裏切った


「……名前、落ち着いたか?」

「うん……いきなり来てごめんね。」

「言えばもう少し早く帰ってきたのに。」

「鋭児郎がせっかくお友達と楽しくご飯食べてるの、邪魔したくなかった。でも、遅いって言うからお酒でも飲んでるのかなって思ったんだけど、飲まなかったんだね。」

「あ、あぁ……そういう、雰囲気じゃなくて。」


お酒の話をしたとき、間違いなく鋭児郎は動揺を見せた。少しだけ、鼓動も早くなっている。個性のせいで嘘をつくことに慣れてしまった私は、この症状を知っている。


間違いなく鋭児郎は嘘をついている。


それがわかったところで、真実にさほど興味はなかった。友達と、と誤魔化したということは、浮気だろうか。

浮気をするようなタイプには見えなかったし、そんな素振りも見なかったが、誰にでも過ちの1つや2つ持っているもの。

それに浮気なら、別れる口実が出来てよかったとさえ思う。私のほかに気になる女性がいるなら、鋭児郎を無駄に傷つける必要がなくなるのだから。


「……浮気?」

「ばっ……!それだけは絶対に、なにがあってもねぇ!俺が好きなのは、後にも先にも名前だけだ。」


口実になるならと、仮定を一つ投げかけてみれば即座に否定された。真剣な瞳を向けられて、覚悟したはずの心が揺れた。

こんなにも誠実に愛してもらったのに、私が渡せるのは愛ではなく裏切りだけであることに、絶望するしかなかった。

そんな表情が、浮気を心配する女に見えたのか、鋭児郎は唇を重ねてくれた。

はらりと、涙が頬を伝った。


「名前、俺にはお前だけだから。絶対、名前を守るって決めたから。」

「鋭児郎……嬉しい。」


そう言うのが精一杯だった。ぎゅっと抱きついて、鋭児郎の胸を濡らしていく。個性を使う余裕もなかった。

ただ、残り数時間の愛を精一杯に受けたかった。


「昨日ね、鋭児郎が恋しくなっちゃってずっとニュース見てたの。私の知らない、烈怒頼雄斗としての鋭児郎が見たくて。」

「名前の知らない俺なんてねぇだろ。ヒーローやってても俺は俺だ。」

「そうかもしれないけど、活躍とか知りたかったの。それでね、鋭児郎の赤い髪ならサムネイルでわかるかなって思ってたら、赤だ!って手を止めたら、全部ショートで、つまんなかった。」

いつの間にかむっとしていたのか、鋭児郎に頬を指先で遊ばれた。アイツイケメンだもんなって笑う鋭児郎がまぶしくて、最後の思い出になんてふさわしいんだろうって思ってしまった。


「私はショートより鋭児郎の方がかっこよくて大好きよ。」


心の底からの本心を告げれば、鋭児郎はどこか照れたような笑顔を浮かべて、視線をそらされてしまった。その耳は、髪と見分けがつかないほど、真っ赤だった。

そんな鋭児郎が愛しくて愛しくてたまらなくなって、鋭児郎の肩に手を置いて、膝でベッドの上へと立ち上がれば、下に見える鋭児郎に今度は私から唇を重ね合わせた。


伝えなければいけなかった別れ話なんて、もう頭の片隅へと追いやられていた。

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