キス


「ん、ぅ……。」


私から仕掛けた口付けはいつの間にか鋭児郎に主導権を奪われていて、いつもは私に流れ込んでくる互いの唾液が、鋭児郎に伝っていく。

唇を離せば2人を透明な糸が繋いでいた。


「名前っ……、絶対離さねぇからな。」


先日途中で止めてしまった熱が、体を駆け巡るような感覚に陥った。それほどまでに鋭児郎の言葉と視線が熱を孕んでいた。

いつもなら、鋭児郎が背を丸めなければ届かないので、触れられることの少ない首筋に熱い吐息が当てられる。

噛み付かれてしまうんじゃないかと錯覚するほど、近くに感じる吐息はそのまま甘く優しい口付けに変わった。

鋭児郎の手が、太ももを探っているのがわかる。今日はスカートだから、鋭児郎の手が触れているのは私の素肌だ。

硬化していない彼の手は男の人らしくごつごつとしていて私の手とは違って無骨な手だ。たくさんの修羅場を経験して、傷だらけになりながら人々を守ってきた優しい手。

そんな手が、壊れ物を扱うように私に触れる。私が敵で、明日には戦争を始めようとしていると知ったら、いったいどんな顔をするのだろう。いったいどんな風に、触れるのだろう。


私を呼ぶ鋭児郎の声が必死さを増しているような気がする。私の異変を察知して、この間の不安がまた鋭児郎を襲っているのだろうか。

だとすれば、すばらしい直感だ。


「鋭児郎……っ、はぁ、んっ、」

「名前……っ、名前!」


鋭児郎の指が私の下着を捉えた。ぴくりと肩が跳ねたのを、満足そうに見つめる鋭児郎がにやりと笑ったのがわかった。

震える太ももを叱咤して、ぐっと鋭児郎の肩を押せば、一瞬驚いた表情をしたものの、自慢の腹筋に力をいれることなく私の力に従って背中をベッドに預けてくれた。

いつもとは違う視線に、自分でも興奮しているのがわかる。バランスをとるために私のスカートの中から鋭児郎の手が逃げていったのをいいことに、そのまま鋭児郎の上に腰を落とした。

空気抵抗を受けてふわりと持ち上がったスカートは、鋭児郎のお腹と私の腿を遮ることなく落ち着いた。

鋭児郎も興奮しているのか、腰を擦りつけようとしている。わざとなのか無意識なのかはわからなかったが、私からそこへ触れることは決してなかった。


「鋭児郎、好き、好きよ。」


ちゅ、ちゅ、とリップ音を立てながら首筋、鎖骨、胸元と唇を押し当てていく。鍛え上げられた体は独特の反発を生んで、心地がいい。

口付けが降りてくるにつれて、鋭児郎の呼吸が乱れていく。

不意に視線に入った時計は既に日付を跨いで“約束”の日を指し示していた。

もう、行かなければ。シンデレラの魔法も解けている時間。私だけが魔法を解かないわけにはいかなかった。

鋭児郎と視線が絡み合った。その時間は時が止まったように感じた。これが、本当に最後なのだ。

服の袖に仕込んだ小さな針を、気付かれないように取り出す。作戦が始まるときにボスに非常用にともらったものだ。

鋭児郎との口付けで濡れたはずの唇はすっかり乾いてしまったので、自分で舐めてまた濡らした。

それが扇情的だったのか、鋭児郎に腕を引かれて倒れこんだ。先ほどまで見下ろしていた鋭児郎の瞳がすぐ傍に見える。

どちらからともなく重なる唇は、今までしたどの口付けよりもとろけるように甘かった。

互いの熱を混ざり合わせるように舌を絡ませ合って、静かな部屋に水音だけが響き渡る。

もっと味わっていたい欲求を、どうにか押し殺して抱きつくように腕を回す。その指先には、当然針が身を潜めている。

唇が離れると同時に針を鋭児郎の首筋へと突き刺した。ボス曰く、下手に殺して“約束”の日までに捕まってはいけないからと、筋弛緩剤のようなものが塗ってあるらしい。

私を抱きしめていた鋭児郎の手が、力を失ったようにベッドへと音も無く落ちていった。

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