動き始めた心の先は


「おい緑谷!!やべェ事が発覚した!!こっちゃ来い!!」


授業が終わって更衣室で着替えていたら、峰田がなにやら興奮気味に緑谷を呼んでいる。さして興味がわかなかったのは授業中、苗字の好き、という言葉を久しぶりに聞いたからだろうか。

俺自身、どうして苗字の言葉に反応してしまったのかわからなかった。それを悩む暇なく順番になったのは幸いだったのかもしれない。


「見ろよ、この穴ショーシャンク!!恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう!!隣はそうさ!わかるだろう!?女子更衣室!!」

峰田の言葉に一人、また一人と指差す先の小さな穴に視線を向けている。飯田が止めに向かったが、恐らく意味を成さないだろう。

「オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォォ!!八百万のヤオヨロッパイ!!芦戸の腰つき!!葉隠の浮かぶ下着!!苗字の艶かしい脚の曲線!!麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァアアア……あああ!!!!」

「と、轟くん……!?」

今にも穴を覗き込もうとした峰田に向かって無意識に俺は氷結を伸ばしていた。膝上まで凍って動けなくなった峰田に、とどめとばかりに穴の向こうから伸びてきていた耳郎のイヤホンジャックが正確に峰田の目玉に突き刺さっている。

緑谷の声にはっとして、氷結は進むのを止めた。俺は一体なにをしているのだろうか。峰田の足元まで近寄って氷を溶かしていく。穴の向こうから女子の会話が少しだけ聞こえてくる。けれど、苗字の声は聞こえなかった。

「あ、轟くん!さっき峰田くんのこと止めてくれたって響香ちゃんから聞いたの。ありがと!」

更衣室から外に出れば、ちょうど着替え終わった女子がゾロゾロと出てきていたところだった。ふとそちらに目をやったとき、苗字と目が合ってしまって礼を言われた。

「別に……。」

無意識でやってしまったことだし礼を言われるまでもない。そう言いたいのに、先ほどの峰田の言葉が頭にこびりついてしまって、どうしても苗字のスカートの裾から見え隠れする脚に目が行ってしまう。

いたたまれなくなってそれ以上なにかを言われる前に急ぎ足で教室へと戻っていった。



「えー……そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが30日間、一ヶ月休める道理はない。」

休み時間を終えて、相澤先生の言葉に教室中がごくりと生唾を飲んだ。

「夏休み林間合宿やるぞ」

「「知ってたよーーやったーー!!」」

ざわざわとクラスが騒がしくなる。苗字も一緒になって騒いでいるようでにこにこと笑顔を浮かべているのが見える。

「ただし、その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補習地獄だ」

相澤先生の死刑宣告とも言える言葉に切島や上鳴といった成績最下位近いやつらが必死になっている。俺は問題ないと思っているが、苗字はどうなんだろう、と考えてふと思った。

なんだか今日はやけに苗字のことばかりを考えているような気がする。

理由は自分でもよくわからなかった。ただ、更衣室で峰田の言葉に最初は興味がわかなかったのと同じなんだろうと漠然と思っていた。

なんとなくこれ以上考えてしまったら、戻ってこれないような気がして思考を強引に林間合宿のことへと切り替えた。一体どんな合宿内容なんだろうか。

体育祭で、職場体験で、ステインと対峙して見えた俺の弱点を、癪ではあったが親父の個性の使い方を見て学ぶことも多かった。

それらを少しでも払拭出来るような合宿にしなければ意味がない。

ぐっと握り締めた拳は机の下で静かな闘志を煌かせていた。

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