乾かすにはうってつけだが、いくらなんでも生徒使いが荒くないか先生。
「……ちょっと行ってくる。」
みんなからの哀れみの視線を受け取って階段を登っていく。途中勝己の足が階段にはみ出ていたから腹いせに思い切り蹴ってやった。
後ろで怒鳴り声が聞こえるけど、気にしない。選手通路を通ってステージに急いでいると、途中で轟くんとすれ違った。
「悪ィ、ステージ乾かしてくれるんだってな。」
「あ、ううん!大丈夫!まさか呼び出されるとは思わなかったけど、個性の有効活用だよ。」
ひらひらと手を振ってステージに急ぐ。試合中に感じた違和感はもうすっかりなかった。あれは一体なんだったんだろうか。
「あ、来たわね。じゃあ悪いけど、乾かして行ってもらえるかしら。」
にっこりと迎え入れてくれたミッドナイト先生に背中を押されて少しずつ水を蒸発させていく。私を労わってくれるのはセメントス先生くらいだ……。
場外は後回しにしてステージ上を綺麗さっぱり乾かせば、ミッドナイト先生がステージの状態を確認してどこかへ合図を出した。
『ステージが乾いたところで次の対決行くぞ!!B組からの刺客!キレイなアレにはトゲがある!?塩崎茨!対、スパーキングキリングボーイ!上鳴電気!』
マイク先生の放送がはいって次の試合が開始された。私はまだ場外の水を蒸発させる仕事があるので、特別にこの近くで試合を見ることが出来る。役得役得、と思いながらステージを見たら、上鳴くんの攻撃で目がくらむ。
光が収まってもう一度ステージを見れば、勝己曰くアホ面になってしまった上鳴くんが、塩崎さんの個性に捕まって瞬殺されていた。
まだ場外の半分も乾かしていないというのに、なんという早業だ。
あまりの瞬殺っぷりに次の試合もここで見ていていいらしい。出てきたのは飯田くんとサポート科の発目さんだ。なぜか飯田くんもサポートアイテムフル装備である。
ミッドナイト先生に注意をされているが、熱く語る飯田くんが先生の好みだったのか、着用を認められていた。
スタートの合図で一気に駆け出した飯田くんをよそに、発目さんは唐突に実況を開始する。予想外の出来事に思わず蒸発を止めてまで見てしまった。
「これは飯田くん騙されたな……。」
状況がわかれば耳さえ傾けていればいい。多分勝ち上がるのは飯田くんだから。
5分ほどかけて残りの水も蒸発させたのに、二人はまだやりあってる。セメントス先生に声をかけたら見ていてもいいといわれたが、多分延々解説交じりの実況が続くだろうから断って控え室に向かった。
なんだかんだ次は私の試合なのだ。
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